45 流す涙は

 閃光が晴れた時、D7は無傷を保っていた。

 その目の前にクリスティーンが立ち塞がり、私の光線の全てを防ぎきったんだ。


 けれど、クリスティーンの方は無傷では済んでいなかった。

 煌びやかなドレスは所々が破れて、見るも無残だ。


「────────っ!!!」


 クリスティーンが奇声をあげる。

 私を完全に標的とロックオンして、ミサイルのように急降下してきた。

 まるで、ジェット噴射でもついてるかのような勢いの突撃。

 その両腕をドリルのように回転させ、更にはその身に炎をまとって、私を貫かんと飛び込んでくる。


 けれどそれも結局魔法であれば、私の前ではないのも同じ。


 突撃落下してくるクリスティーンに、私はただ剣を振るった。

 真っ二つとはいかなかったけれど、右腕が肩からスパッと斬り落とされる。


 それで、クリスティーンがまとっていた魔法は途切れた。

 身にまとう炎は掻き消えて、飛んでいた膂力も失って、滑り転がるように地面に墜落する。


 綺麗なドレスが、綺麗な顔が土気に汚れる。

 それでも痛みを感じない人形であるクリスティーンは、すぐさま立ち上がった。

 右腕を失ってもなお、躊躇うことなく私の攻撃を続けようとしていた。


 それは余りにも哀れだった。

 これが操り人形の、傀儡の運命。

 使用者の命令のまま、その身が朽ちるまで動き続けるただの道具。


 どんなに慈しみ愛でていようと、他のドールとは違う扱いをしていようと、結局D7にとっては自由に扱う傀儡に過ぎない。

 だって、D7は決してクリスティーンを止めようとはしなかった。


 彼女を救うには、最早終わらせてあげるしかない。

 彼女の傀儡としての運命を、斬り伏せてあげるしかないのかもしれない。


「タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ」


 やはりクリスティーンは繰り返す。何度も何度も繰り返す。

 自分の意思や感情を剥奪されて、何もない無機質な人形の中に閉じ込められて。

 それは一体どれほどの苦しみなんだろう。


 その心臓の持ち主は、魔法の傀儡の中に閉じ込められて、その動力にされて、きっと苦しんでいるんだ。

 その涙や悲鳴はきっと、その彼女のものなんだ。


 彼女の気持ちも意思も、何もかも無視して、D7の意のままに動かされているクリスティーン。

 その苦しみを慮ることは私にはできないけれど。

 でもせめて、その苦しみから解放してあげることができるのなら。


「────────────!!!!!」


 その長く艶やかな髪の毛を猫のように逆立たせて、クリスティーンは魔力を膨れ上がらせている。

 残る手脚を触手のように伸ばしてしならせ、再びその身に炎をまとわせる。


「タスケテ、タスケテタスケテタスケテタスケテ」


 それは悲鳴か、懇願か。


 クリスティーンが飛びかかってくる。

 その姿はもう人の形というよりは、何か奇怪な怪物のようで。

 その綺麗な作り物の顔だけが、妙にちぐはぐに見えた。


 振るわれる炎のムチ。その全てを切り払って、四肢断裂の身一つでクリスティーンは飛び込んでくる。

 炎をまとったその身体が、最後の力を振り絞って口を縦に大きく開いて、何かを放とうとした。


「もう終わりにしよう、クリスティーン」


 迫り来るクリスティーンに、凍てつく冷気を放つ。

 四肢のほとんどを失ったクリスティーンにそれを防ぐ術はなく、全面で冷気を浴びた。

 炎をまとっていようが関係なかった。その炎は冷気によって掻き消されて、クリスティーンは見る見るうちに凍っていく。


 やがてその身体は完全に凍りついて、ゴロンと鈍い音を立てて地面に転がった。

 辛うじて動くガラス玉のような瞳だけが、僅かにゆらゆらと動いていた。


「さようならクリスティーン。せめてあなたが、穏やかな眠りにつけますように」


 タスケテと、まだそう聞こえた気がした。

 振り下ろした私の剣はクリスティーンの胸を穿って、その瞳は動かなくなった。


「クリスティーン!!!」


 D7の絶叫が校庭に響いた。頭を抱えて悶絶するD7。

 その姿はとても哀れで、見ているこちらの心がチクチク痛くなる。

 銀色の長髪を掻き乱して、彼は吠えた。


「クリスティーン、クリスティーンクリスティーン! 俺の、俺だけのクリスティーン! どうしてだ! どうしてこうなった! クリスティーンは最強だった。最高だった。完成されていた。完璧だったんだ! なのにどうして!!!」


 その姿は、とても傀儡を乱雑に扱っている人の反応ではなかった。

 それはまるで、最愛の人を失った者のよう。

 確かに彼は、クリスティーンを愛しているとか言っていたけれど。

 いざ戦闘においては、その扱いが丁寧であったかといえばそれはそうとはいえなかった。


 そもそも本当に愛しているのならば、戦わせるべきじゃない。傷付くところに置くべきじゃない。

 そうしなかった時点で、結局は偽りの愛だったってことだ。今更嘆くなんてお門違い。


 彼女を苦しめて弄んでいたD7に、それを嘆く資格なんてないと私は思う。

 彼女の悲鳴を、彼女の涙を彼は聞き届けなかったんだから。


「あぁ、クリスティーン。また、俺の前からいなくなるのか。クリスティーン。俺を一人にしないでくれ……」


 けれど。D7が流す涙は本物だった。

 それだけは、見ればわかってしまった。

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