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「またうちのバカが迷惑かけたみたいだね。ホントごめんね」


 正くんと入れ替わるようにやってきたのは、正くんのお姉さんの金盛かなもり 善子よしこさんだった。

 善子さんは私たちよりも一学年上の先輩で、中学からの付き合い。

 キザったらしい正くんとは正反対に、竹を割ったようなサッパリとした性格の、とてもいいお姉さんです。


 少し長めな落ち着いた色の茶髪を、下の方で緩くおさげにして、真面目さとスポーティーさが絶妙に混在しいる。

 快活さと生真面目さのハイブリットのような、凛々しい顔立ちで頼もしい人だ。


「なんでそこまでアリスちゃんにちょっかい出すのか、私もわからないんだよねぇ」

「まぁ今に始まったことじゃないですし、慣れちゃいましたよ」

「あれに慣れたら、それはそれでどうかと思うけどねー」


 善子さんは肩をすくめて溜息をついた。


「姉として情けない限りよ、まったく。女はべらせてる時点でバカっぽいのにさ。おまけに女の子にちょっかい出して、迷惑かけて。情けない。なんであれがモテてるのか、姉の私にはサッパリよ」

「まぁ正くん、顔はかっこいいですからねー」

「え、晴香ちゃんああいうのがタイプなの? 私が言うのもなんだけど、どうかと思うよ?」

「べ、別にそう言う意味じゃないですよー! 一般論です一般論!」

「冗談だって。ほれほれムキにならない」


 けらけら笑いながら、晴香の頭をポンポンと叩く善子さん。

 善子さんはこうやって、昔から正くんのフォローをよくやっていた。

 よく絡まれる私に対してもそうだし、正くんに手酷くされた子にも、気さくに接して心を解してあげていた。

 弟想いなのか、それとも姉弟きょうだいの罪悪感なのか。どちらにしてもその温かさはとても心地いい。


「ま、あいつのクレームならいつでも聞くからさ。でもそろそろとっちめてやんないと、アリスちゃんもしんどいよね」

「うーん。まぁ実害はないから良いんですけどね。やや疲れますけど」

「女には困ってないだろうになぁ。アリスちゃんのこと好きなのかね」

「いやいや、それはないですよ!」


 私は首をブンブンと振って否定した。

 一応モテモテ男子の正くんが、私を好きになる道理がないもの。

 それこそ引く手数多なんだから、私とは比べるまでもない可愛い女の子だって、いっぱいいるはずだし。

 そんな子たちを差し置いて、私を好きになる隙がない。フラグも立ってないしイベントも発生してない。


「案外あったりしてね。好きな子にちょっかい出すのは、ガキんちょのやることだしさ」

「もーやめてくださいよー」


 ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべる善子さんに、私は思わず本当に嫌な顔をしてしまった。

 別に特別正くんのことを嫌いだとは思ったことないけれど、でももし好意を寄せられたとしたら、それはちょっと厳しいかな。

 そもそも私、彼のキャラ得意じゃないし。


「ごめんごめん、ちょっと意地悪だったね。これじゃあのバカと一緒だ」

「善子さんは正くんとは違いますよ。いつも優しいですから」

「別に大したことは何もしてないよ。私はいつも、自分のしたいことをしてるだけだからさ。みんなとお喋りしてるのもそれだけのことだよ」


 そこが善子さんの優しいところなんだけど、彼女はそれを認めようとしない。

 昔からずっとそうで、でもそんな善子さんだからこそ、あの正くんのお姉さんでも関係なく仲良くできる。

 善子さんがこうじゃなかったら、あんまり関わらなかったかも。

 だって、正くんに余計に絡まれる原因になりそうだし。なんてったって正くんはお姉さんが苦手だから。


「そう言えばアリスちゃん。さっきから気になっててさ、言おうか言うまいかずっと悩んでたん出たんだけど……」

「ま、まさか太ったとか言いませんよね!? 善子さんまで私のこと太ったなんて!」

「え? あ、うーん。大丈夫だと思うけど。どうした。誰に言われた」

「このデリカシー無し男に言われました」


 私は創をぐいっと小突いた。


「こらこら少年。うら若き乙女に体型の話は厳禁だぞ。もし太っていると思っても、『いつ見てもお前は可愛いな』くらい言えないとダメだぞ。例え本当に太っていたとしても」

「善子さん。それ微妙にフォローになってない」


 え、もしかして私本当に太ってるの? 気づいてないの私だけ?


「別にちょっと言ってみただけっていうか、特に考えなしに思ったままを言ったというか……」

「もう少し乙女心を勉強することだね、少年。そんなんじゃ正みたいになっちゃうぞ」

「いや、正もそこまで悪い奴じゃないと思うんですけど……」

「好きな子についつい意地悪しちゃう、みたいな奴じゃないの?」

「ち、違いますよ!」

「あ、じゃあ今朝私にブサイクって言ったのも、実は私のことも好きだから?」


 善子さんが創をいじめているところに、晴香が油を注ぐ。

 別にそこまで創を追い詰めなくてもいいのに。可哀想。


「気が多いね創くんは。これじゃホントに正みたいだ」

「一応正の姉さんなんですから、あんまり悪く言わないであげてくださいよ」


 なんだかんだと、一番正くんを庇うのが創だったりする。

 そこは何というか、男同士の関係なのかな。私にはよくわからないけれど。

 創は私の知る限り、正くんの数少ない男友達のうちの一人だから、そこら辺思う所があるのかもしれない。


 しばらくそんないつも通りの雑談をしてから、私たちは別れた。

 いつも通りの、元気溌剌で優しい善子さんだった。

 けど、何となく雰囲気がいつもとは違うように感じたのは、気のせいかな。

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