9 不器用な笑顔
「あの、氷室さん。ちょっといい?」
私が声を掛けてみると、自分の机で静かに本を読んでいた氷室さんは、ゆっくりと顔を上げた。
読書の邪魔をして申し訳ないな、という罪悪感に少なからず心を痛めつつ、それでも意を決して口を開く。
「氷室さん、クリスマスの日は、暇?」
「……クリスマス?」
透き通るような瞳が真っ直ぐに私を見つめている。
そのスカイブルーの瞳が、静かに疑問に揺れていた。
「そう、クリスマス。もし予定ないんだったら、私たちとクリスマスパーティーしない? 今、晴香と創と話してたんだ」
「……ない、けど。でも私、パーティーとかは、あんまり……」
「別に無理にとは言わないけどっ! でも、もしよかったら。私、氷室さんとお話してみたかったし」
「私、と…………?」
不思議そうに、氷室さんは首を傾げた。
確かに氷室さんはいつも一人で本を読んでいて、その光景は話しかけにくいものがある。
一人の世界に入り込んでいる氷室さんに、話しかけようとする人もあんまりいない。
でも私、はそんな氷室さんが気になっていたから。
「そうだよ。本の話とか、してみたいなって。実は私も本はよく読むからさ。もちろん、それ以外のことも」
背中に感じる晴香と創のエールを受けながら、私はなんとか言葉を続けていく。
迷惑じゃないといいんだけど……。
そんな必死に喋っている私を見て、氷室さんはほんの薄く微笑んだ。
普段ポーカーフェイスの氷室さんにしては、それはとても珍しい表情だった。
「……ありがとう。パーティー、参加する」
「ホントに!? やったー!」
「みんなの、邪魔にならないといいけど」
「邪魔になんかならないよ! みんな大歓迎!」
正直ダメ元で誘ったからOKしてくれたことが嬉しくて、私は思わず氷室さんの手を握ってしまった。
少しひんやりとしたその手は、少しだけびくりとして、氷室さんは少しだけ不安そうな顔をした。
けれどそれは嫌そうな顔ではなくて、どうしたらいいのかわからないという戸惑いの顔だった。
「また詳しいこととか決まったら知らせるね! 氷室さんも、何かやりたいこととかあったら言ってね」
「う、うん……」
「あ、そうだ。もしよかったらなんだけど」
この際思い切ってしまおうと、私は調子に乗って一歩踏み込んだ。
「もしよかったら、私のこと、アリスって呼んで」
「……うん。わ、わかった……」
まだ戸惑いが残っていたけれど、でも確かに氷室さんは頷いてくれた。
多分悪くは思われてないと思う。
けれど氷室さんには氷室さんのペースがあると思うし、これ以上踏み込んでも可哀想かな。
あんまり読書の邪魔しても悪いし。
そうして氷室さんにバイバイと手を振って自分の席まで戻ると、ニヤニヤとした晴香と創に出迎えられた。
「よかったねぇアリス。氷室さんと仲良くなれて」
「まだまだこれからだよー。でも思い切って声かけてよかった」
「それにしてもあの氷室がクリスマスパーティーに来るとはなぁ。俺はてっきり断られるもんだと……」
「とりあえずこれで四人っと。どうする? 他に誰か誘いたい人いる?」
晴香の言葉に首を捻る。他に人を誘いたくないわけじゃないけれど、氷室さんを誘った手前あんまり大人数になっても可哀想な気がする。
氷室さんはみんなでわらわらというよりは、ある程度の人数で方が良さそうな気がするし。
「あぁ、なら
創はそう言いかけてから、私たちの顔色を見て言葉をすぼめた。
別に責める気はないけれど。
「正くんねぇ。別にダメじゃないけど、アリスがねぇ」
「べ、別に私だってダメじゃないけど……! でも、うーん……」
正くんは創の中学生からの友達で、もちろん私たちも中学の頃から知っている男の子。
結構なイケメンで、勉強もできるしサッカー部のエース。
まるで絵に描いたようなモテる男の子なんだけど、私にはどうにもキザったらしく見えて仕方がない。
実際に正くんはよくモテて、今時冗談みたいだけど、取り巻きの女の子がいる。
大抵の女の子は正くんに対して甘々だし、正くん本人も女の子は大抵自分に惚れると思ってる。
まだそれだけだったら別にいいんだけど、正くんはなんだか私を変に意識していて、そこが渋る理由。
別に私のことが好きとかそういうことじゃなくて、単に自分に色目を使わないことが納得いかないって感じなんだと思う。
付き合いが長いのもあって余計に拗らせてて、隙あらば絡んでくるのから、私としては辟易しているわけで。
でも創とは仲がいいからあんまりぞんざいにはできないし、中々やり難い。
「悪い悪い。今のは無し」
創もわかってはいるし、立場的に微妙なのはこっちも理解してるから、別段責める気もしない。
けど創はバツが悪そうに口をすぼめた。
「まぁとりあえずは四人でいいんじゃないかな。細かいことは追々考えていこうよ」
晴香がテキパキとまとめた。
しっかり者でまとめ上手な晴香は、私たちの中心になることが多い。
私は基本控えめになっちゃうし、自分から出て行くタイプじゃない。
創はどこか抜けていたりガサツなところがあるし。
私たちには晴香がいないとダメだった。
小さな頃からずっとそんな調子。
それが私たちの日常で、そんな日々がなくなることなんて、想像すらしていなかったんだ。
日常は、当たり前のものだと思ってた。
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