建前と建前と本音 1
栄養が足りなきゃ、間引くしかないだろう。
♢♢♢
「……一応こっちの道をまっすぐ進めば着くはずだけどさ、本当にいいのかい?」
「後はずっと直進か。判った」
指示された通りに歩こうとすると、後ろから袖を掴まれた。
「や、やっぱダメだ! 一応これは私が委任されたんだから、君に迷惑はかけられないって!」
かつてのビル街は今は脆く崩れて壊れたものの、この区域は瓦礫の除去や地面の整地が済んでいる。
人通りも必然的に多くなり、若干周りの注目が集まっていた。
揉め事と思われたのか、それとも後ろのやつの金髪が目立っているのか。
あるいはその両方か。
「問題ない」
「問題だらけだ! いいかサトミ、これでも私は『
「意味が重複してないか」
しかもそんな噂はどこで立って、そしてなぜ本人が自慢しているんだ。
だが、ぼくの袖を掴むススキの必死な様子は本物だった。無視して強引に進めるのは悪手か。
後ろに向き直った。
そこには焦った様子でこちらに顔を寄せてくるススキと、その隣で、相変わらず何を考えているのか判りづらい表情のソラが立っている。
「やっぱり私が行くよ!」
「ダメだ。ススキは荒事に向いていないだろう。これはいつものおまえの仕事とは違う」
「いや、荒事って!」
ぼくの手には白い封筒がある。
その中に入っていた文書は『
ススキの『図書館』内での仕事は人口統計調査や農業関連の技術開発であることはぼくも聞かされていたし、僅かながら手伝うこともあった。
大まかに分けて、彼女の仕事は2種類。
1つは、『図書館』に集められた『磁気嵐』の被害を逃れて現存する書物を参照して、今の『
そして2つ目は、ある決まった時期になると『
今回の任務も、その後者の業務と似ているかと言われれば、多少は重複する部分もあるかもしれない。
ただその内容は、ある1つの『農家』団体で違法栽培の疑惑が持たれたため調査を行え、という任務だった。
大麻もしくはそれに類する麻薬原料を栽培していた可能性があるという、疑惑。
指令の書簡は手書きでもう少し回りくどく書かれていたが、読んだ中に安心できる要素は一切なかった。
これは非常に良くない。
対象は『農家』であり、する事は聞き込みであると言われれば確かにススキの普段の仕事に見えなくもないが、十中八九その実態はまるで異なる危険なものだろう。
『図書館』にあまり詳しくない自分ですら判るのだから、なんだかんだ言ってもぼくなんかよりも余程聡明なススキがそれを判らないはずがないだろうに。
「別にその『農家』のコスギさん、知らない人というわけでもないんだよ! 会ったのはこの辺りが私の持ち回りになった3年前の1度きりだけど、その時も不審な様子はなかったはずだし!」
『図書館』の人数はそう多くなく、そして分野ごとに部署が分かれているらしいので、さらに1つのことに割ける人員はかなり絞られる。
そのため、1人の職員に割り当てられる調査範囲はかなり広くなるとのことだった。
『図書館』と『農家』の個人的な癒着を回避するためか『軍』は人口統計の仕事を『図書館』職員の中で持ち回りにしているようだ。
だがススキは物覚えが良いので、たとえ3年前とは言え、彼女が見知っているというならばその言葉に間違いは決してない。
「しかし、それはただの調査だったからだ。今回のは監査に近い。こちらの本音を隠し、相手のあら探しをする必要がある」
無害な者に攻撃的にふるまって墓穴を掘る人間なんて少ないだろう。
しかし今回の指令は疑惑の追求であり、藪を突いて何もなければそれで良いが、実際に蛇がいた場合にこいつでは対応しきれない事態に陥る可能性がある。
だから、代わりに自分が行くしかない。
武装は隠匿するため最低限しか用意していないが、ある程度の自衛能力は発揮してくれるだろう。
ススキの出番があるとしても、それは裏方、バックアップ程度にとどめておいてもらいたい。
その考えを再び、ススキに説明する。
昨日封筒が見つかった時も同じ流れになり、最終的にぼくが行くという話になったはずなのだが。
「……判ったよ」
「判ってくれたか」
「こんな時にも君がすごく、すごーく心配性だって言うのも判った。だからもう任せることにする。確認するがサトミ、君のプロフィールは?」
別に心配なんかしていない。
ただ、こいつは血生臭い仕事に向いていないから、たとえ可能性があるという程度でもなるべく遠ざけなければならないだけだ。
「覚えている。『図書館』スズキ・ススキ職員に雇われた臨時助手だ。今回は当職員が別件の仕事を優先するため、ぼくに任務が回ってきた」
「うむ。調査の取っ掛かりはその情報を開示すれば進められるだろう」
渋い顔ではあるが、ようやく頷くススキ。
「念のためしつこく言うが、少し聞き取り調査をするくらいでも仕事としては充分なんだからな? 最悪失敗でもいいんだ」
「努力はする」
「もー! その努力で逆に君がケガしたらどうすんだよ! おい、ホントに無茶だけはしないでくれよ?」
「努力はする」
「それわざと言ってないかな!? もし君が死んだら私も死んでやるからな!? とにかく、期間は多少あるから今日はさっさと帰ってくるんだぞ!」
「元よりそのつもりだった」
今日は顔見せ程度で、多少の質疑をするだけのつもりだった。
ただ、長く時間を空けてしまうと相手に証拠の隠蔽を図られてしまう可能性もある。
書簡には、今日から1週間ほどの間に該当『農家』に対する評価をして欲しい、またその評価の証明も提出せよとのことだった。
だが、いちいち相手に抜き打ち検査をすると事前に伝えるバカはいない。
可能なら今日で揺さぶりをかけるつもりだ。
「……あっ、ハンカチは持った!? 髪も寝ぐせが跳ねてる! いつもボサボサでちょっとだらしないぞ!」
まだこちらに取り付いてあーだこーだと言っているススキを引き剥がす。
いや、心配性なのはどっちだ。
外見のチェックを念入りにされているのだろうが、いつも家ではほぼ半裸のススキにそう言われるのは非常に心外だった。
とりあえずススキには帰るように言い、ぼくも1人で反対方向に歩き始めた。
元ビル街とでも言うべきその区画を抜けて『集合体』の西の方へ20分ほど直進すると、辺りの景色はより広く見えるようになってくる。
ビルやマンションのような建物が大幅に少なくなり、家の数も減ってくるからだ。
『磁気嵐』前は今より多くあった建物はその大多数が倒壊するか、あるいは修復不可能として解体されており、廃材は『集合体』の外壁として利用されている。
ふと初期の頃を思い出すと、中途半端に生き残ったビルなどはどこでも解体するのに苦労していた覚えがある。
住めるわけでもなく、かといって放置しておくといずれ倒壊する可能性が高いとされたものは、初期の『軍』が確保していた爆発物や重機で破壊を行なった。
そうして今の『集合体』で使われている土地を確保し、『軍』の影響力が増していったという背景がある。
解体と同時に、労働者を使って土地を更地に変えていったのがこの辺りだろうか。
ドリルも無い中でアスファルトで固められた土地を人力で割り崩していき、大量の人的資源を費やして作ったのがこの『農家』の区域にある栽培プラントだ。
それが今や、いつの間にか『集合体』の外周近くまで拡張してきていたようだった。
元から農地として使えていた土地や前述の更地に加え、公園や河川敷の辺りまで使える土地を全て使って足し合わせたこの栽培プラント群。
現在の大きな問題点は、まだ年月が経っていないため植林が進んでいないことと、土地の栄養の多寡の差が大きく、栽培できる作物を場所によって変えざるを得ないということだろうか。
植林はいずれ時間が解決してくれるが、後者は今後も何かしらの手入れが必要になるだろうか。
徐々に土地改善を行なって生育可能な植物を増やそうとする試みはあるが、依然として余裕はない状態であるらしい。
真っ直ぐと言われたため素直に歩いてきたが、そろそろ対象のコスギさんとやらを探すべきだろう。
ここから先の地面は舗装が剥がされたり割れた跡が残っている所も多い。
広大な畑の間をいびつな形の舗装道路が走っている様子が、かなり独特の風景を形作っていた。
都会を無理やり田舎に戻したような、という表現が頭に思い浮かんでくる。
ここで『農家』の人間がどこに住むかと言われれば、実際はかなりまちまちである。
畑の間に点在する一軒家や、運良く形が残ったアパートに住んでいる人間もいれば、逆にぼくの通ってきた市街から出てきて、早朝から自分の畑で仕事をしているようなタイプも存在する。
事前にススキに聞いていた情報では、コスギはこの辺りの一部の『農家』グループの取りまとめをしているような人物であり、そして広いジャガイモ畑の横にある一軒家に住んでいるらしい。
痩せた土地でも育つという特性は、『磁気嵐』後の世界でジャガイモを一躍主食の座に押し上げていた。
だから場所を特定するにしても、ジャガイモは幾つものプラントで栽培されているだろうし、そもそもジャガイモ畑の隣とか言われても目印には微妙な手がかりで困ってしまう。
酷くまぬけな気がする位置情報だったが…………いや、今実際にジャガイモ畑を見つけてしまった。
奥に家が見える。
まさか、ここなのだろうか。
家に寄る前の偵察というほどでもないが、しゃがんで足元の作物を眺めてみる。
この区画の畑の端までを埋め尽くすように生えているそれらは、低い位置で生え揃った葉の真ん中に白い花を咲かせていた。
それが一列に並び、延々と続いている。
左右には同じような列が幾つも。
しゃがんで一番端の一株を葉だけ軽く持ち上げると、ゴツゴツした塊が地面から頭を出していた。
少し土を払うと、黄色っぽい色合いの塊が顔を覗かせる。
「じゃがいも」
「ああ、昨日の夕飯にもなっていた」
「かたそう」
「まだこれは未調理の物だか、らッ……!?」
喉からヒュッと変な声が出た。
後ろを見ると、麦わら帽子の影が自分に向かって降りている。
ぼくが渡した物だ。見間違えるはずもない。
昼過ぎの太陽が、1人ぶんの影を落としていた。
どうして。
いや、なぜここに。
「そ、ソラ、なぜ付いて来た?」
「かえろうとしたら、ススキが」
「ススキが?」
「かためだけ、ぱちぱちさせてた」
ススキか。
あいつ、なんてことしやがる。
「その、ソラはそれをどんな意味だと考えた?」
「……まかされた?」
「任され、たのか」
まさかあの状況下で、ソラを寄越すなんて。
途中まで連れて来ていたのは、ただ見送るついでに帰りの買い物に連れて行くからという理由ではなかったのか。
違う、ススキ。
おまえが来てはいけないからといって、ソラが来ていいという理屈にはならない。
むしろもっとダメだろう。
というかソラ、話しかけられるまで全くと言っていいほどに気配を感じなかった。後ろを付いて来ていたのか。足音さえ聞こえなかった。
もしソラに害意があれば、ぼくはなんの警戒もせずに後ろから刺されてしまっただろうとすら思える。
いや、混乱している。
今はそんなことを考えている場合ではない。
まだ間に合う。
「ソラ」
「…………?」
ソラが麦わら帽子の左右を両手で押さえ、首を傾げる。
そのなんの邪気もない様子に、すぐさま帰れと忠告するべきか、ついさっき金髪のアホウに説いた危険性についてもう一度言及するべきか、一瞬どう伝えようかと悩む。
しかし、それも遅かった。
「そちらの方! ウチの畑に何か用ですかな?」
ソラの後方から、老人が歩いて来ている。
遠くから呼びかけてきたその人は、クワなどの耕具を肩に担いでいた。
ぼくはただ、彼がコスギという名前でないことを祈るのみだった。
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