56 ワルプルギス
「お初にお目にかかります姫殿下。わたくしめは名をホワイト。僭越ながら、姫殿下を崇め奉るワルプルギスの長を務めております」
仰々しく、けれど雅さは損なわずにお辞儀をしながら、その和服美人────ホワイトさんはとても丁寧な口調で言った。
透き通るような研ぎ澄まされた声。それでいて凛としていて、自分に確固たる自信を持った強気な声だった。
この人こそが善子さんの親友、殺されたと思っていた真奈実さんじゃないの?
善子さんも彼女を見て、そう呼んでいた。けれど本人も、そしてレイくんもその名を口にはしない。
「真奈実……? 真奈実、なの……?」
そんな中、善子さんはつっかえながらその名を呼んだ。
信じられないものを見る目で、けれどどこか安堵を浮かべて。
「善子さん。お久しぶりですね。長らく姿を見せなかったこと、どうかお許しください」
ツリ目気味な鋭い眼差しながらも、その視線も口調も柔らかい。
善子さんが昨日言っていた、委員長気質の真面目系、というのも頷ける印象だった。
「真奈実、なんだね……?」
「ええ。残念ながらその名はもう使ってはおりませんが。今はホワイトと、そう名乗っております」
「どうして……どうしてもっと早く会いにきてくれなかったの? 私はずっと真奈実が死んだんだとばかり……」
「申し訳ございません。ですが、わたくしにはやらなければならないことがあったのです。それに、本日わたくしがこうして参ったのも、残念ながら貴女に会うためではございません」
その言葉には情はなかった。非情ではなかったけれど温情もなかった。
ただ事実だけを告げた言葉。長い間思い続けてくれた親友にかける言葉としては、あまりにも冷徹な言葉だった。
「わたくしには、貴女よりも優先すべきことがあったのです。わたくしの使命は何よりも重い。他に気を削ぐ余裕などなかったのです。そして今この瞬間も」
「真奈実……?」
善子さんは受け入れきれていなかった。次々と目まぐるしく動く状況に。
ずっと長い間死んでいたと思っていた親友。
その親友が生きていたと思えば、もう既に自分には関心がなくて。
「ちょ、ちょっと待ってよ真奈実。私たち、親友でしょ? こうさ、もうちょっと再会の喜びを……」
「わたくし、貴女のそういう物分かりの悪いところは昔から嫌いでした」
グサリと、鋭いナイフで心を串刺しにされた音がまるで聞こえたかのようだった。
なんの容赦もなく、ホワイトさんはただ事実を述べる。
「確かにわたくしたちはかつて良き友人でした。けれどそれは過去の話。今のわたくしには、何よりも優先すべきことがあるのです。貴女のその真っ直ぐさは尊敬に値しますけれど、それ故にわたくしの話を聞き入れないところは相変わらずのようですね」
よく怒られていたとは言っていた。けれどそれは間違った時のことで、こういうことではないはずだ。
これは決して怒られているわけじゃない。善子さんが悪いことをしているわけじゃない。
これはただの否定だった。
「真奈実、どうしちゃったの……? 昔の真奈実はそんなんじゃ……」
「わたくしは変わってはおりませんよ。わたくしは、昔からいつだって正しい」
それは断言だった。
絶対に何があってもどんな状況であっても、自分は絶対的に正しいと、そう言い切った。
「わたくしは今やワルプルギスのリーダー。この崇高な使命を前にして、それ以上の優先事項などあり得ないのです。ですので善子さん、どうぞご理解の上お控えください。わたくしはここへ、姫殿下にお目に掛かるために参ったのです」
ぴしゃりと戸を締め切るようにホワイトさんは言い切った。
それでおしまいだと言うように、ホワイトさんの中でもうその話は完結している。
言葉自体は丁寧であっても、それ自体が持つ意味合いは決して優しくなんてなかった。
「大変お待たせいたしました姫殿下。私事にお待ち頂きまして大変恐縮でございます」
もう話は終わったと、ホワイトさんは私に向いた。
悪びれなんてまるでなくて、さもそれが当然かのように自然な流れで。
「わたくしがこうして参上いたしましたのは、一重に姫殿下にご挨拶を申し上げる為にございます。つきましては────」
「待ってください」
私は我慢できなくて言葉を挟んだ。
ホワイトさんは言われるがまま口を閉じて、やや頭を下ろす。
腹わたが煮えくりかえりそうになって、怒鳴りつけそうになるのを必死で抑え込む。
こんなのってあんまりだ。
「私と話をしたいのなら、まずは善子さんときちんと話をしてあげてくだいさい」
「恐れながら。彼女とこれ以上話すことはございません。故に姫殿下を煩わせることもございません」
「あなたになかったとしても善子さんにはあります! だって善子さんはずっと────」
「いいの」
善子さんの手が私の腕を握った。
その力はとても強くて少し痛いくらいだったけれど、でもとても震えていた。
「私は、いいの。真奈実の話を……聞いてあげて」
俯いて唇を噛みしめる善子さんを見て、私は頭が真っ白になりかけた。
いつも明るくて誰にでも優しくて、自分が正しいと思ったことに真っ直ぐで。そんな善子さんにこんな顔をさせるなんて許せなかった。
でも私の腕を握るその力が、辛うじて私の理性を保ってくれた。
それ以上の言葉を続けられなかった私を見て、ホワイトさんは再び口を開いた。
「姫殿下におかれましては、どうかわたくし共のことをお目に止めていただきたく参上した次第にございます。我らワルプルギスは、姫殿下をお慕いし敬い崇め奉る者。必ずや貴女様のお力になりましょう」
今のやりとりなどなかったかのように話を続けるホワイトさん。
その態度に苛立ちを感じながらも、善子さんのために必死にこらえた。
「貴女たちの目的は何ですか?」
「わたくし共は姫殿下のためのもの。姫殿下の御為に全てを成しております」
「でもあなたたちは魔法使いと戦いを繰り返して、やがては滅ぼそうと考えていますよね? 私はそんなこと望んでなんていません」
「それもまた姫殿下の為を思えばこそ。真に貴女様が平穏を得られるよう、わたくし共は努めております」
「なにそれ。そんなのわかりません!」
私はそんなこと一度だって望んだことはない。
ホワイトさんの言っていることは何一つ納得できなかった。
「それは貴女様がまだ若く未熟でいらっしゃるからです。今の貴女様は、何も知らず何も覚えていらっしゃらない。それでは理解が及ばないことも仕方がございません。万事、このホワイトめにお任せください」
へりくだって話してはいるけれど、ホワイトさんは一つも譲る気なんて見せなかった。
この人は自分が正しいと思っている。自分は間違っていないと確信している。
だからきっと私が何を言おうとその考えを曲げたりなんてしない。
このホワイトという人は、そういう人だ。
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