スタンフォード監獄実験 2
北に向けて大きく開かれたこの『
その理由の一つには、ここに関しては周辺の安全が『
局地的な気象災害が周辺地域と比較して軽微で、東は海に面する湾である『集合体』にとって、最も警戒すべきは北、西、南の3方向から流れて来る外部からの武装集団、つまり『
そして、『軍』は住民の不安を取り除くため、3方向に警備部隊を配置した。さらに年月をかけて防衛部隊が周辺勢力の排除と掃討を行ってきている。
それに関しては色々と問題はあったし、今も様々な摩擦だらけではあるのだが。
しかし、そうしたお陰で人々は『集合体』から多少でも外に出ることができ、それは西・南・北に建てられたゲート間での物資の運搬や、外部への廃棄物の処理などの用途で使われている。
そのゲートの検問所の前にできた複数の列の一つに、ぼくも並んでいた。
自然に列をなして並ぶことができるのがこの国の人の利点、とはまだメディアが生きていた時代に聞いた覚えがあるが、その性質は今も残っているようだ。
「おい、コレ見てみろよ。オレこっそり外で地図拾って来たんだ。こういうのジョーホウ資源つって価値が高いんだ、すっげえ運が良いだろ? 『軍』が高値で買い取ってくれるんだぜ」
そう言って1つの冊子を見せてきたのは、ぼくの前に並んでいた若い男だった。
手のひらにはいくつも硬化したマメやタコができているため、恐らく『
列待ちの間の世間話というか、本人にとってなかば自慢話であろう話題を聞かされる。
「懐かしいなー、この国ってこんなヘンな形の島国だったんだよなー」
もう世界地図なんて見ることもなくなった今では、確かにそれは久しぶりに見るものだし、見ていて面白いかもしれない。
その紙面が薄れてボロボロになった世界地図は、暇つぶしに眺められるという意味では価値があると言えるだろう。
しかし、それだけだ。
迷ったがぼくは、その男に言うことにした。
「ありがとう、面白いものを見せてもらった。ただ、それには情報資源としての価値はないと思う」
「は? どういうことだ?」
彼に説明する。
『軍』が必要としているのはこの『集合体』の周辺における詳細な地形図であり、世界地図といったほどの広範な範囲の地図は求めていないということ。
また、紙面の保存状態が著しく悪く、『軍』や『
話し下手なぼくなりに上手く説明できたと思ったが、しかし彼は納得していないようだった。
そしてそれに対する憤りは、当たり前だがこちらに向けられた。
「んだよ! おまえ、ワケわかんねえこと言いやがって! まさか、適当言ってこれをパクろうって気じゃねえだろうな!?」
「いや、別に必要ない。ただ、買い取りの話をどこから聞いたのかは知らないが、『集合体』の外の物品を『軍』以外が回収するのは基本的には違反行為だったはずだ」
それが最後の理由だった。
もし価値があるにしても、彼はこの『集合体』の中で作られたルールに違反している。
恐らく彼の言った、適当な理屈を付けてそれを奪い取る、という処理をぼくではなく『軍』がして終わるだけだ。
外の資源は高く買い取ってくれるなんて噂がどこから出るのかは知らないが、彼はそれを鵜呑みにして、愚直にも直接『軍』に売ろうとしているのだろう。
せめて、持ち寄るなら『図書館』の方がまだ気まぐれではあるが良心的だ。
そう言おうとしたが、時間切れのようだった。
「次! 並んでるやつ、来い!」
「はっ、はい!」
ゲートに控えた何人もの警備部隊の、その中の2人程がぼくと彼の方を見ていた。
順番待ちの列はもう目の前にはなく、いつの間にかぼくらが先頭の位置に来ていたようだ。
彼がぼくを一瞥してからゲートに歩いていき、警備部隊の人員と話を始める。
そして、話し合いはすぐにこじれた。
「おかしいですよ! 話と違いませんか!?」
「話とはなんだ?」
「だって、買い取ってくれるって!」
「そのような事実はない。これは没収し、お前には話を聞かせてもらう」
「はぁ!? ま、待ってくださいよ!! お前、クソっ、もっと早く言えよぉっ!!」
警備部隊の1人に連れられていく彼のこちらに向けた最後の叫びに、複数人の警備部隊がこちらに顔を向けた。
厄介なことになった。
「そこの君も来い。どうせ順番だったんだ、持ち物を改めさせてもらう」
「判りました」
『軍』の警備員がこちらを見て、そんな言葉を告げる。
完全に疑われてしまっていた。
地図の彼の騒ぎに後ろに並んでいる人達からも視線が集まる中、廃品を寄せ集めて作られたゲートに歩み寄る。
「まず、どのような理由で外出していた? 次に、その背負った袋に入っているものを見せろ。最後に身体検査を行う」
ゲートの下で、他の人々と同じような形式ばった説明を受ける。
ただし他の人と違う点としては、ぼくの両側には既に武装した警備部隊が控えていることだろうか。
心象が出だしから悪く、迂闊に
もっとも、特に逆らう理由はないが。
「外での仕事をしていました」
「仕事だと?」
「昨日の朝、北方面に出立した防衛任務です。これ以上は『軍』の防衛部、かつ三尉以上のみにしか報告することはできません」
そういう決まりになっている。
本当はこれを言う役割は正規の『軍』の部隊長、あるいは部隊員のはずだったが、彼らはもういない。
しかし返ってきたのは、怪訝というか、疑いの表情だった。
「なっ……? どうして……?」
「三尉以上の人員を呼んできて頂けませんか」
「ま、待て、待て! ちょっと待て!」
厳しい話し口調が崩れていた。
外周の警備にあたる人間は大多数が曹長以下の階級となっている。
通常の警備にそれ以上の階級、幹部階級が割り当てられることは少ないからだ。
確かに、身なりの怪しい、『軍』の関係者にはおよそ見えない人間に、突然いきなり上の人間を呼べと言われても困るかもしれない。
正面でぼくの応対をしていた彼は、周りの隊員に二、三言を話してから、ゲートの傍に建てられた警備部隊の詰め所に走っていった。
程なくして、人数を1人増やして戻ってくる。
「コイツか?」
「はい」
「お前、所属と階級を言ってみろ」
特殊警棒を持ったそいつは、このゲートでも上の階級なのだろうと推測する。
「所属と階級はありません」
「はあぁ!?」
「『軍』には所属していません」
「なんだコイツ、狂ってんのか?」
とりあえず規則に従って、警棒のやつの階級を尋ねようとした時、横で悲鳴が上がった。
ぼくの持ってきた袋が開けられ、中身が出されている。
「う、うわっ、コイツ、銃器を持っています!」
「なんだと!?」
そこからは話は一直線だった。
説得の甲斐なく、ぼくは全く話を聞かれないまま『軍』に捕縛された。
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