8 私は普通の女の子

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 私は至って普通の女の子です。

 特別何か取り柄があるわけじゃない、可愛いわけでもないし、人気者でもない。

 極々普通な、どこにでもいる平凡な女の子。


 自分が普通すぎることに悩んでしまう、なんて悩みすらも普通な私は、特に突出することもなく生きてきました。


 そんな自分がつまらないなと思いつつ、だからといって別段の不満もなくて。

 だから私はのうのうと日々を過ごしてきた。

 危機感はなく、ただ毎日を過ごしてきた。


 普通である自分のことを退屈だと思うことはあっても、だからといってそれを不満に思うことはなかった。

 自分はこう言うものなんだからと思っていた。

 あるがままの自分を受け入れていた。


 そんな私が、自分の非力さを悔やむ時が来るなんて思わなかった。

 何もできない自分を恨めしく思うなんて。

 平然と受け入れてきた自分の平凡さが、なんと頼りないものかと辟易する時が来るなんて。


 ヒーローのように私を救ってくれたその人に、私は何もしてあげられなかった。

 私も、守ってあげたかった。力になってあげたかった。


 それでも私には何もない。平凡な私には何もできない。

 その平凡が幸せなことなのか、それとも不幸せなことなのか。

 そんなこと、昼間までの私は考えたこともなかった。


 今はただ、無性に二人に会いたかった。晴香に創。私の幼馴染。

 いつもと変わらぬ平穏な日々。何の変哲も無い普通の生活。

 友達と馬鹿話したり、人間関係に悩んでみたり。

 そんな何気ない時間を過ごしていた、ほんの数時間前のことが、どうしようもなく懐かしく思えた。




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「────ねぇ、アリスってば。起きなよ」


 それは今日の昼間の事。

 今までと変わらぬ平凡な日常を送っていた時のこと。


 教室の机に突っ伏して寝ていた私は、揺り起こされて目を覚ました。

 顔を上げてみれば、晴香がその整った顔を少しムッと歪めて私を見下ろしていた。

 決して怒っているわけではないけれど、これは面倒見のいい晴香の、お母さんのような一面だ。


「午前から居眠りなんかしてたらだめじゃん。もうお昼休みだよ」

「なんだか、日差しが暖かくてさぁ」


 欠伸と伸びをしながら答える私に、晴香は困った顔をする。

 十二月のこの寒い時期の日差しは、どうも暖かくて眠くなってしまう。

 私の席は窓際で、光を直接浴びるから余計だった。


「もう二年生も終わろうって時期なんだから、ちゃんと勉強しなきゃ。受験もあるんだし」

「あーそう言う話聞きたくなーい。何か楽しい話してよー」


 耳を塞ぐ私を私に、晴香はやれやれと眉を潜めながらも薄く笑った。


「じゃあじゃあ、アリスのクリスマスのご予定でも聞いちゃおうかなぁ〜」

「え、クリスマス?」

「そうクリスマス。もう今月末に迫ってるけど、アリスさんのご予定はいかが?」

「もう、そんなのあるわけないって、知ってて聞いてるでしょ。楽しくない」


 私がジト目で答えると、晴香はケラケラと笑った。

 私も晴香も今まで彼氏はできたことがない。

 晴香の方は、今まで何度か告白されているのを知ってるけれど、どうしてか誰だと付き合わなかった。

 理由を聞いても教えてくれない。

 対する私には、そもそもそんな浮ついた話なんてないんだけど。


「ごめんごめん。じゃあさ、予定ない者同士、クリスマスパーティーでもやろうよ!」

「いいね! やっぱりボッチは嫌だもん」

「じゃあ決定ね。あ、はじめも呼んであげよっか」

「────なんの話してんだ?」


 そこでタイミングよく創がやって来て、首を伸ばしてきた。

 そんな創を見て晴香はニヤリと笑う。


「あ、噂をすれば。アリスとね、クリスマスパーティーしよって話してたの。創もどうせ予定ないでしょ? 一緒にしよ」

「あぁ、まぁいいけど」


 予定がない、というところには特に触れずに創は頷いた。

 まぁ予定がない者同士、そこをあえて突っつくのも野暮だよね。


「あ、ならさ。氷室さん、誘ってもいい?」


 晴香を中心に、どうするかと話し合っている最中に私は言った。

 それを聞いた晴香は、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべる。


「お、ここでようやくアタックするってわけだね」

「ちょっと、変な言い方やめてよ。ただ、いい機会だからどうかなって思っただけで」

「アリスは氷室さんにご執心だからねぇ。焼いちゃうなーこのこのー」

「だからそんなんじゃないってばー! やめてよー」


 氷室さんは、今年になって一緒のクラスになった女の子。

 いつも休み時間は一人で本を読んでいる、静かな女の子。

 肩口までの爽やかなショートヘアに、透き通るようなスカイブルーの瞳が魅力的。


 その物静かでミステリアスな雰囲気もさることながら、私が気になっているのは彼女の読書趣味だった。

 実は私も本を読むのが好きで、暇さえあれば何か読んでる。

 正直、晴香や創といない時は、本を読んでばかりいると思う。


 氷室さんは、そんな私が読みたいと思っている本を、大抵いつも先に読んでいる。

 本の好みが似ているってことだし、もしかしたら話してみたら気が合うかもしれない。

 そう思ってずっと話しかけるタイミングを窺ってきたんだけれど、氷室さんの独特の雰囲気に、どうにも踏み込めずにいた。


「まぁ冗談は別にして。私はいいと思うよ。ちょうどいい機会だし、氷室さんと仲良くなるチャンスじゃない?」

「俺も別にいいけど」

「うん。わかった!」


 二人に後押しされて、私は意を決して立ち上がった。

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