任意事情聴取 2



「……なるほど、それでセンパイは外に」


 結局ぼくの膝の上に座ったままのそいつは、こちらに悩む横顔を見せて考えこんでいた。


「昨日の早朝に召集された際にも、他の人間の情報はぼくには名前程度しか開示されなかった。向こうはこちらについて知っていたようだが」


 今話し終わったのは、ソラを保護したあの任務の内容だ。

 周辺敵性勢力の排除と銘打たれた任務であったからには、それは防衛部の管轄だろう。

 所属するサクラであれば、何かしらの情報を持っているのではないかと思っての報告だった。


「うむむ……。防衛部もタテ割りというか、それぞれ指揮系統が分かれてるというか、まあ一枚岩じゃないんですよねえ……」

「三佐のサクラでも把握できないか」

「う、階級呼ばれるとなんだかこそばゆいっすよ! 私の昇進は、ただ外に行く任務が多かったってだけの理由ですから!」


 こういったぼくとサクラの間で行う話し合いは、おおよそ週に一回程のペースで行われている。

 お互い所属は今でこそ別れてしまったが、いや、別れているからこそ、『集合体コミュニティ』内外で生きやすくするための情報交換をすべきだ、というのがこの話し合いが始まったきっかけだった。


「ちなみに、私もついさっき外から帰ってきたばっかりで」

「そうなのか」

「いつもどおり西の方の掃討任務でした。数人いた『略奪者レイダー』を追っ払っただけで終わっちゃいましたけどねー」


 ぱしぱしと、縦に背負った小銃を叩いてみせる。


「構えただけで逃げ出すなんて、どうにもヤル気のないやつらでしたね」

「仕方ないだろう。この辺りではせいぜいが包丁かナタか、飛び道具ならスリングショットかボウガンがせいぜいだ。銃器なんて普通は用意できない」

「実は警備部が持ってる銃、弾入ってないっすけどね」

「そうなのか」

「8年前から残ってる弾薬なんてたかが知れてますし、造れないのに使うから減る一方になっちゃうんすよ。なので、警備部の方は銃とかただのこけおどしっす。最近入った人だと撃ったことがない人も多いんじゃないですかね?」


 銃器の部品で特に生産が難しいのは弾薬だ。

 しかも今の時代は『磁気嵐』により金属加工技術が著しく後退してしまったため、さらに生産が困難になっている。

 電気の使えない産業革命前後の技術力で現在の小銃に装填できる均一な品質の弾薬を作れと言われても、確かに無理な話だろう。


 そのため、『フォース』は発砲に関して非常に神経質になり、極力弾薬の消費を減らす方向で意見がまとまっているようだ。

 少なくとも、内部で活動する警備部は弾薬を持たせられず、『集合体』の外に出る防衛部でも使用した弾数をチェックされる程には厳しくなっているらしい。


 『軍』が強権を発揮できる理由の1つには、現在でも使用可能な銃器を保有しているというのが間違いなくあったはずだ。

 それがこけおどしと言われ、内心驚いた。


「それはぼくに話して良かったのか?」

「センパイを信じてるっす!」

「判った。特に必要がなければ広言しない」

「んふ、センパイはそう言うとたとえ拷問受けても絶対話さなそうに見えるんすよねー。忠犬気質とか、そんな感じです」

「忠犬気質?」

「あ! 『廃品回収』の中では『野良犬』でしたよね? 我ながら上手い例えをした気がしますっ!」


 首抱きにされ頬ずりされ、そして頭を撫でられる。

 よしよし、と言っているのはサクラなりの冗談か何かなのだろうか。


「ま、私がついてる限り拷問なんて誰にもさせないっすけどね! センパイは私が守るっすよ! わんわん!」


 しまいには、耳の下辺りに舌を這わせてくる。


「む、センパイの血の味がしたっす」

「いや、なんで舐めた」

「……なんというか、勢いで?」


 だから疑問形でこちらに聞かれても困る。

 むしろこいつの方が犬っぽい印象を受けるのは気のせいだろうか。


 それとなく腕を振りほどこうとしてみるが、拘束を脱することはできなかった。

 サクラはこれで結構な膂力だったのを思い出す。

 先程はぼくとイスをまとめて片手で持ち上げていた程だ。もはや怪力と称して良いかもしれない。


「まあ、センパイの任務に関しては私の方で誰が指示したのかとかは調べてみます。センパイの言うその部隊の隊長があのタイラ曹長なら、なんとなく保守派の誰かな気が……?」

「保守派、とは?」

「あー、最近呼ばれるようになったんすけど、防衛部の中であまり外の制圧任務に積極的でない所を保守派、そうじゃない人達を行動派ってそれぞれの派閥ができてて」


 保守派の一部は『略奪者』の多い拠点の制圧はほぼ行動派に任せ、ごく小規模な掃討戦や外の物資の確保のみを優先して行うらしい。


 そうした区分けが生じてしまうのは、交戦が頻繁に起こる防衛部ならではだろう。

 自分に被害が出ないよう、戦闘を避けるようになっている人員がいるのか。


「それはもう警備部と変わらないんじゃないか」

「もー、それなら防衛部も『軍』も辞めちまえって話っすよね! そのぶんの任務とかとばっちりがこっちに来るんすから!!」

「なんでそいつらは辞めないんだ?」

「そりゃ、良い暮らしができるからじゃないっすかね?」


 『軍』はなにより、待遇が良い。

 いや、その待遇を決めているのが何を隠そう『軍』自身なのだが。


 『磁気嵐』の後、硬貨や紙幣の従来の通貨は、この国の国家や政体が機能していない時点で地に落ちた。

 そんな紙くずや金属くずなどよりも、野菜などの食料や、拾える物資の方が実質的な価値があったためだ。


 そんな中、『軍』の前身組織とも言える集団は、貨幣価値の復旧に心血を注いできた。

 硬直した市場を回復させ、原始的な物々交換に退行しかけた取引を通貨取引に戻すためには様々な犠牲があったようだが、彼らはどうにか目的を達成していた。

 かかった2年程の年月を長いと思うか短いと思うかは人それぞれだが。


 そして現在は『軍』が貨幣の価値を保証する立場になっている。


 『集合体』内で元からある硬貨や紙幣、そして外から入るそれらを用いて、あらゆる物品を硬貨の価値と結びつけているのだ。

 価値の決定は、『軍』の治安維持局が行なっており、物資の供給量などを考慮して定めているようだ。


「命張って『集合体』を守るってのが『軍』の役割で、それならまあちょっと良い目見ようとするのは判るんですけどねえ」

「良い目、か」

「何もせずにゼータクするとか、バカなんじゃないかと思います! 話しましたっけ? この前あった合コンのこと」

「合コン?」


 こんな世の中になってから、久しく聞くことのない言葉だった。


「警備部の事務職とか治安維持局とかはまあ女子がいるんですけど、そいつらが中心になって企画してるんですよ、合コン。お酒とかいろんな食べ物とか揃えて」

「そうなのか」

「私もこの前参加させられました。サクラ三佐も見合い断ってばかりだし、外で血生臭いことばっかやってないでこの際誰かと付き合っちゃえば良いんじゃないですかー、なんて言われて」


 徐々に顔が険しくなってきた。

 その時のことを思い出しているのだろうか。


 しかし止めようにも、なんと言って諌めれば良いのか判らない。


「その血生臭いことが私らの仕事だろって話ですよ、もー!! 何が合コンだ、貴重な物資をそんな遊びでどばどば消費するって、あいつら頭おかしいっすよ!!」

「そ、そうか」

「知ってます!? ウチに所属してる女の職員って、バリバリの防衛部以外はわりと見た目とかコネで入ってて、そのクセ訳知り顔してサクラさん顔険しいからオトコが遠慮しちゃうんですー、なんて言ってくるんすよ!? 顔が険しいのは周りがアホだらけだからだってえの、このあほぉーー!!」

「判った、およそのことは判った」


 ようやく止めることができた。


 いや、情報としてはそういった話も役立つかも知れないが、あまり重要な話でもないだろう。

 決してサクラの剣幕に恐怖したため止めたわけではない。

 鬱憤を晴らすようにごりごりと押し付けられる頭に危機感を覚えたわけでもない。


「大体の事情は判った。確かに『軍』の一部は不必要に贅沢をしているのだと思う」

「不必要かつ不相応に贅沢を、ですっ!!」

「ふ、不必要かつ不相応に贅沢をしているのだと思う」


 その点、この怒れるサクラはあまり贅沢というイメージを感じさせない。

 元より『軍』の中で、というより体面的に厳しい態度を装っているサクラだが、実際のところどうなのだろうか。


「サクラも『軍』から生活に困らない程度以上の給料は貰っているだろう。他の人間がどうかは判らないが、そういう贅沢をしたいとは思わないのか」

「お金は『図書館』の研究に投資したり、戦闘用の装備とか仕掛け罠トラップを用意するのに使ってます!」

「優秀だな」


 『軍』のお手本のようなやつだった。


 保守派うんぬんを省いて、防衛部が皆サクラみたいなやつだったら『集合体』はもっと上手く機能するのではないだろうか。

 むしろ、それこそ初期の『軍』はそういった構想で作られたはずだったのだが。


「それに合コンとか余計なお世話っす! ねー、センパイ?」

「そうか。それで話を戻すが、ぼくが任務に同行したチームの隊長であるそのタイラ曹長というのが、防衛部の保守派の人間だったのか」


 至近距離で見えている顔がなぜか一瞬膨れたように感じたが、サクラは一拍おいてからやがて答えた。


「はい、きっと事前の情報だとラクな任務だったみたいですし、簡単に手柄立てられると思って行ったんじゃないですかね?」

「なるほど。1人同行した『図書館ライブラリ』職員は?」

「『軍』お抱えの『図書館』職員で、近くの区域の調査をするために連れてった……とか、ですかね? そもそも、戦闘が予想される場所は一度制圧してから非戦闘員を連れてくるのがフツーなんですけど、それをめんどくさがって省く人もいるらしいっす」

「災難だったな」


 サクラの予想はそれなりに筋が通っている。

 恐らく、大きく外れてはいないだろう。


「いや、災難っていうならセンパイの方じゃ? あっという間に孤立して、むしろなんで生きてるのって感じっすよ? さっき聞かされて冷や汗が止まらなかったんですけど」

「軍への報告はどうする。やはり良くないか?」

「私が心配するってのはまあお互い仕事っすから置いとくとして、これを『軍』に直接報告するのは良くないっすね。特に、部隊が貴重なトラックと一緒にあっさり全滅したって部分の心証がとっても悪いです」


 彼女にはソラを拾ったこと以外はほとんど全てを話したのだが、それを抜きにしても色々とまずいらしい。


「で、その後センパイが20人近くをヤっちゃったって話はもう信じてもらえるかも判らないっすよ。……それ、ホントなんです?」

「18人だ。2人は奴隷待遇を受けていたため、精神的苦痛から自死を選んだ」

「ホントみたいですね、それ……」

「場所は全て覚えているので報告する。『軍』で後で確認して欲しい」


 サクラはこめかみに指を当てて唸ったのち、目を見開いた。


「よしっ! 情報改竄しましょうっ!」

「改竄?」


 いきなり不穏な言葉がでてきた。


「『軍』はデパートに行って内部を制圧したが、帰り道で残党に襲われ、逃げた『廃品回収スカベンジャー』と数人の隊員はビル内で敵を逆に排除したが、戻ってから運悪くトラックに引火、あえなく隊員は車から脱出し遅れ……みたいな話を今作ってみました!」

「判った。それで構わない」

「報酬は……あー、うぅん、この場合普通は6人分がセンパイに行くはずなんですけど、所属してないセンパイに『軍』が素直に出すかどうかは……」

「判った」


 むしろ、サクラ以外の『軍』の人間はぼくの話を信じてくれるかどうかすら怪しい。

 しかも、『廃品回収』が『軍』に強制される任務の報酬は、難癖つけられて支払われないことすらザラだ。

 強制的に召集がかけられた時から、報酬には全く期待していなかった。


 今は『軍』にソラの存在が露見し、鹵獲品として接収される、といった最悪の事態にならなければ充分だ。


「い、良いんですか? なんなら私が個人的に出したって……」

「必要ない」


 しばらくサクラは任務の成果に関して納得せず、しまいにはなぜか報酬がどうのと服を脱ぎ始めようとしたが、最終的には全て押しとどめて断っておいた。


 そろそろ時間だと言ってサクラが膝から降りる。


「じゃあ、後ろの縄もほどきますね。今日はお疲れさまでしたっ!」

「うん。報告の件は助かった」

「いえいえ、まだこれから現場の検分に行くんで、終わってからまた連絡しまっす!」


 サクラ自身が現場確認に立候補し、話をごまかすのを手伝ってくれるらしい。

 もう一度礼を言っておく。


「しかしサクラ、『軍』が『廃品回収』と頻繁に会っているというのが露見するのは危険だと思う。そろそろ、もう少し情報交換の頻度を下げた方が」

「や、これでも少ないくらいっすよ!!」

「そうか?」

「知ってましたか? 情報は速さが命なんで、鮮度が落ちるのはマズいんですっ! むしろ週一じゃ全然間に合わないっすよ!! 今後は週二に増やしましょう!」


 なんだかサクラにしては説明的というか、前もって用意し考えていたかのような話しぶりだった。


 ただ、確かにその言葉には一理あるように思えた。


「じゃ、この紙、次の集合場所が書いてありますからね」

「判った」

「何か困ったことがあったらなんでも言ってくださいっ! 今は話せないことがあったとしても、いつか話してくれるだけでも嬉しいですよっ!」


 そう言われて、ソラの顔が思い浮かんだ。

 確かに、あれは今はまだ話せないことに該当するだろう。


「判った」


 そうしてぼくは『軍』幹部としての振る舞いに戻ったサクラに本部のビルから連れ出され、適当な所で別れた。


 いつか折を見て、サクラにもあの子のことを話すべきだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る