春の青
浅雪 ささめ
第一話 空の青 海のあを
白鳥は 哀しからずや 空の青
海のあをにも 染まずただよふ
「じゃあ、佐藤。この句は何句切れだ?」
急に先生に呼ばれ、ビクッと体をふるわせる。ノートを慌てて確認するが、解読不可能の状態。アラビア語を公用語としている国の人でも読めないくらいの難問だ。
しかし、分かりませんで許されないのは目に見えている。ここは何とか乗り切るしかない。
ど、こ、に、し、よ、う、か、な……。
「えーと……二句切れ?」
「そうだな。正解だ。」
良かった。流石は神様。
「佐藤、何でそう思った?」
それ聞きますか? 僕は寝起きの冴えない脳をフル回転させ、一つの苦肉策をひねり出した。
「夢の中で若山牧水に聞きました」
俺がそう答えると、周りからは笑いが聞こえる。ただ一人を除いて。
「それは、寝てたってことでいいんだな?」
「いえ、昨日の夜、予習してたんですよ」
また笑いがおこる。教師も肩をすくめて
「そうか、もういい。じゃあ野田、何でこの句は二句切れだ?」
と、このクラスの随一とも言える優等生、野田を指した。いつものパターンだ。
「『や』があるから」
野田は少しの抑揚もなしにそう答える。これもいつものことだ。
その後も、先生はこの句について説明していく。若山牧水の他の有名作だの、対比が多いだの。他にも牧水の名前は母の「マキ」と好きな「水」にちなんでいる、なんていうテストに関係ないような内容まで、チャイムが鳴るまで話していた。
よっぽど好きなんだな。若山牧水のこと。
国語が終わり帰りのHR。さっきの教師と入れ替わりに担任が入ってくる。
「今日も連絡は特にないから、これで解散。気をつけて帰るように」
「きりーつ、気をつけ、礼」
これで、今日も一日平和に終わった。「じゃ、また明日な!」と、後ろから
「おお」と返し、後ろを向く頃には、もう既に彼の姿はなかった。きっと今日も部活があるんだろう。大変そうだな、なんて他人事のように思う。
僕は部活には入っていない。運動が苦手ということもあるが、単純に人間関係が面倒くさかっただけだ。
最寄りの駅までは歩いて数十分。自転車の人もいるが僕は毎日歩いている。この通学路の風景が好きなんだ。今日も鞄を担ぎ、靴を履いて昇降口を一人出る。
少し歩くと神社が見える。境内の木のつぼみを見て、ああ、もうすぐ春だな、なんて直感的にそう思う。ここ最近はいつもそんな感じだ。
時計を見ると電車の出る五分前。やばいな。少しゆっくり歩きすぎたかな。次の電車でいいやと諦め、僕は暫くつぼみを眺めていた。
「この花が好きなのかい? それとも、この神社がかい?」
唐突に後ろから声がした。振り向くと、白髪の僕より身長の低い、日向ぼっこの似合いそうなおじいさんが杖をついて、立っていた。
僕が答える前に、もう一つ質問をしてきた。
「きみは春って聞いて、何色を思い浮かべるかい?」
僕はまた、答えることができなかった。
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