55 純白の真実

「レイくん。もしあなたが本当に私の味方で、そして私の信頼を得たいのなら。お願いだから善子さんの話を聞いてあげて」


 もしかしたら、こうして私が促すことはおこがましいのかもしれない。

 けれどもう、レイくんのことで取り乱す善子さんを見たくはなかったから。

 善子さんへのレイくんの態度も、見ていて気持ちいいものではなかったし。


「もちろんだとも。アリスちゃんがそれを望むのならね」


 にこやかな笑顔。それは私だけに向けられてもの。

 レイくんは決して、善子さんにその笑顔を向けはしなかった。


「ありがとうアリスちゃん」


 善子さんは笑顔でそう言ったけれど、無理をしているのは明らかだった。

 私も詳しくは知らない、善子さんが魔女になってしまった六年前の一連の事件。

 それは今でも善子さんの中で重く残っているんだ。


 D7との戦いの傷は、決して完治しているわけじゃない。

 けれど善子さんは気丈に振る舞って、力ない体を誤魔化して立ち上がった。

 そんな彼女に私は手を差し出すことができなかった。


「レイ、私はあの時のことをアンタに問いただすまで、あれを忘れることなんてできない」

「あの時、ね。うん。善子ちゃんは何が聞きたいのかな?」


 力強く見据える善子さんに対し、レイくんは飄々と応える。

 その態度が善子さんを苛立たせる。けれどそんなこと、レイくんはわかってやっているんだ。


「……何で殺したの」

「殺した。何のことだい?」

「とぼけないで。アンタは真奈実まなみを殺した。私は確かにこの目で見たんだ……!」


 怒鳴り散らしたいのを必死で堪えた言葉が痛切に響く。

 押し込められた声は、とても苦しそうで。


「真奈実。真奈実……」


 そんな善子さんをよそに、レイくんは顎に手をやってうんうんと考えていた。

 まるでそんなことは知らないというように。いや、覚えていないとでもいうように。

 そんなレイくんの様子に善子さんは声を荒らげる。


「私は確かに見たんだ! アンタが真奈実を殺した! 私を守ろうと、私を助けようとしてくれた真奈実を、アンタが! 私の目の前で、アンタが真奈実を無残に消しとばしたんだ。跡形もなく……!」

「あぁ……あの時のことか」


 善子さんの激昂もどこ吹く風。

 レイくんは納得したと言わんばかりに満足げに頷いた。


「真奈実、ね。なるほど、あの時のことか」

「さっきから言ってるでしょ! どうして真奈実を殺す必要があったのか。アンタにはそれを話す義務がある!」

「それを聞いてどうするんだい? 僕に復讐でもするのかな?」

「それは────」


 善子さんは言葉を詰まらせた。復讐なんて善子さんらしくはない。

 けれど親友を殺された善子さんには、それをしたくなるほどの悲しみがあるのも確かだった。

 レイくんの口からその真相を聞いた時、善子さんは一体どうするつもりなんだろう。


「そうしたいのなら別にそれでもいいけれど、彼女がそれを望むのかな?」

「アンタが真奈実を語らないでよ」

「これは失礼」

「私は真実が知りたいの。どうしてあの子が殺されなければならなかったのか。それを知らないと私は、いつまでもあの時に縛られたまま前に進めない」

「ふうん」


 レイくんは事も無げに肩を竦めた。


「まぁいいよ。そこに僕が関与しても仕方がない。それで善子ちゃんが納得するのならそれでいいさ」

「さっさと、話してよ」


 堪りかねた善子さんの催促に、レイくんはわかったわかったと頷いた。


「じゃあ結論から。僕は彼女を殺していない。そして彼女は死んでいない」

「真奈実が生きてる!? そんなバカなこと……! だって確かにあの時、私は確かに────」

「そう見えただけだよ。まぁ爆発四散すれば死んだと思っても仕方ないとは思うけれどね。そして彼女がそうなったことに僕はなんの関係もないのさ。目の前にはいたけどね」

「そんな……そんなこと……」


 きっとそれは簡単に信じられるものじゃない。

 善子さんはずっと、レイくんに殺されたものだと思ってこの六年を過ごしてきた。

 今更そんなこと言われたって、そう簡単には信じられないんだろう。


「善子ちゃんはあの時すぐ気を失って、事が済むまで目を覚まさなかったからね。知らなくても仕方ないよ」


 一人で納得しているレイくん。

 もし本当にレイくんの言葉が正しいのなら、全部善子さんの思い違いだったってことなのかな。


「でも、でも……! もし本当に真奈実が生きているのなら、どうして私の前に姿を現してくれないの!? どうして帰ってこないの!?」

「それは簡単だよ善子ちゃん。そんなことをしている場合じゃなくなったのさ。こんな寂れた世界で、時間を無駄にしている暇なんてなかったんだよ」

「どういう、意味……?」


 理解が追いつかない善子さんに対し、レイくんは相変わらずの余裕の笑みでさらりと言う。


「彼女には大切な使命があった。果たさねばならない使命がね。全ての安寧は彼女にかかっていると言っても過言ではない。そんな重責を担う彼女が、こんな魔法も神秘もない世界でのうのうとしている時間なんてあるはずがない」

「どういう意味!? わかるように話して!」

「十分噛み砕いてるつもりなんだけどなぁ。要はさ、彼女はずっと向こうにいたのさ。向こうの世界で彼女は、その正しさを遺憾なく発揮している。まぁ、もう君の知る彼女ではないけれど」

「それ、どういう────」


 その時、一筋の光が天から差し込んだ。いや、一筋というにはあまりにも太すぎる。

 人一人は簡単に包み込めるほどの太さの光の柱が降り立った。

 レイくんの目の前に私たちを隔てるように。それはまるでスポットライトのようでもあり、でもどこかとても神々しかった。


「おや、丁度いいタイミングでお出ましだ」


 レイくんがにこりと笑い天を見上げた。

 その柱が降り注ぐ先。高い天の頂から人が一人緩やかに降下してきた。


 和服に身を包んだ女の人だった。まるで時代劇の世界からやって来たみたいな、昔の日本のお姫様が着ていたような豪華絢爛な着物。

 歩けば地面に引きずるほどに広がる純白の着物を身にまとって、対照的に黒い艶やかな髪がとても綺麗に伸ばされている。

 典型的な和風美人。本当に時代劇の住人のような人。


 その和服美人はそれはもう雅に地面に降り立つと、腰を屈めて優雅なお辞儀をしてみせた。


「ま、真奈実……?」


 そのあまりの荘厳さに私たちが圧倒される中、細々とした善子さんの声だけが小さく聞こえた。

 つまり、あの人こそが真奈実さん……?


「では改めて紹介しようか」


 レイくんはそう言うと恭しく膝を着き、その後ろにいた二人もそれに倣う。

 まるで目の前のあの人が、絶対的なものであるかのように。

 そこに全幅の忠義と信頼を置いているかのように。

 そしてレイくんは、わざとらしく、仰々しく言った。


「このお方はホワイト。我らワルプルギスを導くリーダーさ」

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