多角形模様 2


「せっ、センパイ、この子どうしたんですか!? というかなんでススちゃんが来てるんすか!?」

「久しぶりだな、サクラ。この子はソーラ。私とサトミの間の長女だ。さあ祝え。あとこの歳でススちゃん呼ばわりはやめてくれ」

「ソーラ、です」

「え、えぇぇぇぇぇーー!? こ、ここっ、こんな大きな子センパイの子どもなワケないじゃないっすか!」


 失敗した。

 その言葉しか頭に思い浮かばない。


「センパイ、どーせススちゃんのウソなんですよね!? いや、ウソだと言ってくださいよっ!!」

「ははは、私がいつまでもただの同居人でいると思ったかね! 天使は目的のためならいかなる卑劣な手段をも選ばないんだよ!」

「それもう悪魔じゃないっすか!!」

 

 失敗した、あの時ススキにバカ正直に用事を言う必要はなかった。

 ただ黙って外に出ていれば良かったのか。


 ……いや、それでは薬物原料のサンプルを持ち出すことができなかった。

 ススキはあれで勘が妙に鋭い、どちらにせよ疑われて露見していた可能性が高い。


 結局、最初から選択肢はなかったのか。


「はははははー! ほら見るんだサクラ、ちょっと眠そうな目とか、あんまり表情の変わらない顔とか父親に実にそっくりだろう! さあほら見るんだ!」

「ぎゃーーー!!」


 2週間ほど前からサクラとぼくは情報交換の頻度が多くなり、おおよそ週の半ばと終わりに場所と時間を決めて落ち合っていた。


 今回は時間は昼に至らない午前であり、場所は『集合体コミュニティ』の中央からやや北にある映画館跡が落ち合う場所となっていた。駅から離れたデパートの屋上階に残っている、かつての映画館。


 以前にも何度かここを会う場所として利用している。利用する理由はというと、ここが人の寄り付かない場所であり、隠れて『フォース』と『廃品回収スカベンジャー』が会うには適しているからだ。


 映画館も含めて、このデパート全体は大きく崩壊していた。壁面はいたる所が崩れ、ここに来るまでの階段すら一部が陥没している。外側には著しく植物のツタが繁茂し、住環境としては非常に適していないため、人も寄り付かない。よほどの好き者でもない限りは。


 そのよほどの好き者であるところのぼく達は今は、天井が抜けて空の見えるロビーに集まっていた。


 金属の腐食した券売機に、天井の瓦礫が刺さった色の褪せたソファ。

 ポップコーンやドリンク類の吊り看板と当時の映画予告のポスターは例外なく風化し、文字はとうにかすれてしまって読めなくなっている。

 ここは設置されていた機材は場所の問題から資源としての回収すらされず、ただ8年間を朽ちるままに過ごしていたのだろう。


「で、でもこの子、ソーラちゃん、麦わら帽から見える髪が銀……? 白……? や、とにかくススちゃんともセンパイとも色が違うっすよ!」

「知らなかったのかい、黒髪と金髪の間の子は髪が銀色っぽくなるんだ!」

「ま、まじっすか!? 知らなかったっ!」

「かたほうのめは、ものもらい、です」


 そんな場所でこうして騒いでいるのはどうなのかと思わなくもない。


 元々ぼくと知り合いなように、ススキとサクラもお互いを知らない仲ではない。

 ソラを除いてここの中で最も年下のススキを、サクラはススちゃんと呼んでいるくらいには面識がある。


 だが、猛烈にそりが合わない。

 どれくらい合わないのかは見ての通りだった。


「う、うぅぅぅー……」

「ふぅ、今日のところはこれで勘弁してあげよう。よしサトミ、そろそろ家に戻ろうか。いや違うな、そろそろ戻ろうか、愛の巣へ」

「うぁーー! センパイぃー!!」

「いや、待て。待て」


 意識を現実に引き戻すと、目の前にはサクラが半泣きになり、その隣でススキが満足げに髪をかきあげ、ソラが近くの映画予告を1人で眺めているという惨状が広がっていた。


「言っておくが……」

「うぅー! うぁーーん!」

「あ、こら、サトミに引っ付こうとするな!」

「言っておくが、ソーラはぼくの子じゃない。預かり子だ」


 近くのテーブルを指し、全員を一旦そこのビニールシートの敷かれた席に着かせる。

 先に来ていたサクラが準備していたものと思われる。


「この子の髪が白銀に近いのは、ソーラの亡くなった両親が海外の人間だったからだ。本当はもう少し異なるが、今はその説明で納得してほしい」

「じゃ、じゃあ、別にソーラちゃんはススちゃんの子どもってわけじゃないんすね?」

「当たり前だ。逆算したらススキが何歳で産んだことになると思ってる」

「で、ですよね! ほらーススちゃんっ!!」

「チッ」


 苦々しい顔のススキが舌打ちを隠さない。

 自称天使がそんなことしていいのか。


「情報交換を始めたい。だが、今日は先にサクラから始めてもらっていいか」

「え、どうしてです?」

「現在、3日ほど前に委託された『軍』の任務を調査している。その話が長くなる。ススキが来たのも、まあ、その話にかろうじて関係がないとも言えなくもない」

「すっごい後半の方微妙な言い方っすね……。じゃあ、こっちからいきますね」


 ススキもいるので話せる範囲で構わない、と先に言っておいたが、今回はサクラの話はそれほど危急的な情報はなかった。


 せいぜいが、『集合体』の南方面で『略奪者レイダー』に多少の動きがありそうだ、といった内容が多少気になったくらいか。


 ただ、南方面はスラムの存在などもあり治安が悪いため、警備部も手こずっており、そのぶん外周警備も薄くなりやすい箇所だ。

 北や西よりも周辺区域の制圧が進んでおらず、『略奪者』の動きも活発ということはあるだろう。

 北で活動するぼくや、西の防衛をメインとするサクラにはあまり関係のない話だ。


「私からの話はそんなところっすねぇ。特にススちゃんが聞いても問題のない話しかないですよ。もちろん口外はしないで欲しいっすけど」

「それは判ってるさ。天使は嘘もつかないし口も固いんだ」

「え、じゃあ数分前のあれは!?」

「……次、こっちから話してもいいか」


 テーブルの少し離れた位置に自ら座ったソラがぼくの方を見ているのを意識して、2人の無益な言い争いを止めて切り出す。

 ススキに連れてこられた彼女は、心なしか居心地が悪そうに見える。

 いや、ソラ、本当にごめん。


「サクラ、この植物サンプルなんだが」

「はい……? あれっ!? これ麻薬じゃないですか!?」

「すぐ判るものなのか」

「似た物を何度か見たことあります! 『略奪者』がたまーに持っていたりもしますから……」


 手に入れた経緯と、現時点では早期に『軍』に提出しようとは考えていないことを話す。


「なんでもいい。コスギを含む西の『農家』や麻薬、それに類する内容であればどんな情報でも得ておきたい」

「今は私は詳しいことは知らないっすけど……。なんなら、『軍』の資料を調べてみましょっか? 明日……いや、警備部のも見たほうがいいですかね、明後日までならどうです?」


 明後日となると、調査を始めてから5日目になる。

 『軍』が調査に踏み切るのは、少なくともススキに依頼した7日間を超えてから。

 少しギリギリだが、まだ時間はある。


「明後日で頼む。『軍』の情報はサクラにしか頼れない」

「え、えへへ、任せてくださいっ! 普段はいらない三佐の肩書きでゴリ押しして、なんでも調べちゃいますよっ!」


 いらないのか、肩書き。

 いやサクラのことだ、防衛任務の際の交戦時には階級など盾にもならないなどと考えていそうだ。


「助かる。ただ、他の者に不審がられないのを第一にしてくれ。そこまでサクラを巻き込むことはできない」

「判りましたっ! ……でも、どうしてそこまで調べようと? センパイ、そのコスギさんと知り合いでしたっけ?」

「別にぼくは知り合いではない」


 理由か。


 サクラに聞かれたとき、一瞬ソラの方を見てしまった。

 たぶんあの子に気付かれてはいないだろう。

 麦わら帽子に顔も隠れている。


「理由はある。調査を請け負ったからには、期間が許す限りは対象の情報を多角的に得ておきたいからだ。それが『軍』の情報であっても」


 その後、明後日の集合時間と場所を決めておき、情報交換会は滞りはあったもののどうにか目的を達成した。


 話題が尽きた後は、しばらくサクラがソラにあれこれと訊いていた。

 それなりに2人はうちとけた様子で、話し合い自体は昼前に解散となった。


 少し不機嫌な様子のススキとは対照的に、別れ際のサクラはなにやら熱意に満ちていた。

 明後日の情報にはかなり期待できるだろうか。


 一旦家に戻ってから、午後からはまたコスギの元へ向かうことになる。


「ソラ、今日はどうする」

「いく」

「そうか。判った」


 一応訊きはしたが、どこかその答えは予想ができていた。

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