第二話 桜のピンク 梅の赤
「色……ですか?」
「そう。君は春って聞いたら何色が頭に思い浮かぶ?」
答えに戸惑う。いや、頭の中で考えてはいたけれど自信がない。春の色か……春と言えば桜とか梅だけど、それならピンクとか赤。黄色ってイメージもあるし。でも、そんな簡単な問題じゃないよね、きっと。もっと深い意味が……僕の考えすぎかな。
「そうさね。少し難しかったか。そしたら答えが出たら、またここに来なさい。答え合わせをしてあげるから」
ケッケッと笑い、おじいさんはテクテクと曲がり角に向かって歩いて行ってしまった。僕はそれを追いかける気にはなれなくて、暫くそこに佇んでいた。
それから家に帰って、シャワーを浴びて、寝る前にいつものように日記をつけながら考えてみたが、あの老人のことも、色のことも、よく分からなかった。
次の日の朝、テレビのニュースでは、来週頃に開花するだろうと言っていた。
学校でも比較的よく集まる集団が、「花見行こーぜ!」「いいね、行こ行こ」と、ワイワイやっていた。僕はその輪の中に入る気もなかったけれど。
昼食はいつも榎田と食べている。相変わらず、でかい弁当箱だな、なんて思いながらも聞いてみた。
「なあ、榎田」
「ん? どした。珍しいな、お前が俺に聞いてくるなんて」
「春って何色だ?」
真面目な口調でそう聞くと、榎田はつまんでいた唐揚げを口に放り込み、
「おい、ほんとにどうしたんだ?」
と、笑われた。
そりゃそうか。普通に考えりゃ頭のおかしい人だ。
「なんだ、ほら? 最近、いろんな所で春だ春だ、お祭りだなんて言ってるだろ。だからなんとなく気になってさ」
「春か……春って言ったら桜だけどな。だからピンクなんじゃね? けど……」
「けど?」
「俺はそうは思わないけど」
「ん? どうしてだ?」
「んー、何というかな……。そうだ今度俺ん家来いよ。そしたら分かると思う」
と、思わせぶりな発言で、榎田は唐揚げの刺さった箸を俺の方に向けて言ってきた。僕はその唐揚げをパクッと口に入れる。咀嚼しながら考えたが、結局行くことにした。
「いや、うん。分かった。部活もあるだろうから、予定はそっちに合わせるよ」
「おう、そうしてくれると助かる」
それに対し、僕は笑ってその話を切り上げ、別の話題を振る。
話を変えるときは、「そういえばさー!」みたいに言ってもいい。会話の空白、気まずさが消えるだろう。
だから、会話は苦手だ。途切れたらどうすりゃいいか分かんなくなる。僕はそんなに笑って切り抜けることは出来ない。
その点、榎田と話すときは、基本的に向こうから振ってくれるので、話題に尽きることはない。
でも、なんか今日は違った。
「そういや、榎田。最近どうよ?」
「どうよってなんだよ。やっぱお前、今日変だぞ。いつも話題振ることなんてないのに」
「いや、なんか、気分が良いんだ。花粉も今日は飛んでないっぽいし。春だから陽気になるのかもね」
なんて、僕は自分に言い訳をした。榎田が返す前に予鈴が鳴った。五時間目は移動教室だから、急がないといけない。
今日も無事に終わり、帰りのHR。担任がいつもと変わらない、ゆっくりとした口調で言う。
「はい、じゃあ、来週からテストだから頑張れよ。日程は朝言ったとおり。はい、終わり。そしたら、日直、号令」
「起立、気をつけ、礼」
榎田がいつもと同じように、
「じゃ、俺、部活行ってくるわ。んじゃ、また明日な」
と、僕に別れの挨拶をする。
「ああ、またな」と言い、僕が後ろを振り向く頃には彼の姿はなかった。いつものことだ。
赤く、鮮やかな梅が咲く校門を通り抜け、ふと立ち止まる。
いつもの通学路を通ると、またあのおじいさんに会いそうな気がする。まだ答えは出ていないし少し遠回りにはなるが、いつもとは違う細道を行くことにした。
いつもは通らない道は新鮮で、ついつい歩きが遅くなる。暫く歩くと、桜並木が僕を包み込む。まだ、つぼみが多いが、その方が僕の好みだ。
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