廃品と天使 2
気になることはそれこそ山のようにあったが、いまさらこの変人に訊いたところでそれが解消できるかは疑問だ。
むしろ、開き直り始めた様子のススキとこの調子で問答を続ければ、さらに泥沼に踏み込んでいく未来しか見えなかった。
諦めて、ここに来た目的を話すことにする。
「そうか、判った……ことにする。とにかくススキ、この子だ」
「おや? 誰だい?」
「ソラだ」
ぼくの背後から部屋の方を覗いていたソラを、半裸の変人からも見えるように一歩引く。
今後を考えると、悪影響が出ないか不安だ。
「色々事情があって、ぼくが預かることにした」
軽くススキにも経緯を説明する。
その間、ソラはあまり表情を変えないままに部屋やススキを眺めていた。
必要な部分の説明を終えると、今さらながらに白衣の前を閉じたススキは頷いた。
「つくづく思うんだが、君はよくよく変わった拾い物をしてくる子だなあ」
「なぜ唐突に子ども扱いを?」
「しかもこの子、女じゃないか。メスだぞ、メス」
「おい、なんて言い方だ。この子はまだ7歳だぞ」
横のソラが口を開いた。
「ソラ、です」
この子なりにタイミングを計っていたのだろう。
しかし残念ながら、ススキと話している時はぼくですら会話の主導権を握ることが難しい。
「む? ああ、よろしくソラ。先程からサトミに呼ばれているが、私はススキ。天使だ。『
「………………」
ソラと目が合った。
気持ちはよく判る。
しかし、無表情のままこちらを振り向かれてもぼくが困る。
やはりというかなんというか、こいつとの会話を仲介する必要があるようだった。
仕方なく口を開く。
「こいつはススキ。スズキ・ススキって名前だからススキと呼んでいる。それと、初対面の相手に自分のことを天使とか真顔で言うぶっちぎりで頭のおかしいヤツだ」
これ以上の説明は今は必要ないだろう。
「おいおい、妻かつワイフかつ天使の私にそんな言い様はないだろう。名前がおかしいとかそんな、亡くなった私の父母が付けてくれた大事な名前なんだぞ。今はリアル仏になってしまった父母が」
「おかしいと言ったのは名前じゃない」
天使を自称するならリアル仏という言い方はどうなのか。
あらゆる意味で罰当たりなヤツだった。
その自称天使は自分の白衣からメガネを取り出し、服については一切構わずメガネだけを着けた。
おかしいと言うなら、今のところこいつの名前以外の全てがおかしい。
誰がワイフだ、誰が。
「それで? その子はアルビノかな?」
「さすがにすぐ判るか」
「完全に色素の抜けた白い髪になる原因なんてあまり多くはないし、日差しよけに長袖、さらにサングラスを掛けているならリューシスティックでもないだろうからな」
「リューシスティック?」
「リューシスティックとは、遺伝子の欠損はないが色素の発現量が一部抑えられることによる症状のことだ。アルビノはアメラニスティックとも呼ばれたようだが、色素の遺伝子自体に欠損があると起きる症状だ」
ススキがよどみなく説明する。
悩むそぶりすらしない。
「……もう少し簡単な説明を頼む」
「ん? ああ、100という値が大体の人間だとすると、0がアルビノで0と100の間のどっかがリューシスティックだよ」
「いきなり単純になったな」
この同居人はこんな変人ではあるが、知識はぼくと比べものにならないくらいに持っている。
さらに自分の中で知識を噛み砕いた上で理解しており、他の人への解説もそれなり以上に長けている。
そういうところはさすが『図書館』だと思う。
「ま、厳密にはアルビノでも今の例えなら5とか10とかぐらいにはなることもあるけどね。モザイク状に症状が発生……ああいや、身体の一部だけがメラニン欠損になるアルビノも起こり得るからね」
「ソラはそちら側かもしれない」
「ふむ?」
ススキがまじまじとぼくを見てから、隣に視線を移した。
「ソラ。ススキはこんなやつではあるが、信用も信頼もできる。サガイやタニヤと同じで、見せても問題ない」
「こんなやつなんて酷い言い草じゃないか」
「わかった」
ソラは帽子を持ち上げ、サングラスを外した。
少し眩しそうに目を細めるが、すぐに元の無表情に戻る。
「すごいな、アルビノのオッドアイなのか」
「おっどあい」
「うむ、目の色が両側で違っているとそう呼ぶ」
「あるびので、おっどあい?」
「そうだ。レアものだぞ、レアもの」
「よりにもよってなんて言い方するんだ」
「れあ?」
「他の人にはなくて珍しいということだよ」
「わかった。……わかった?」
いいのか、それで。
ソラも首を僅かに傾けているが、どうせススキとの会話はずっとこの調子だ。慣れてもらうしかない。
「ススキも、れあ? かみがきいろ」
「それに気付いてしまうとは、君もなかなかやるな。黄色ではなくこれは金色、海外の人間だった祖父方の隔世遺伝の賜物であり、つまりは私もレアキャラなんだ。そうだろうサトミ」
どうしてこっちに聞く。
まあ確かに、この国で金髪に金眼なんて人間はそういなかったはずだ。希少といえば希少なのかもしれない。
だが、と思う。
目の前でウェーブがかった長い金髪を指でこねくり回しつつ、なぜか身体をくねらせながらこちらを横目に見てくるススキ。
こいつの意見を不用意に持ち上げたり、安易に同意してしまうのは危険だ。
往々にして、その後のススキは一層おかしな言動をするようになってしまうからだ。
「レアかは判らないが、2人はわりと似た者である、と考えればいいか?」
「うむ。ソラと私は仲間、なかま、なかーま」
「なかーま?」
今度は変なリズムを取りはじめた。
手を取ろうとしたのだろうが、ソラがビクッとなったことを察してススキは自然に少し距離を空けた。
まさかこいつに、ススキにそんな、やんわりとした気遣いができたのか。
「ということで、私が預かればいいんだな? 任せておいてくれたまえ」
「あ、ああ、頼む。昼過ぎには戻れると思う」
あっさり用件を飲み込まれたことに、安堵よりは不安が勝る。
「承知した。よしソラ、私のことは遠慮なく"天使様"か、"ススキお姉様"と呼びなさい。さ、部屋の紹介にソラの必要なものの相談……は、旦那様が帰ってきてからで良いか。とりあえず、この地域で暮らすうえでの基礎知識を伝授してあげよう」
「わかった」
靴を指示された場所で脱ぎ、ソラがキョロキョロしながら部屋の奥へと連れられていく。
不安だ、実に不安だ。
だが、他にこういったことを頼める人材はそう多くない。
期間は未定だがあの子をぼくが預かると決めた以上、いずれはあの2人を会わせる必要があったのだろう。それが早まっただけだ。
「ソラ、そのまっすぐ奥に行くんだ。そう、その私の……じゃない、サトミの服が置いてあるところだ。そこでちょっと待っててくれ」
「おい、なんでぼくの部屋に集まるんだ」
「私はこの仏頂面の亭主を送ってくるよ」
ススキはそう言ってから玄関に戻ってくると、ぼくもろともアパートの廊下に押し出てきた。
何をと思っている間にドアが閉じられ、予想外に真剣な顔をしたススキがこちらを見る。
利き手を取られ、相手の両手がそれを包み込むように握ってくる。
「心配ないとは思っているが、あまり毎回無茶なことはしないでくれよ?」
「判ってる」
「本当に判ってる人間は、普通は1人で拠点に突っ込むなんてバカなマネはしないだろ。普通なら、逃げて増援を呼ぶ」
「その時は相手が動揺していたから、最適な道だと思った。どうせ『
「やっぱり判ってないな?」
ぺしっ、とぼくの額から音がした。
いわゆるデコピンをススキが撃ってきたのだ。
ナイフの刺突でも鈍器の打撃でもないから、ほとんど痛痒やダメージとしては残らない。
「忘れるなよ。君は今また1人、個を持つ人間の面倒を受け持つことになったんだ。その事実を君が考えているよりももっと重く捉えることに損はないんだぞ」
これだから、ススキは困る。
知り合いの中でも飛び抜けた変人のくせに、妙なところで配慮的というか、なんと言うべきか。
「判った」
「よし行ってこい。ついでに君の天使もここで待ってるってのを肝に命じておくんだぞ」
「それはどうなんだ」
相変わらず変奇な同居者をあしらい、アパートの廊下を歩く。
さっさと『軍』へ報告に行こう。
そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます