54 信頼と疑念

 私がワルプルギスという集団のことで知っていることは確かに少ない。

『まほうつかいの国』で魔女狩りに叛旗を翻すレジスタンス集団。

 その活動は過激で、頻繁に抗争を繰り返している。

 そしてワルプルギスもまた私のお姫様の力を求めていて、それは相反する魔法使いを倒すためだとか。


 私が知っていることといえば、その程度の人から聞き及んだことだけ。

 だから私には正直、ワルプルギスというのは危ない人たち、という印象が強かった。

 だからこそ同じ魔女であっても、その力になろうという気持ちには今のところなってはいなかった。


 けれど、今のレイくんの言葉はどういうことなんだろう。

 それだとまるで全面的に私の味方で、私のために何でもしますとでも言うような感じだ。

 ワルプルギスは飽くまで、魔法使いを倒すための力として私が必要だったんじゃないの……?


「不思議そうな顔をしているね。そんなに意外だったかな?」


 私の呆然とした顔を見て、レイくんは楽しそうに微笑む。


「僕たちはね、君のために存在しているのさ。姫君を守り、姫君に尽くすためにね」

「でも、ワルプルギスってレジスタンスなんでしょ? 魔女狩りを、魔法使いを倒すのが目的なんじゃないの?」

「それは過程であって目的じゃない。もちろん僕たち魔女にとって魔法使いは敵であり、決してわかり合えない天敵だ。けれど、僕らワルプルギスが魔女狩りに抗うのは君のためなんだよ、アリスちゃん」


 さっぱり言っている意味がわからなかった。

 私のために魔法使いと争う理由が見当たらない。

 もし私のためだと言うのなら、むしろそんな争いなんてして欲しくない。


「魔法使いは僕たちから君を奪ったんだ。だから僕たちは、君を取り戻すために戦っている。元々君は僕たち魔女の姫君だった。それを魔法使いは奪い去り、自らの姫君に祭り上げてしまったんだ。救国の姫君、『まほうつかいの国』の姫君に」


 苦々しく言うレイくん。その表情は、それが唾棄すべきことだと言うように歪んでいた。


「待って、わかんないよ。今度は魔女のお姫様? 私、何が何だか……」

「ねぇレイ。このお姫様大丈夫? もうふん縛った方が早いんじゃない?」

「こらこらアゲハさん。姫様に対してその物言いはいけませんよ」

「でもさぁクロア。このままじゃ埒が空かないっしょ」


 アゲハと呼ばれたプラチナブロンドの女の人は、クロアと呼ばれた黒いドレスの女の人に窘められて顔を歪めた。

 私を、まるで話の通じない小さな子供を見るような目で見下ろす。


「さっさと連れてくのが一番早いっしょ。別に手こずることもないし」

「まぁ待ちなよアゲハ。今はまだその時じゃないんだ」


 身を乗り出そうとしたアゲハさんをレイくんが牽制した。


「でもさレイ! いつまでこんな────」

「アゲハ。これはリーダーのご意志だ」


 そのレイくんの目つきは、私が見たことのないものだった。

 視線で人が殺せそうなくらいに研ぎ澄まされた目。

 殺気すらまとっていそうなその視線に貫かれて、アゲハさんは渋々引き下がった。


「わからないのは仕方ないよ。君は何も知らない。何も覚えていない。だから仕方ないんだ。それでも君が、僕らが信奉する姫君であることには変わりない。それは紛れもない事実だ」

「じゃあ、レイくんはやっぱり、私を向こうに連れて行こうとしてるんだね」

「いや、今はそのつもりはない。アリスちゃんは今まで通り、自らの居場所で大切なお友達といればいい」

「え……?」


 気の抜けるような返答に、私は思いっきり顔をしかめてしまった。

 そんな私を見てレイくんはまた愉快そうに微笑む。


「僕たちにとって君の意思こそが最優先だからね。君が拒む限り無理強いはできない。僕自身そんなことはしたくない。けれどね、アリスちゃん。君はいずれ自らの意思で帰還を望むだろう。僕たちはその時を待つだけさ」

「惑わされないで。ワルプルギスの魔女の言うことを鵜呑みにいない方がいい」


 氷室さんが言った。確かに、その言葉を全て信頼するのは難しかった。

 それはレイくん自身の信頼とはまた別物で、ワルプルギスという集団そのものへの疑心があったから。

 どんな大義があったとしても、無益な争いや殺戮は肯定できるものじゃない。それを掲げている時点で全幅の信頼を置くことは難しい。


 それにもし、ワルプルギスが百パーセント私に味方をして益をもたらす存在なら、氷室さんはここまで警戒しないだろうし、夜子さんだってその存在を私に教えてくれていたに違いないから。

 百歩譲って敵じゃないにしても、でもやっぱり信頼することは難しかった。


「まぁいいよ。今日はそのことを君に伝えたかっただけなんだ。姫君の力の一端を引き出した君にね。今の君になら、この言葉はきっとその心に届くだろうから」

「それってどういう────」

「難しいことは考えなくていいよ。僕は君のお友達。そのことだけ忘れてなければね。僕はいつだって君の味方だよ」


 レイくんを信頼する。一人の人として、友達として。それは確かに昨日決めたことだった。

 別にレイくんそのものを疑うつもりはない。けれどやっぱり不安が残った。

 私を信奉すると言っているワルプルギスが、一体何を考えて何をしようとしているのか。

 私のためと言って魔法使いを滅ぼそうとして、その先に何を見据えているのか。


「僕らは信頼という名の絆で結ばれている。この心はいつだって君一緒さ。それを忘れないでほしいな」

「レイくんも、私の『庇護下』……?」

「そうとも」


 それ自体は心強い。けれど、私は何を信じて何を頼るべきなんだろう。

 ワルプルギスの一員であるレイくんと想いを通わせているということは、果たして私にとって本当にいいことなのかな。

 それを判断するためには、まだはっきりさせなきゃいけない問題が残ってる。


 私は、静かにレイくんを見据えている善子さんを見た。


 善子さんの過去に起きた禍根。その時レイくんがしたこと。

 それを問いたださない限りは、善子さんは納得できない。それは善子さんの友達である私も同じ。

 私自身がレイくんのことを信じていても、それは別問題だから。完全に信じるためにその問題からは目を背けられない。


 けれどもしそれが受け入れきれないものだった時、私はレイくんのことをどう思うんだろう。

 それだけが少し不安だった。もしそうだった時、善子さんとレイくんの決定的な決裂を前にして私は、レイくんへの信頼を綺麗さっぱり断ち切るのかな……。

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