7 弱い私の遅すぎた選択

「透子ちゃん!」


 四方からお腹に突き刺さる光の刃に拘束された透子ちゃんは、その場でぐったりと項垂れる。

 もう全身の力は抜けているのに、光の刃に支えられて倒れることすらできないでいた。


「油断し過ぎだよD8。すぐ気を抜くのがあなたの悪い癖」

「すまねぇD4ディーフォー


 フードの女の人────D4は、ゆっくりと透子ちゃんに歩み寄る。


「あなたは立派だった。魔女の身でよく戦った。けれど、もう終わりなの。これでおしまい。これ以上アリスを苦しませないで」

「あなたたちの思い通りには……アリス、ちゃんは……渡さない」

「……どうしてあなたのような魔女が、アリスに固執するの」

「アリスちゃんは……私たちの、希望の光……反撃の狼煙は、もうすぐそこに……ある。魔女が、虐げられる時代は……もう終わるのよ」

「そう。つまりあなたは、『そう』なんだ」


 そうD4が冷たく言い放った瞬間、透子ちゃんの体に電流が迸った。

 動かない体を仰け反らせて悲鳴をあげる透子ちゃんを、D4は冷たく見下ろす。


「そういうことなら話は変わってくるわ。アリスの手前、あなたにあまり酷いことはしたくなかったのだけれど。でもあなたが『そう』だとういうのなら、吐いてもらわないといけない。あなたたちが一体、何を企んでいるのかをね」

「……知らないわ。私は、何もね」

「なら思い出してもらうまでだよ」


 それは、ただの拷問だった。

 血を大量に流して十分に傷ついている透子ちゃんに、D4は容赦なく何度も電流を浴びせる。


「……私は、何も知らない。知っていたとしても、何も言わない……あなたたちみたいな、外道になんてね……」

「ずいぶん強情だね。どうせ死ぬんだから、楽に死にたいでしょうに」


 繰り返される電流。もう何度目かわからない。

 次第に悲鳴もしなくなって、透子ちゃんはただぐったりと項垂れたまま。

 電流に体を仰け反らせて、項垂れる。その繰り返し。

 もう見ていられなかった。見ていたくなかった。


「…………」

「何? もう言葉すら出ないの? なら傷を治して続きをするまで」

「っ…………」

「何をブツブツと!」


 その時、透子ちゃんの体がびくんと跳ねたかと思うと、魂が抜けたように完全に脱力してしまった。

 透子ちゃんはもう限界だ。私が勇気を出さないと。もうそれしか選択肢はないんだから。

 もうこれ以上、これ以上透子ちゃんの傷付く姿は見ていられない。


「……わ、わたし、は……」

「喋る気になった? 知っていることを教えてくれればいいんだよ」

「……何を……」


 電流が走り、透子ちゃんはけたたましい悲鳴をあげる。


 私が……私が……!


「知っていることを言いなさい!」

「知らない! 私は何、も……! なん……なんでこんな……!」

「いい加減に────」

「もうやめて!」


 ようやく声が出た。

 精一杯、力の限り声を振り絞った。


 遅すぎるのはわかってる。私のために傷付いてることも。

 でも、もうこれ以上は。これ以上はダメだ。私のためにこれ以上は。

 はじめからこうしていればよかったんだ。はじめから誰にも頼らずにいれば、誰も傷付くことなんてなかった。


「もう、やめて。もうやめてください。行くから……私、あなたたちに付いて行くから。だからもう、透子ちゃんを傷つけるのはやめて」

「アリス……」


 血と涙でぐちゃぐちゃになった透子ちゃんは、もう心も体もボロボロだった。

 ここまで私は、透子ちゃんに守ってもらった。もう十分すぎるほどに。

 だから私にできることは、ほんの僅かだとしても透子ちゃんに希望を残すこと。


「大人しく付いていきます。だから、透子ちゃんだけは見逃して。あなたたち魔女狩りは、魔女を殺さなくちゃいけないっていうのは聞いたけど、それでも。お願いします」


 私は地面に頭をつけて懇願した。

 これが私にできるせめてものこと。

 何にも力がなくて、臆病で勇気がなくて情けない私にできる、唯一のこと。


「……わかった。あなたがそこまで言うのなら」


 D4がそう答えると、透子ちゃんを支えていた光の刃が消えて、彼女は乱雑に地面へと倒れこんだ。

 私は慌てて駆け寄って抱き起こしてみるけれど、ボロボロになった透子ちゃんは、辛うじて息はあったけれど、意識は完全に失っていた。


「ごめんね、こんな私で。あなたをこんな酷い目に合わせて、何もできなくて。ごめんね、透子ちゃん」

「見逃すのはいいけれど、それは私たちがとどめを刺さないというだけだよ。放っておいたらそのうち死ぬ」

「……はい」


 もう手遅れかもしれないことはわかってる。

 私の勇気が、決断が遅すぎたということも。

 けれど、とどめさえ刺されなければ、もしかしたら何とかなるかもしれないから。

 ありえないほどに小さな可能性であったとしても、このまま殺されてしまうよりはきっと……。


 この選択が正しいのかはわからない。

 本当は介錯してあげたほうが、苦しまなくていいのかもしれない。

 今まで散々怖い目や辛い目に合ってきた透子ちゃんには、ここで楽にしてあげたほうがいいのかもしれない。


 それでも、透子ちゃんは魔女だがら。奇跡を使える魔女だから。

 もしかしたらこの危機も、乗り越えるかもしれない。

 ほんの少しでも猶予があれば。もしかしたら。

 だって透子ちゃんは言っていた。逃げ延びるのには自信があるって。だから。


「ごめんね。こんな私で。でも、ありがとう。こんな私のために……」

「さあ、そろそろ行くよアリス」


 最後にその体をそっと抱きしめてから、透子ちゃんを放して立ち上がる。

 二人の元へと行くと、D4は私を抱きしめた。


「あなたにとっては、これからの方がよっぽど辛いかもしれない。ごめんなさい。こんな私を、許して」


 そんな言葉が聞こえてきたのと同時に、頭がくらりと揺れて意識がぼんやりとしてきた。

 視界が揺れて、思考がまとまらなくなる。


 D4の腕に抱かれたまま、私の意識は暗闇に落ちていった。

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