多角形模様 1
その行為は違法だ。
取り締まる法は後ほど整備する。
♢♢♢
丸一日『
「……残念ながら当たりだったよ、サトミ」
「そうか」
違法栽培の調査を開始してから、今日で3日目になる。
ススキには昨日のうちに奪取した植物を渡しており、『図書館』の資料を漁って詳細を調べてもらっていた。
「あれは、本当にコスギさんの所から出たやつなのかい? 実は他の『
「いや、間違いない。運んでいたのも彼の義理の息子だった」
そっか、と溜め息をつくススキ。
「……サトミが入手してきたものは2種類で、マリファナとアヘンだった。私も実物は初めて見たよ。大麻とケシっていった方がいいかな? チョウセンアサガオとか
「麻黄とは?」
「どれも麻薬だ。エフェドリンっていう、メタンフェタミンの生合成元になる化合物が採れる植物だよ」
化合物らしきものの名前を言われたところで、残念ながら麻薬の造詣など深くない。
聞くと、ヒロポンという名で昔あった大戦の時から使われている薬物とのことだった。
それなら名前くらいは聞いたことがある。
「アヘンなら
「なるほど、判った」
コスギの栽培していた物が麻薬であると判明し、かつ『
「……ねえ、どうしようか?」
「証拠は手に入れたが、追及したところで知らないと開き直られるだろう。外のプラントを押さえる必要がある」
「現行犯逮捕って感じかな。もうそんな法律なんてないけど」
「ただ、その前に『軍』に植物のサンプルを送れば、あとは向こうで動いてくれる可能性が高い。つまり、ぼく達の分の仕事は今すぐ終わらせることもできる」
任務を委託されたススキは仕事の中途放棄によるペナルティを逃れることができ、『軍』は『図書館』から報告を受けたという建前を得て、大手を振って強制的に捜査を行うことができる。
よくできた仕組みだ。特に『農家』から『軍』へ悪感情が偏らず、『図書館』を巻き込むことができるという点において。
その捜査が行われた場合、良くてコスギ以下彼の下につく『農家』団体は揃って強制労役または罰金と加税、悪ければ外に放逐される処置が取られるだろう。
外に出された者がどうなるかは公にはされないが、まあロクなことにはならないと思われる。
外の人間に『集合体』は人権を、というよりは人としての価値を一切認めないため、放逐されたその瞬間に
ぼくとススキは揃ってソラを見た。
ソラも当事者である限りは、ということでこの話し合いの場に居てもらっていた。
まだ子どもだから、なんて言って今の話題から途中離脱させることに意味はないし、なによりこの子が納得しないだろう。
あまり今回の件は周りでも聞いたことのないケースだが、こうした『軍』の強権的な振る舞いは『集合体』の中ではありふれた話だ。直面する機会は今後いくらでもやってくる。
「うー……。しかもミレイちゃん、か」
「あの子の処遇はどうなるのか判らない」
「『軍』がその子のぶんの過去からの税の支払いを命じる……だけで終わるわけがないよね」
恐らくコスギ一家は『集合体』内での重罪犯として扱われる。
むしろ、他の『農家』への見せしめとしてこれ以上のものはない。上は嬉々として罰を課すだろう。同様のことを隠れて行っている『農家』への警告と、『軍』の捜査力を誇示するために。
存在しないあの子は、どんな扱いを受けるかすら判らなかった。
「っだーー!!」
隣で表情を暗くしていたやつが、突然叫んだ。
「ダメだダメだ、こういうの私向いてないや! もっと連作障害の解消とか自然農薬とか、効率のいい耕具の制作とかだけしてたいんだ私はーー! サトミーー!!」
ススキが自分の金髪をわしわしとかき混ぜてから、いきなりぼくの方にへばり付いてきた。
それを引き剥がしてテーブルに張り付けたのち、立ち上がる。
「サンプルは持って帰ってきたか」
「あるよ、まだ他の所に提出もしてないよ……」
「調査期間は残っている。しばらく借りる」
「え?」
異様に物があふれているススキの部屋からサンプルを取って戻ると、部屋の主が首だけ傾けてこちらを見ていた。
「ええと、サトミ。おい、君はどこに行くんだい?」
「情報を得られるアテがもう1つある。別の角度からも情報を得ておいて損はない」
「……えっ?」
『軍』所属のあいつなら、異なる切り口から助言を得られるだろう。
与えられた任務の全容について、もう少し多角的に知っておきたかった。
「そのアテって、もう1つというより、正確にはもう1人って言い換えられたりする?」
「ああ」
「その1人の名前って、サで始まってクを経由して最後にラが来たりする?」
その言い方、回りくどすぎないか。
しかし間違ってはいない。
黙って頷く。
みるみるうちになんとも複雑な表情になったススキは、突然うなりながらヘッドバンギングのような動きをしたかと思うとこちらを睨んできた。
「もー! なんかバカらしくなってきた!」
「いきなりどうした」
「なんで私はこうも悩んでるのに、サトミは外で現地妻と浮気しようとしてるんだろうね!? こんなんじゃ私、堕天してもおかしくないよ!?」
そして、良くないトリップをしたとしか思えない世迷言をのたまいだした。
この変人の場合は素で言ってるのか、はたまたあのサンプルを誤吸入しまったのかの判断がつかないのがとても恐ろしい。
「いったい何を言ってるんだ」
「よし、ならば訊こうじゃないか。愛する天使が悩んでいるのをほっぽり出して、外の女に会いに行ってしまう。これは浮気だろう? ゆっくり落ち着いて考えてみてくれ」
「そんなわけあるか」
「解答が早すぎないかな!? ……もう、ダメだろ? ほら、もっと真剣に考えて? 胸に手を当てて目を閉じて深呼吸して、ゆっくり10秒数えてごらん?」
なんだその、話を聞かない子を諭すような口調は。
とても不本意だ。
一応言われた通りにするべきだろうか。
深呼吸する。
至極まぬけな気分ではあるが、ススキの言っているアホな言葉の正当性も追求してみるべきだろうか。
まず、ススキのことは別に愛しているとも天使だとも大して思っていない。
また、ぼくに対してのサクラは、別に現地妻などという謎の関係性も持っていない。
合っているのは外の女に会いに行く、という部分だけだ。サクラは性別的には女である。
10秒は少なくとも経った。
「やっぱり違うと思う」
「ふー……。やっぱりちょっとずつ意識改革をしていく必要があるね。今日この後は予定を変えて、私と君の二人の将来について考える時間にしようか?」
「しない。時間もないから行ってくる」
「やーーだーー!!」
足の周りを囲むようにして巻きつかれた。
振り払えない。タコのようだ。
しかしソラの手前、足蹴にもできない。
「なんで、そこまでサクラのことを嫌うんだ」
「嫌いというわけでは……。いや、嫌いだ」
「どっちなんだ」
「違うんだよ、私だって、あいつが男で筋肉モリモリのマッチョマンだったりしたらなんの迷いもなく君を送り出せるんだよ」
言っている意味が全く判らない。
特に、サクラを性転換させた上で筋肉を付けさせる辺りが。
「……いや、そもそもサクラは現時点でそれなりに筋肉は付いている。『軍』の仕事や日々のトレーニングによってかなり全身が鍛えられているようだ」
とはいえ、そこまで筋肉質な外見ではないのだが。
力こぶのような盛り上がった筋肉というよりは、一枚の板のようなしなやかな筋肉、と表現すればその様子が伝わるだろうか。
筋肉としてきちんと期待した動作を十全に発揮し、しかし機動を不必要に阻害しない。それだけでも、サクラの日々の熱心な鍛錬の優秀さが窺える。
むしろ、職業柄運動不足になりがちなススキの方でも彼女のトレーニング法を聞いて、多少鍛えてみるのも損はないだろう。
そう伝えたが、ススキはぼくの膝下に巻きついた姿勢のままだった。
それどころか、なぜか身体を震わせ始めた。
振動が足から伝わって背筋がぞわぞわする。
「……えっ、いや、ははは、いや、なんであいつの筋肉のつき方なんて細かい
「前に会話の流れで知った。確かめろと言われたが、確かにあれは本物だった」
あんぐりと、というのはまさにこんな口を指すのだろうか。
ハニワのように目も口も大きく開いていたススキは、やがて小刻みに震えながらうつむいてしまった。
なんでもいいが、早くしないとサクラとの情報交換の時間に遅れてしまう。
「……………………なるほど、判ったよ」
非常に長い沈黙の後、ススキが言った。
険しい表情のままに立ち上がる。
そして、腕を掲げて高らかに叫んだ。
「今日は私もついてく! ついでにソラもだっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます