44 断罪

「花園さん!」

「アリスちゃん!」


 目を覚ました時、二人の声が飛び込んできた。

 少しだけぼんやりとした頭で目を開ける。


 私はクリスティーンに首を掴まれて吊るされていた。

 目だけで辺りを見渡すと、辛うじて意識を取り戻した氷室さんと善子さんが、ドールに封じられながらも必死で私を呼んでいた。


 そうだ、私は戦っていた。戦いにはなっていなかったけれど、戦っていた。

 D7、そしてクリスティーンと。


 クリスティーンに馬乗りになられて、何度も殴られて私は気を失っていたんだ。そしてあの夢の中に落ちていった。

 こうしてみると、あれが果たして本当に起きていたことなのか自信がなくなる。

 でも何だか不思議な温かさが、心の中にストンと降りてきたのを感じた。


 もっと色んな話をしたかった。聞きたいこと、聞かなきゃいけないことも沢山あったはずだし。

 でも今は、目の前に広がる現実に目を向けないといけない。


「なんだよ、まだ意識があんのか。案外タフなんだなアンタ」


 D7の甲高い声が聞こえる。

 戦いは既に終結していた。完全に叩きのめされている私に、D7は完全に油断している。


「意識があるならちょうどいい。アンタの大切な友達とやらが死んでいく様を、しっかりその目に焼き付けろ!」


 高笑いが響く。

 当の氷室さんと善子さんは、必死に私の名前を呼でいる。

 自分たちが今からまさに殺されようとしているのに、まだ朦朧としている私の心配をしてくれている。


 助けるんだ。私が二人を助けるんだ。

 そのための力を、私は求めて手を伸ばしてきた。


 クリスティーンは未だ涙を流していた。

 背を向けているD7には見えていないんだろう。彼女が流す涙を。

 彼は知らないんだろう。彼女の流す涙の意味を。


 私は確かに聞いていた。あの瞬間の彼女の痛切な叫びを。

 クリスティーンが一体何に助けを求めていたのか。


「タスケテ────」


 その言葉の意味を、まだ私も測りかねる。

 それが何を意味するのかはわからないけれど、でもきっと、みんな苦しんでる。


「さあお姫様! 断罪の時間だ! 罪深き穢れに満ちた魔女は、今まさに裁かれる!」


 氷室さんと善子さん。拘束される二人の頭上に、ギロチンのような大きな刃が浮かべられていた。

 シンプルに、落下したそれが二人を文字通り断とうとしていた。拘束するドール諸共真っ二つに。


「ごめんね……クリスティーン」


 締められた喉で私は、声を振り絞った。


「私が助けたいのは、別の人なの。私の大切な、友達なの────」

「タスケ、テ……」


 流れる涙には応えられない。

 私が助けたいのは、助けるべきなのは、今まさに殺されてしまいそうなあの二人だから。


「だからごめんなさい。あなたの願いは、聞けない」


 私は強く想う。強く願う。必要なんだ。力が。

 だからお願い。私に力を貸して。大切な友達を守れるだけの力を……!


 D7の高笑いと共に、巨大な刃が振り下ろされる。

 呆気なく無情に、二人の元へ振り下ろされる。

 それは、本当に一瞬のこと。けれど────


 そんなこと、私が絶対に許さない!


「なん、だと……!」


 振り下ろされた刃が一瞬で凍結した。

 地面から伸びる氷の柱が刃を射抜いて、凍結せしめた。

 凍りついた刃は、氷の柱に支えられるように途中で静止して、断罪は行われない。


 代わりに、その刃を純白の剣が斬り捨てた。


 身体の内側から大きな力が膨れ上がっていた。

 私から溢れる膨大な魔力はまるで波動のように吹き出して、私を吊るしていたクリスティーンを吹き飛ばす。

 その隙に、私は手に握られていた『真理のつるぎ』を振るって、断罪の刃を斬り捨てていた。


 また少しふわふわする。でもこの間よりはマシだった。

 確かに意識はあって、けれどこの力や身体は別の意思によって動いている。でもそれは、私の延長線上のものだった。

 私自身の意思がお姫様に伝わって、その結果が力を動かしてる。


「アンタ、その力は……!」


 D7が驚愕の視線を向けてくる。

 彼には今、私がどういう風に映っているんだろう。


 溢れる力が舞い上がって、魔力が私を中心に渦巻く。

 それは吹き荒れる風のように、波動のように周囲に波打っていた。

 内側から湧き出す力に三つ編みが解けて、まるで風になびくように髪が揺らめいた。


「まさかアンタだっていうのか! お姫様!」

「D7……」


 きっと彼の目には、私は『彼女』に見えているのかもしれない。

 救国の姫君。私がかつて、そうであったお姫様に。


「断罪されるのは、あなただ……!」


 剣を握りしめ、私は爆裂的に踏み込んだ。

 まるで私自身が光になったみたいな高速移動。

 駆け抜ける流星の如く、一直線にD7に目掛けて。


 彼は私の友達を傷つけた。

 氷室さんを、善子さんを沢山傷つけた。正くんだって、弄んだ末にその心を傷つけた。

 例えそれが魔法使い、魔女狩りの大義によるものだとしても、私はそれを絶対に許せない。


 瞬く間にD7の懐に潜り込んで、私は剣を振るった。

 D7は一瞬遅れて大量のドールを私とのに呼び出しす。

 けれどその大量のドールすらも、私の剣の前ではないも同然だった。

 まるでくうを斬るのとなんら変わらない。

 私が剣を振るった先から、ドールはバラバラと形なく崩れていく。


「くそ……!」


 その光景を見てD7は、空中へと逃れた。

 ドールたちが崩れ落ちた先にそれを見た私は、片手をD7へと向ける。

 すると光が束のように収縮して、エネルギーの塊のような光線が放たれた。


 それはD7を飲み込んで、そして閃光弾のような光の爆発が起きた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る