無の証明 2
『
夜通し外にいたため家に戻り、いったん仮眠を取ってからのコスギとの再会だ。
かなり迷ったのだが、ソラもまた連れて来ていた。
「なにやらここに来た時、辺りが慌ただしいようでしたが」
「ははは……。ここではないですが、バリケード近くのプラントに虫が湧いてしまいまして」
「……それは申し訳ありません、大変な時に来てしまったようですね。日を改めることも可能ですが」
「いえ、多少タイミングが悪かったからと言って、ご迷惑は掛けられません。若いもんが頑張ってくれていますので、私はまだ時間がある方ですよ」
「お手数をおかけします」
そんな取り繕ったやり取りを経て、今は再びフェイクの測量作業を再開している。
隠してはいるものの、コスギの言葉の内容からして、かなりこの『
襲撃した時の様子からして、武装も護衛もなしに物資を外に運搬していたのだ。およそ『略奪者』にあの区域で襲われるなんてことは想定していなかったのだろう。
彼らからすれば、ただ調査に来ている『
ここ一帯の取りまとめ役はこのコスギ老だ。
今も1人、こちらに話しかけようかどうか迷っている若い男がいる。『農家』の1人だろう。
どうぞ、と言うとコスギはそちらに歩いて、何やら2人で話し込んでいる。
こちらに会釈してから耕具が置いてある物置の裏に行ってしまったが、そこで話が続いているようだ。
さて、ここまでは順調に推移している。
彼らがぼくを疑っているかどうかという問題があるが、特に疑われても困ることはない。
やり口は悪辣なものになってしまった自覚はあるが、顔は見られていないし、主に活躍したのは9割ぐらい『略奪者』のカイトの方だ。
あの偽の襲撃と今のぼくを結び付ける証拠はほぼ無いと言っても過言ではない。
しかも、こちらは荷車の男の顔を見ていたという有利もある。
彼はコスギの亡き娘の夫、つまり義理の息子だと判明した。
コスギの家に入った時にちらりと見えた彼は、半袖から見える腕に包帯をしていた。農作業中に転んで、捻ってしまったとのことだった。
まあ、あれだけ慌てて逃げていたなら仕方ない部分もあるだろう。
今のぼくは、ただ測量を続ければいいだけだ。
ソラを連れて来た理由で最も大きいのは、『図書館』職員助手のぼくは昨日と全く変わりない態度で来ている、という印象を彼らに与えられることだ。
相手に疑われる要素は、減らせるなら極力減らしておく。
ついでにソラにはまた来ているケントの相手をしてもらっている。
ただ、昨日から変わった点が1つ。
「なー、どなたですかー?」
今測量しているナス畑の陰から、こちらの様子を遠目に窺っていた少女。
その子が、遂にぼくに近づいてきた。
しゃがんでいるぼくと目線の位置が同じになるその子は、およそソラと同じ程度の年齢だろうか。
こちらが名前を言うと、まだたどたどしい口調のその子はミレイと名乗った。
「もしかして、じじがきのう言ってた『ちょうさ』の人?」
「ええ。数日程度ですが、よろしくお願いします」
「ねえ、何さいー?」
小さい子特有の脈絡のなさで、年齢を聞かれる。
別にここで騙る必要はないため普通に答えると、その子は驚いていた。
「ウチのパパは43さいなんだよ? すっごく年下だね!」
「そうですか」
「じじは67さいなの!」
なぜか自慢げな様子だ。
きちんと覚えていること自体がすごいのだと、そういった自慢なのかもしれない。
「家族皆さんののお歳を覚えてらっしゃるんですね」
「うんっ!! ケンちゃんは10さいで、ミレイは7さいだよ!」
ソラとは1歳違いだったか。
まだまだ知っている、というふうにその子は、兄が今年11歳になるんだ、などと報告してくれる。
彼女が自身の指を折って数え、その11本目の指が曲げられた時に気が付いた。
この子は多指症だ。
そうか、この子も『
理解が僅かに遅れたため、対応に失敗する。
メジャーを持っていた自分の手を見てしまうという失敗を犯した。
目の前の子にこちらの意図を悟られた。
「これ気になる? ケンちゃんは笑うんだけど、じじはべんりだねって!」
「……確かに、物を掴むのに便利そうですね」
「でしょー?」
広げて見せてくれた両手の指は、12本。
両小指の外側にさらに指が1本ずつ。
あまりに自然な様子で1本の指として成立しているため、一瞬それが当たり前なのではないかと錯覚してしまうほどだった。
まるで、親指が反対にも付いているかのように見えてしまう。
他の指と接合している、いわゆる
「ピアノを弾くのに便利そうですね」
「それパパも言ってた! いつか家にあるのをしゅうりしてくれるって!」
そして、さらに思い出すことがあった。
昨日のススキは、コスギの孫は1人だと言っていたはずだ。あいつの記憶に間違いは決してない。
ならば、可能性としてあり得るのは。
「み、ミレイ、畑に来ていたのか」
「じじ! パパ、ケガしてるからってあそんでくれない!」
「お話は…………終わったようですね」
先程の比ではない、コスギの動揺を察してしまう。
これは間違いなく、彼の自爆だった。
「お話しさせていただいていました。ケント君に似て、元気いっぱいなお孫さんですね」
「え、ええ、そうですな。困ってしまいますね」
「ミレイちゃん、私も預かり子ですが、娘を連れて来ています」
「あの子だよねー? ……ケンちゃーん!」
ミレイをそれとなく離れた場所に誘導する。
そして、これまでの平静とした様子を保てず無言になってしまったコスギと、隣のぼくだけがこの場に残される。
おおよその事情は判った。
まあ、そういうこともある。
『
労働人数ではなく、家族の総数だ。
たとえ働ける人員でなくとも課せられる、かつてあった扶養控除とは全く逆の制度。
『軍』の思惑を読み取るならばそれは、『
人口の急激な増加を抑えるためという、大義を掲げた上での重税。
ならば、と考える人間が出てくる。
生まれた子を存在しなかったものにしてしまえば、その分の課税はなくなると。
どちらの考え方にも、ただの外野である『
ただその結果として、その『農家』は1人分の税を回避し、子ども当人は『集合体』から人として扱われない。
たったそれだけのことだった。
しかし、黙っているわけにもいかない。
相手もぼくが気付いたことを察しているだろう。
「確かコスギさんのご家族は、コスギさんご夫妻に義理の息子さん、お孫さんの4名であるとのことでしたが」
「……ええ」
「決まりとして、お子様が生まれた際にはご申告頂いております。ミレイちゃんのお父様にもそうお伝えくだされば結構ですよ」
「は」
コスギ老の開かれた口がヘンな形で固まる。
それはそうだ、ぼくの言葉は普通の『軍』やそこから依頼を受けて動いた『図書館』職員の対応ではあり得ない。
詐称を今は見逃すと暗に宣言したようなものなのだから。
ただ、それだけでは彼は納得しないだろう。
何か理由が必要だろうか。
「私もあの子がおりますから、多少の理解はあるつもりです」
そう言ってケントとミレイにまとわりつかれているソラを見て示し、適当に誤魔化しておく。
話は終わりだとばかりに調査の作業を再開させてもらう。
しばらく呆気に取られていた様子の老人は、その後はなんとか平常を取り戻して測量の手伝いを行なっていた。
ケントとミレイは、ソラを連れ回して色々な野菜について教えて回っているようだ。
本当なら今の話は、この『農家』グループに対する余罪として計上できる内容だったのかもしれない。
ただ、それをしようとは思わなかった。
ススキが受けた任務は違法栽培の調査のみ。
任務にないことは行う必要もない。
それだけのことだ。
それだけのこと、のハズだ。
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