トンネル効果 2


「おい、仕事はどうした」

「あれはウソ! もう私はこの部屋から動かないからね! 部屋を閉じるなら私もこっち側に住んでやる!」


 ぼくの寝床に潜り込んだ上で布団の四隅にしがみ付いているそいつが、必死に叫ぶ。

 というか、自称天使が嘘をついていいのか。

 自称だからいいのか。


 とりあえずススキのことは一旦諦め、食事を再開することにした。


「やさい」

「野菜だな」

「きょうの、はたけ?」

「そうかもしれない」


 何をどうすればこうも変わるのか、ススキの料理はぼくの作るそれと全くの別物と言っていい。


 味付けは塩と、数年前に栽培に成功して流通量が増え始めたコショウのみを使っているようだが、それでも割合きちんとした料理として成立している。


「きょ、今日は焼き魚も足してみたんだけど、どうかな? おいしい? ねえおいしい?」

「悔しいがおいしい」


 多少冷めてはいるが、歩き通しだった身体に塩分が染み渡るようだ。


「だろう、そうだろう! いやあ美人でこんな料理が上手くて気遣いもバッチリできる金髪で美人な天使の私を、隣の狭く暗い部屋に押し込めるのは酷いと思うな! ねえソラさん?」

「てんしさま、ごはんおいしい」

「だよねだよね! どういたしまして!!」


 ほらどうだ、と言わんばかりにこちらを見てくるのが非常に鬱陶しい。

 そして、ススキの部屋が狭いのはこいつ自身が集めた本や用途不明の機材のせいだろうに。


 しかし、気遣いか。


 悔しいが、それも確かに。


「ススキ、最初から判ってやってただろう」

「え、なんのことかな?」

「ソラのことだ」

「あー……」


 途端にそれまでの饒舌が鳴りを潜め、言い詰まるそいつ。


「でも実際、危ないことにはならなかっただろ?」


 バツが悪いと言った口調で、掛け布団の隙間から顔を出したススキが弁明する。


 ソラが一緒である限りはやり取りは穏便なものにせざるを得ず、こちらから能動的に行動を仕掛けるには躊躇われるため、面倒な事態に発展することもない。

 全くこいつの思惑通りにに事が進んでしまった。


「さすがにバレたらソラと一緒に退散してたけど、サトミ、全く気付かずソラに尾行されちゃうんだもん」

「まかされた」

「うんうん、ソラは優秀だなあ」


 そしてススキの思惑の底の部分。

 まあ大方予想のつく、こちらが心配だったとか、そんな単純な理由。

 それを考えると、あまり強くは責められない。


「あの鉄板は、ぼくの部屋の窓を補強するために買ったものだ。そろそろ『磁気嵐』のせいであれも磁鉄になってしまう時期だったから、遮蔽板としての効果がなくなる前に新しい物に変えておきたかった」

「え、そうだったの? なぁんだ良かった」

「次からは、ソラに危険が及ぶようなことは絶対に控えてくれ」

「……判ったよ、気をつける。ごめんねソラ」

「もんだいない」


 それならば、ぼくから言うべきことはもうない。


 情報共有のため、ススキにも今日の調査について詳細を伝えることにした。


 話し終わった時には皿は空になり、ソラがゆっくりと食べているのを眺めるだけになっていた。


 ソラは元はかなり食べるのは早かったのだが、ここ最近はススキに言われてよく噛んで食べるようになっている。

 食べるのが一気に遅くなったのは、まあ口が小さいといった事情だろう。

 子どもにしては結構な量を食べているというのもある。


「……それで解散し、今日は帰ってきた」

「なるほどねえ」

「コスギの妻と孫については情報を得られたが、他の家族に会うことはなかった」

「私の部屋に転がってる『図書館ライブラリ』のデータを後で見てみるけど、確かコスギさんには死んだ娘さんがいて、その夫さんとコスギ夫妻でケント君を育てていたはずだよ」

「そうか、父親がいるのか」

「うん。まあ、サトミの話の感じからして、やっぱりコスギさんは白、無実に見えるね。どこの話を切り取っても普通の、ただの子煩悩な『農家アグリ』な反応だ」


 表面だけを見れば、そう見えるかもしれない。

 ぼくの所感も含めて話すと、また反応も変わるだろうか。


「残念だが、コスギは限りなく黒に近い」

「……そうなのか」


 ススキの表情が真剣なものに変わった。

 金色の目を一度閉じてから再び開くと、そこにいつものへらっとした態度はどこにも窺えない。


 普段が普段なだけに、こいつが真剣な顔をすると妙な迫力がある。


「では聞こうか。理由は?」

「ああ、こちらの建前としての目的を話した段階で動揺が見られ、かつ他の者に連絡を取ろうとしていた。また、それが通らないと知ると調査期間を必要以上に長く設定した」

「…………」


 何よりも、それとなく『集合体コミュニティ』のバリケードから離れた内地部分の畑を重点的に案内された。

 そこに詳しい説明はなく、しかしコスギの視線は何度かバリケードの方角に向いていた。


 つまり。


「麻薬原料かどうかは判らないが、なんらかの違法栽培が『集合体』の外で行われている可能性は高い」

「……そうか、外にプラントを作っている可能性が」

「そういうことだ」

「しかし、そうなると問題があるだろう? 外で栽培したものをどうやってゲートを通して搬入する?」


 ススキが僅かに顔をずらし、ぼくとススキの部屋を繋ぐ大穴を見る。


「治安維持局が気付いたということは、『集合体』内での流通があったということだろう。外で栽培して、内部で保管する。あるいは、必要なぶんのみを外の貯蔵庫から運び込む。どちらにしろ、一度は内外の境界を越える必要がある」


 確かにぼくらの住む部屋の穴などと比べれば、『集合体』のゲートは検閲が厳しく取り締まられている。


 だが、しかし。


「そんなもの、やりようは幾らでもある。ススキ、地図を出してくれ。アドバイスを頼む」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る