46 もう引けない

「あんまりだ。あんまりだぜ……」


 膝を折って弱々しく。

 気取った態度も強い言葉ももうそこにはなくて、ただ弱々しくD7は呟くように言った。


「俺にはクリスティーンだけだった。クリスティーンは俺の全てだった。俺からまたクリスティーンを奪うなんて、そんなこと……」

「……それなら、こんな戦いするべきじゃなかったんだよ」


 戦わなければ、争わなければ誰も傷付く必要なんてなかった。

 戦いの場に赴かなければ、こんなのことにはならなかった。


「そんなことできるかよ。戦わないわけにはいかない。俺は魔法使い……魔法使いなんだ。魔女狩りとしての使命を受けて、魔女を殺す。それが俺のやるべきことなんだ。戦わないわけには、いかねぇんだ」

「それでも、あなたはクリスティーンを連れてくるべきじゃなかった。その気持ちが本物だって言うのなら」


 私の言葉にD7は弱々しく笑った。力なく、言葉もないように。


「今のアンタには、わからないんだよな。あぁ、仕方ない。わかれって方が無理な話だ。それにわかっていたところで、それを考慮しろなんて言う方がお門違いだ」

「私は、あなたたちが魔女を殺そうとして来なければ、戦いなんてしなかったよ」

「ああ。そうだろうな。アンタはそういう人だ」


 どこまでも力なく、弱々しくなるD7。見る影もなかった。

 ついさっきまでは力強く高圧的で、ドールたちを乱雑に使い潰していた。

 なのに、クリスティーンが倒れた途端にこの萎れ方。一体……。


 この人は、人間の心臓を傀儡に埋め込んで操っていたような人だ。

 その人形を愛していたなんて言われたって、それは狂気の沙汰としか思えない。

 どんなに彼にとって、その想いがまっすぐなものだったとしても、その行いは認められるものじゃない。

 他人の意思を無視した情は、ただの悪でしかないんだから。


「アンタは、俺のこともクリスティーンのことも知らない。だからそれでいいんだ。俺たちがアンタを殺しにかかったから、アンタはそれに相対した。それでいい」

「何が、言いたいの……?」

「いや、それはアンタが知ることじゃねぇさ」


 どこか達観したように言うD7。彼が何を言いたいのかわからなかった。

 なのにどうしてだろう。まるで胸が締め付けられるように痛かった。

 私の心が泣いているみたいに、ぎゅっとなる。


「いいんだ。アンタは正しい。その選択が正解だ。アンタが俺たちに気を使う必要はない。この悲しみも絶望も、アンタには関係ない」


 止まらない涙を拭いながら、D7はゆらゆらと立ち上がる。

 その弱々しい脚で地面を踏みしめる。

 乱れた銀髪の隙間から、しわくちゃになった顔が覗く。


「でもよぉ、俺も引くわけにはいかねぇんだ。俺にも立場ってもんがある。俺にも意地ってもんがある。魔女に何度も奪われてきて、黙ってなんかいられねぇんだよ」


 もうやめればいいのに、D7の戦意は無くなっていなかった。


 私には彼の気持ちがわからなかった。

 彼が何を考えているのかわからなかった。

 彼が何者なのかわからなかった。


 彼は傀儡を扱う魔法使いで、その魔法を使って人間の心臓を人形に埋め込んで、好きに扱っていた人じゃないの?

 その歪んだ愛情をただ一方的に押し付けて、都合よく愛でて都合よく慈しんで、そうやって自分勝手に振舞っていんじゃないの?


 少なくとも。さっきまで私はそう思っていた。

 タスケテと繰り返すクリスティーン。涙を流すクリスティーン。

 呪縛に囚われた彼女の悲痛な叫びから、そうとしか思えなかった。


 でも今の彼を見ていると、それはただの儚い愛情。

 ただ純粋に一人の女性を愛して、それを失った悲しみに暮れる一人の人。

 身勝手で横暴で乱雑な今までとは、打って変わって別人だった。


 どっちが本当の彼なのか。わからない。

 ただ、どうしようもなく胸が苦しい。


「どんなに悲しくても、投げ出すわけにはいかねぇんだ。俺は戦わなきゃいけねぇんだ」

「もう、やめようよ。これ以上やったって、もう誰も得しないよ」

「悪いけどさ、お姫様。得とか損とか、もうそういう問題じゃねぇんだ。俺は魔女狩りとして、最後までその責務を全うしなきゃいけねえんだ。あの人には恩義がある。簡単には投げ出せない」


 D7は涙を流しながらも、その折れていない力強い瞳で私を見つめる。


「あぁ、クリスティーン……クリスティーン。愚かな俺を許してくれ。弱い俺を許してくれ。お前のために俺は戦い続けるから。そしていつか、またお前を呼び戻してみせるから」

「D7……!」


 D7の意思は揺らがなかった。

 クリスティーンを失ってもなお、彼は戦うことをやめない。

 彼の愛情が一体何なのか、私にはわからなかった。


「覚悟を決めろ。もう俺たちはどうしたって決着を着けなきゃいけねえだろ」


 私の友達を傷付け命を狙うD7と、彼の最愛なるクリスティーンを壊した私。

 どんなに問答を繰り返しても、どんなに言葉を交わしても、どんなにわかり合おうと努めても。

 最後は決着を着けないことには終われない。


「魔女に堕ちた自分を恨め! ここに至った運命を憎め! もう俺は、アンタを殺さないと治りがつかないんだよ!」


 最後の戦いを挑まんと、D7は力強く吠えた。

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