トンネル効果 1
未来は創るものじゃない。
消していって、最後の一つを選ぶものだ。
♢♢♢
辺りは既に日が落ち、
西の栽培プラント群からの帰り、闇市で買い物をしていたらこの時間になってしまっていた。
「ソラ、疲労はないか?」
「ひろう?」
「身体の不調や疲れのことだ」
「つかれ。ない」
後ろから付いてきているソラは荷物こそぼくが持っているため身軽だが、それでも今日は結構な距離を歩いている。
今日の帰り際にコスギ老には、ソラもまた連れてきてくれると嬉しいとまで言われてしまった。
この子はかなりの好評価だったようだ。
あるいは、何らかの思惑があるのかもしれないが。
一応、帰り際に渡されそうになった野菜はいろいろ理由を並べて固辞している。
「ごめん。今日はほとんど丸一日ぼくの仕事に付き合わせてしまった」
「わるくない。べんきょうに、なった」
「それは良かった」
だが、正直困っている。
これ以上ソラを巻き込みたくないという思考が大半で、今後もこの子を連れていくかどうかは悩ましいところだ。
「ケントは、うるさかった」
「あの歳の子は皆、大体あのような感じだろう」
「……サトミは?」
昔のことを聞いているのだろうか。
正直、『磁気嵐』前の思い出なんてものは、もうかなり色褪せたものになっている。
今とは環境が違いすぎて、8年前より昔のことは実感がないというか、長い白昼夢だったのではとすらたまに思うほどだ。
「あまり覚えていないが、そうだったかも知れない」
「そう?」
「少なくとも、ソラほどの冷静さは持っていなかったと思う」
今日改めて判ったが、この子は非常に落ち着いて物事を見ている。
コスギとの会話の場面でも、流れに上手く合わせてフォローをしてくれていた。
そもそもの話、特に打ち合わせもしていないはずのほんの8歳の子がその場で的確なフォローが出来るという時点で、この子の洞察力に突き抜けた何かを感じさせる。
『
「れいせいさ。いらない?」
「どういうことだ?」
「げんきさを、みならわせたい」
そういえばコスギに対してそんなことも言っていた。
ぼくの言ったセリフを覚えていたのか。
ケントの話を聞いて、ソラにも元気さを見習わせたいなどと、そう話していたことを。
しかし、言ってしまえばあれは方便だ。
「いや、あれは嘘というほどでもないが、ただのあの場限りの言葉だ。別に、ソラはソラのやりたいようにすれば良い」
「…………?」
「ソラは今のままで問題ない。そう思っている」
「わかった」
個人的には騒がしい場がどちらかと言えば不得手な部分もあるので、この子の静かさは全く苦にならないどころか、むしろ言い方はあれだが快適にすら感じる。
だがそれと、明日も連れて行くかどうかはまた別だ。
「明日のことだが、別にソラが再び行く必要はない」
「ひつよう、ある」
「え?」
「まかされた」
「…………そうか」
予想以上に力強く断言され、むしろこちらが意味もなくたじろいでしまった。
ススキめ、どうしてくれる。
ソラとの会話はそこで終わり、ぼく達はアパートの階段を昇っていった。
先にソラを行かせ、荷物を持ったぼくが後ろから続く。
念のため、ここまでの道で背後に人の気配がないことは確かめている。
昼間にソラから受けた不意打ちのせいで多少自信がなくなっているが、恐らく尾行や追跡はないだろう。
アパートの自室に着き、渡しておいた鍵でソラがドアを開ける。
中でガタガタバタバタと音がしたものの、開けてみればぼくの部屋は明かりがなく暗いままになっていた。
対照的に、壁を一部ぶち抜いて作られた隣室であるススキの部屋からは、かすかに光が漏れている。
「戻った」
「ただいま、てんしさま」
「ああ、ソラおかえり! 先に食べちゃったから、2人の分はそっちの机の上に置いてあるからね!」
奥から聞こえた声のトーンは、通常通りのものだった。
わざとらしい程の、通常通り。
暗い家の中に何箇所か置いてある手製のランタンを付けてから机を見れば、確かに今日の分の夕飯が並んでいる。
「い、いやあ、ははは、私の方は今ちょっと作業が立て込んでてね! だからすまないが、今夜は2人で仲良くやっててくれると助かるかな!」
食事の前に、先に必要な作業を終わらせてしまうことにした。
開いた壁の向こうでは、ススキがこちらに背を向け文机に本を広げていた。
いつものだらけた半裸の格好と異なり、あいつの手持ちの中で一番しっかりした服まで着込んでいる。
その少し猫背ぎみの姿を見てから、ぼくは背中の荷物を降ろした。
あの本、上下逆さまになっているが読みづらくはないのだろうか。
「ソラ、これを支えていて欲しい」
「わかった」
「そうだ、立てたままにしておいてくれ」
闇市で値切って買ってきた、この部屋の天井まで届くような大きさの鉄板を壁に沿わせる。
丁度良くメジャーを持っていたため、取り出して幅を調べた。
縦幅も特に不都合はなさそうだ。
表面はいくらか傷があって汚れも付いているが、鉄板の構造自体に影響が及ぶほどの損傷がないことは確認済みだった。
「……あ、あれ? 何やってるの?」
何か聞かれたような気がするが、気にしない。
置いた板をソラに支えてもらう間に、ハンマーや接合用の金具といった道具を引っ張り出す。
鉄板は購入した際に既に穴開けの処理を終えているため、後は金具で雑に壁に留めるだけだ。
「ま、待って待って!! 何してんの!? まさか部屋を塞ごうとしてるの!?」
「ススキ、そこに立つと危険だ。自分の部屋で仕事があるんだろう」
「わあっ、ウソだよそんなの!! ごめん、ごめんって! だからそのトンカチをしまってくれよー!!」
「悪いが、トイレは明日にでも探して買ってそちらに置くつもりだ。そちらの部屋の玄関も開放する」
「それ完全に部屋分けるやつじゃん! やだやだ! 私はここから絶対にどかないからな!!」
仕方なしに金槌を手離すと、部屋間を繋ぐ隙間にへばり付いていたそいつが安堵の表情を浮かべた。
「う、うへへへ、そうだぞ、諦めたほうが身のためだぞサトミくん。私と君はそんな板きれ1枚じゃ隔てられない間柄なんだからな」
その場所に居座られると板を留められない。
そいつの両脇を掴み持ち上げ、ぽいっと元の部屋へと放る。
「やーー! いやぁーー!! やっぱり塞ぐんじゃないか!! や、やめてぇぇぇええ!!」
結局、ススキの妨害とソラの仲裁によって、作業は中断された。
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