スタンフォード監獄実験 3



 『フォース』の本拠地は『集合体コミュニティ』の中心にあるいくつかのビルと1つの駅を利用して建てられている。


 その中の1つのビルにある留置所に、ぼくは閉じ込められていた。

 詳しく言うならここは留置所ではなく、特別留置所と呼ばれているようだ。

 何人かの囚人をそれぞれ小部屋に隔離する普通の留置所ではなく、ここは1つの大きな部屋である。


 特別、と名乗るだけの理由を予想するなら、この部屋は壁一面に防音処理がしてあることだろうか。

 薄く切った洗浄用のスポンジや、黄ばんだ綿を壁に貼り付けただけの加工を防音処理と言うなら、だが。

 まあ、何のための防音かはある程度察しがつく。


 その部屋でぼくは、イスに拘束されていた。


「お前、どうして銃器を所持していた!?」

「任務によって回収したものです」

「だから、その任務を説明しろと、言ってんだろうが!!」


 バシン、と頭に音が響く。

 頰が熱い、横合いから平手を受けたようだ。


「本当に話になんねえ、なんだコイツ?」

「規則なので、任務の詳細の説明には防衛部の三尉以上の階級を呼んでいただけませんか」

「てめぇ、そう言ってこの状況から逃げようってんだろ!」


 今度はイスごと脚を蹴り飛ばされたため、床に倒れてしまった。


 残念ながら、こう言っている『軍』は、そのくせ規則に厳しい。

 いや、違う。

 正確に言えば、『軍』以外の者に対しての規則違反に非常に厳しい。


 ここで彼らにバカ正直に話したところで、後でまた内容を規則違反と変え、事情聴取という名の懲罰を食らうことは間違いなかった。


「……そこに窓があります、窓越しであれば会話する上での幹部階級の安全は保たれるのでは?」


 今はブラインドで閉じられているが、この部屋には外と通じる窓がある。

 提案をしてみるものの、3人いるこの部屋の隊員は全く聞く耳を持つことはなかった。


「おまえみてえな狂人、会わせられるワケねーだろ!」

「というかコイツ、こんな汚ねぇ格好でそんな言い分が通ると思ってたのか?」

「任務による汚れです」

「だっはははは! ……だから、その任務について説明しろよっ!!」


 1人が振った足が、狙いをつけてぼくの目と鼻の間に当たる。

 固いブーツの先が目の横辺りをえぐり、そこからドロリと液体が流れて頰を伝う感触がした。


「おい、さすがにマズいんじゃ」

「オレ達はただ、外周で捕らえた不審者の尋問をしてただけだ、なぁ? コイツは略奪者(レイダー)とほとんど変わんねーよ」


 その言葉を聞いた他の隊員もやがて笑い、それぞれが警棒や軍用ナイフを抜いた。

 それは尋問というか、もはや拷問だろうと思う。

 いや、『略奪者レイダー』ならもう少し暴れるだろうし、銃を持ってゲートに素直に並ぶことなんてしないだろう。

 服装については確かに汚いが、これは任務帰りを装うため、ゲートに並ぶ前にわざと汚しているだけだ。


 この場をどう切り抜けようか、と考える。

 手はイスの後ろで縛られている。離れた位置に転がっている袋の中の拳銃ハンドガンはさすがに論外だ。


 大声で叫ぶことも考えたが、ここはそもそも味方のほとんどいない場所であり、防音室という環境が邪魔をする。

 また、叫んで反抗の意思ありと見なされれば、拳銃で撃たれるのはぼくの方だ。


 しばらく『軍』の彼らの日頃のらしに付き合うしかないのかもしれない。

 彼らの気がすむまで耐えるしかないかと覚悟した時、特別留置所のドアがノックされた。


 部屋の中にいた隊員は一瞬にして不安な表情となり、お互い顔を見合わせる。


「とりあえずソイツの顔隠せ」

「クッソ、誰だよ」


 取り出しかけた武装は既にしまわれている。

 1人がしゃがみ込んでぼくの顔をドアから見えないようにイスごと床へ乱暴に転がすと、残った2人が応対に出向いた。


「失礼する」

「は…………はっ!」

「防衛部のサクラ、階級は三佐だ。ここに北ゲートでの検査の際に捕らえられた者がいると聞いた」

「はっ、そこに転がっているソイツです! 我々が事情聴取を行なっておりましたが、口を割らず」

「内容によると、防衛任務だと言っていたようだが? そうなると、警備部ではなくこちら防衛部の管轄だろう。なぜ先に聴取を始めた」

「もっ、申し訳ありませんっ!」


 そんなやり取りが、こちらからは見えない位置で行われていた。


 外から聞こえたのは女の声だった。

 人を寄せつけないような鋭く冷たい口調で部屋の3人を黙らせると、ブーツの音を響かせてこちらに近寄ってくる。


「サクラ三佐! あまりソイツに近寄っては!」

「構わない。……なるほど、誤認逮捕の可能性はあるが、確かに不審ではある」


 ぼくの視界に入ったその女性隊員は、年齢はぼくと同じか少し下といったところか。

 茶色の髪はシャギーの入ったセミショートで、他の隊員のような簡易ボディアーマーではなく、タイトなレディーススーツを着込んでいる。

 しかし武装はれっきとした『軍』の正式なもので、腰にはナイフ、背には小銃が括られていた。


 彼女はぼくを見て一瞬顔を歪め、倒れているイスの横に足をのせる。


「……ケガをしているようだが?」

「もっ、申し訳ありません! いきなりソイツが噛み付こうとしたため、手が当たってしまいました!」

「まあいい。ご苦労だったと言っておく。次回以降は先走った真似は控えるように」

「は、ハッ!!」


 ここでの行為を責められなかったためだろう、最初から居た3人は安堵の様子を隠しきれていない。


 女性隊員は片手でぼくをイスごと持ち上げると、元の座っていた姿勢にゆっくりと戻した。

 自分の流血が広がった地面についていた側の頬が冷たく、微妙に目にも入ったのか酷く染みる。


 続けて彼女は、3人に入り口のドアを指し示した。


「丁度いい、この留置所を借りて防衛部が聴取を引き継がせてもらう。いいな?」

「はい、もちろんです!」

「君達は退出しろ。私は人員を集め、記録機材を取って戻る。拘束があるため監視は不要だ」


 有無を言わせない態度で3人を追い出し、最後に自分も出ていく。


「待っていろ、すぐに戻る」


 そう言い残した彼女は、果たしてすぐに特別留置所に戻ってきた。

 ぼくが変わらず座っていることを確認してから、内側から鍵を閉める。


 しかし、彼女は言っていた人員や機材などは一切用意していなかった。


 代わりに、手には小さな木箱を1つだけ持っており。


「もー、ホントすみませんっ! センパイ!」


 そして、ぼくに向かって勢いよく土下座をした。

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