10 気がつけばそれはもうそこにはなくて
放課後。私も晴香も創も、三人共部活に入ってないから下校は早い。
それでもこの季節だと窓の外からは夕日の光が差し込んでくる。
帰る前にトイレに寄ったときのこと。
教室で待っている二人の元に急いでいた私を呼び止める声がした。
「花園じゃん。今から帰り?」
誰だかなんて声を聞いた瞬間にわかった。
私は溜息が出るのをぐっとこらえて、できる限りの笑顔で答えた。
「まあね。正くんはこれから部活?」
そう正くん。
イケメンだけどいけすかない中学校からの腐れ縁。
明るく染めた茶髪をわざとらしく掻き上げながら、正しくは私に微笑みかけてくる。
「いや。実はこれから女の子たちと駅前にできた新しいカフェに行くんだよ。よかったら花園もどうだい?」
「うーん、遠慮しておくよ。晴香たちと帰る約束してるし」
「君、まだあんなやつらと付き合ってんの?」
「あんなやつらって……」
心ない言葉にムッとしながらも、怒ったら負けだとぐっとこらえる。
「正くんは部活ちゃんと行かなくてもいいの?」
「いいんだよあんなの。俺、適当にやってても一番うまいしさ。真面目にやっててもバカみたいじゃんか」
「私は、真面目に頑張ってるほうがかっこいいと思うけどな」
「へぇ」
正くんはまるで変わってるねとでも言いたげに声を漏らした。
全くこの人は。謙虚さのかけらもない。
私に絡んでくるのならせめて私に合わせようとする気概くらいは見せて欲しい。
別に今更そうされてももうなんにも思わないけれど。
「花園さあ。もう少し可愛げのあるところ見せてよ。たまには俺のこと立ててくれたっていいだろ?」
「えーと……」
どの口が何を言ってるんだか……
この人には私をなびかせるつもりがあるのか、それともないのか。
そもそも私にそこまで固執する理由がわからない。
構ってくれる女の子も、チヤホヤしてくれる女の子も沢山いるはずなのに。
たかだか私一人興味を示さないからといって、何がそんなに不満なんだろう。
いくら正くんがイケメンだからといって、今まで全ての女の子が彼のことを好きになっていたわけでもない。私みたいなのは他にもいっぱいいたはずなのに。
「ごめんね、二人を待たせてるからそろそろ行くね」
「ちょっと待てよ」
少しでも早くこの場を立ち去ろうとした私を、正くんはまだ呼び止める。
「ここまでしてるのにそれでも俺よりもあいつらの方が大事だってのかよ」
「えっと、正くん……?」
ここまでしている、と彼はいうけれど、私は別段何かされたとは思ってない。
正くんはなんというか、絶望的に口説くのが下手なきがする。
普段何もしなくてもモテてしまう彼には自分から口説く技術なんて必要がなかったんだ。
彼にとっては声を掛かるということそのものがもうとてつもなく譲歩していて、精一杯の口説き文句なのかもしれない。
「ごめんね。先約だからさ」
明らかに苛立ちを隠せないでいる正くんに、私は一方的にそう言って逃げるようにその場を離れた。
これが素敵な男の子からの熱烈なアプローチだったならよかったんだけど。
彼の自己顕示欲のためにやられているようなものだからなんだか無性に虚しくなってくる。
追いかけて来たらどうしようと思ったけれど、幸いそれはなかった。
正くんのプライドとしても、自分が女の子を追いかけるなんていうのはナンセンスなんだと思うし。
難を逃れた私はやっとの事で二人の元へと戻って、いつも通りの帰路につく。
昔から何も変わらない、三人での下校。
私の尊い穏やかな日常。
その夜巻き込まれる出来事などつゆ知らず。
この時忘れ物をしていなければあるいはこうはならなかったのかもしれない。
もっと早くに気づいていれば。取りに戻らなければ。
きっかけは、本当にささいなこと。
それでも、それが運命を変えることだってある。
もう一度晴香と創に会いたい。
氷室さんとだってまだ仲良くなってない。
したいことがたくさんあるのに。
いつもそこにあった日常は、今ではとても遠くにある。
────────────
深い深い暗闇の中で、まるで夢へと落ちていくように意識が沈んでいく。
私はこれからどうなるのか。これから私がすべきことなんなのか。
そんなことも考えられなくなるくらい、深く深くへと沈んでいく。
上も下も右も左もごちゃ混ぜで、大きいも小さいも一緒くた。
人と動物も草や花や木も。何もかもが平等で。でも全てが自由気ままな無法地帯。
世界の法則を超えて、私の知らないどこかへと流れていくように。
色んなことがごちゃ混ぜで、全てがひっくり返っていく。
そこはきっと、私が知らない不思議な国。
私はどこへ行くのか。私は何なのか。
その答えは出ない。
これは私の頭で起きていることなのか、はたまた現実なのか。
それはもしかしたら同じことなのかもしれないけれど。
私がいるべき場所は、一体どこにあるのかな。
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