メジャーチェンジ
所有権は、生きている人間だけが主張できる。
♢♢♢
結局サガイの拠点ではひとしきり笑い倒され、やれジョークのつもりかだの無表情なおまえに全く似合ってないだのと、散々にこき下ろされてしまった。
大変不本意だが、暗い空気がそのお陰で解消されたのならば構わない。
いや、そう思わないとやっていられない。
そうしてぼくは、今回の報酬として支払われた幾ばくかの貨幣と麦わら帽子、それからタニヤに売らずに置いてもらっていた幾らかの物品を持ち、自宅へと戻ってきていた。
アパートを6階まで登り、一番奥の部屋へと歩いていく。
一瞬だけ、ススキが帽子を被ったぼくにどう反応するかが気になったが、すぐにその考えを打ち消した。
どうせ笑われるだけだ。
「戻った」
「おかえりなさい、おにーちゃん」
「おにーちゃんは要らない」
開けてくれたソラにそう返し、中に入る。
ソラが来てから、既に2週間が経っていた。
「おかえり、愛しのおにーちゃん!!」
ぼくの机の上には、また新しく本が積まれている。
あれからぼくやススキと一緒に過ごしたためか、元々の気質だったのかは判らないが、ソラはかなり積極的に身の回りのことへの関心を示し、水を吸うスポンジの勢いで知識を吸収している。
最近は言葉とともに、読み書きを覚えようともしている程だ。
しかも全く学習環境のなかった状態から十数日を経て、既にもう平仮名と片仮名まではマスターしているとのことだった。
これは奴隷扱いとはいえ人間のグループである『
「あのね、サトミ。さすがにまるっと無視するのは酷いと思うな。天使を無視したらあれだ、バチとかが当たる気がするよ」
「……戻った」
「おかえりおかえり!!」
汚れた外套やブーツ等はサガイの拠点に置いて着替えてきたため、今のぼくはそこまで汚れてはいない。
そのまま自室に腰を下ろし、テーブル越しに前で何やらニヨニヨしている金髪と向き合った。
「今日は買い出しは終わったのか」
「うん、今日はソラにお金の勘定も、品物の選択も任せてみたんだ。なんかもう、普通に買えてたよ」
「優秀だな」
「ゆうしゅう」
本心からススキにそう返すと、またテーブルの一辺で本を眺める姿勢に戻ったソラが呟く。
最近のこの子はその場所が定位置になりつつあった。
「問題が起きそうな気配は?」
「今のところは特にないかな。服装については……サングラスに帽子ってのが少し奇異の目で見られる、かも?」
「奇異、か」
「別にヘンな格好のヤツなんて掃いて捨てるほど『
今は外しているが、外出する時のソラはアルビノである都合上、ぼくの長袖を詰めて上着にした上で、スポーツ帽子にサングラスといった出で立ちをしている。
どれもサイズの合わない男物であるそれらの衣服は、ソラのことを悪目立ちさせてしまっているようだ。
そうなると、これとその姿のどっちがマシな格好だろうか。
いや、持ってきた以上はぼくがずっと所持しているのもダメだろう。
元より、ソラの今の外出姿がどことなく違和感があると思ったからこそ持ってきたのだから。
「丁度いいタイミングかは判らないが」
前置きしてソラに、持ってきた麦わら帽子を手渡す。
「サトミさんや、それはどうしたんだい?」
「麦わら帽子だ。外で手に入れた。密封されていたようで保存状態も良く、目立つ汚れは拭き取っておいた」
「なるほど、ソラに?」
「そうだ」
本から目を離したソラが、持った麦わら帽をまじまじと見つめている。
「むぎわらぼうし。……ぼうし?」
「ああ、今まで被っていたスポーツ帽は髪の多いソラには窮屈だろう」
「わかった。かぶる」
この子なりのチェックなのか、テーブルの上に置いたり留めゴムを引っ張ったり、頭を入れるへこみの部分に手を入れて確かめているソラ。
その横でそれを見ていたススキが、何を思ったのかぐるんとこちらを顔を向けた。
非常にいやな予感がする。
失敗したか、と今さらながらに気付いた。
「なあサトミ! 私には!? 天使な私には何かお土産的な物はないのかな?」
「ない」
「ははは、冗談はよしてくれよ。ソラにはあって、長年の付き合いになる同居人にお土産の一つもないわけがないだろう?」
「……ごめん」
「うわあぁぁぁん! うわあぁぁぁぁん!!」
「サトミ、てんしさまないてる」
「なんで小さな子と張り合って本気で泣くんだ」
案の定騒ぎ始め、金髪を振り乱して机に突っ伏すススキの姿はなんとも見苦しいものだった。
しかし、心が多少痛むのも確かだ。
「本がある。ススキは本でいいか」
仕方なく、ススキ経由で『
この前のデパートでソラと一緒に手に入れた本だ。丁度持って帰ってきていたのが幸いした。
ちら、と顔を上げて本を一瞥したススキは、それでも不満そうな様子だ。
「私がただの書物で満足するような安い女、いや安い天使だと思っているだろう?」
「本が好きだと言っていたのはススキだろう」
「それはそうさ。でも、そこには心が篭っていないというか、ぶっちゃけソラと私で対応が全然違うのがいやだ。私の方がおざなりな気がする」
「何か欲しい物があるのか」
なんだかもう面倒くさくなってきた。
用意できるものなら用意して、とっとと話を終わらせてしまおう。
「本じゃなんというか実用的に過ぎて、ロマンスが足りない。サトミと私のロマンスが」
「そうか」
「ダイヤの指輪とかが欲しい」
「ごめん。ムリだ」
「うわあぁぁぁん!」
そんな物どこに行って探しても無いし、『磁気嵐』後の混乱期は店などから真っ先に奪われていたものだ。血まなこになって奪い合うほどの価値は全くなかったというのに。
そういった宝飾品は『集合体』内でも僅かな数は流通していて、今でも買う人間は高値をつけて買おうとする。だがそれはもう金持ちの酔狂としか言い表せないし、まだ考える頭の残っている金持ちならもっと役立つものを買うだろう。
「いや、もしダイヤモンドを手に入れてどうするんだ? そもそもダイヤモンド以外ではダメなのか?」
「……貴重な導電体として使うか、旋盤の刃にする」
「充分実用的じゃないか。本で我慢しろ」
「ぶー、けちー!」
結局いつも通りの押し問答になってしまった。
ソラは我関せずの様子で、麦わら帽を被る位置を調整している。
「ぼうし、おおきい」
「その方が日光から身を隠せる」
「わかった」
白い髪を詰め込んでスポーツ帽子を目深にかぶっているよりは、まだ違和感のない姿になったと思う。
「お、ソラ、似合うじゃないか。田舎の村に海外旅行でやって来た外国人家族の幼い娘みたいだ」
「そのやけに具体的な例えはなんだ」
「似合ってるってことだよ」
「まあ、確かに」
「そうだそうだ、そういえば、私もソラに渡すものがあるんだった」
言うだけ言ってススキは自分の部屋に引っ込んだ。
ソラが麦わら帽をかぶったり外したりしているのを見ていると、しばらくしてススキが戻ってきた。
手に黒い紐のようなものをぶら下げている。
紐は、よく見ると真ん中の辺りに小さな四角形が付いている。
それをソラに手渡して、にこりと微笑んだ。
一体何を持ってきたのだろうか。
「はい、ソラ。君の下着だよ」
ぼくはススキの額を握り締めた。
「いだぁーーーー!! じょ、冗談だよ!!」
解放すると、涙目になったススキがぼくの寝床に倒れ込んだ。
偶然なのかわざとなのかは判らないが、倒れた拍子にぼくの枕に顔を押し付けている。
「なんてしょうもない嘘をつくんだ」
「普段は無愛想な石像みたいなサトミが……微妙に動揺したり、私に激しく迫ってくれるのが嬉しくて……」
「確信犯か」
「私は天使だから、これ以上に確信的な存在はないね」
こいつ、まるで反省の様子がない。
ぼくは諦めて、ソラの手に渡ってしまった物について訊くことにした。
「一体何を持ってきたんだ」
「ああ、ちょっとソラこっちおいで。うへへへ大丈夫大丈夫、絶対痛くしないから。……あ、いや、ごめん、私が痛い目にあうから本当に何もしないから」
両手で帽子を押さえ、ソラが手招きするススキに歩き寄っていく。
そしてぼくは後ろを向いておくように言われ、不安ながらも指示に従った。
「はいオッケー。ソラ、サトミにも見せてあげて」
「わかった」
見ると、ソラの左目が黒いカバーで覆われていた。黒い方の右目のみがあらわになっている。
ソラが付けていたのは、眼帯だった。
「ということで、私からは眼帯をプレゼントしよう。どうかな?」
「もぞもぞする」
「そこは慣れだね。見え方はどうだい?」
「みえかた?」
「よし、こっちから外を見てみよう。一気にではなく、ゆっくりね」
窓から外を見たソラが、静かに呟いた。
「あかるい」
「目が痛くならないかな?」
「ならない。きれい」
「そうかそうか、それは良かった」
「きれい」
ススキはしばらく前、ぼくが外出していた時にソラのアルビノについて簡単な検査をしていたらしい。
その結果、ソラの黒い右目だけであれば日光の中でも正常に見えるということが確かめられた。
それからススキはサングラスよりも何か良い物はないかと思案し、ソラのために眼帯を作ることを思いついたとのことだった。
「サングラスよりは左目の保護がしっかりできるし、紐の中身に細いワイヤーを縫いこんでいるから、アイパッチ部分は簡単には外れない」
「なるほど、市販品だった物ではないのか」
「
「なんだその例えは」
またやけに具体的な例えが出てきた。
それと幼女とか言うんじゃない。
しかし、とソラの様子を見る。
「スポーツ帽とサングラスから、かなり印象が変わったな」
「…………?」
「そんな回りくどい言い方せずに、ほら言ってあげてサトミおにーちゃん! か、わ……? か、わ、い……?」
チェシャ猫のような表情でニヤついているススキを手のひらで押しのける。
ソラと出会った最初の夜、この子は自分の姿を気持ち悪いものとして認識していた。
彼女を奴隷として使っていた『略奪者』達が揃ってそう揶揄していたためだ。
だが、今のソラは。
「似合っている。ススキの言う通りだ」
「いうとおり」
「かわいい、のだろうと思う」
「わかった」
判られてしまった。
「サトミ、私もたまには良い仕事をするだろう? グッドジョブ?」
「ああ、今回ばかりは否定できない」
「本当かい? ならご褒美とかくれると嬉しいな!」
「本がある」
「やだーー!! しかもそれ、さっきくれるって言ったやつだろ!? 誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを一緒にまとめる親御さんか!!」
褒めるとすぐこれだ。
この自称天使の面倒くさい理由の一端だろう。
「そういう理屈なら、ぼくも麦わら帽のご褒美を貰えるということになるが」
「え、欲しいのかい!? ま、まま、まじでっ!? よーしそれなら覚悟しておけ、今夜にでも」
「要らない」
「……飾らずに物事を素直に言えるのは美徳ではあるけど、あんまりストレートな言葉は切れ味が鋭すぎると思うんだ私は」
どうせ話を続けさせても、ロクなことを言わなかっただろう。
「ススキ。作ってもらった眼帯で思い出すのもアレだが、最近『図書館』の仕事は暇なのか?」
「いやあ、外のことはほとんど旦那様に任せっきりで、この部屋で家事ばかりしていたねえ」
「誰が旦那様だ」
「あとはソラに勉強を教えるか、たまに本部に顔出すくらいで…………あっ」
ふとススキの言葉が止まり、ぼくもソラもそちらを見た。
またもやススキは、そういえば、と言って自室に引っ込んでいく。
戻ってきた時には、手に白い封筒が握られていた。
「それは?」
「そういや、昨日『図書館』で上から回ってきた仕事があったんだった」
彼女が持ってきたのは、『図書館』経由で回されてきた『軍』の指令書だった。
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