廃品と天使 1


 もし小判を渡すなら猫のほうがマシだ。

 なまじ使い方を知っている人間の方が面倒だ。



 ♢♢♢



 『集合体コミュニティ』は、その人の所属する組織によって住める場所が異なる。


 実に考えていることは判りやすく、ここでの強固な武力と支配力を持っている『フォース』は『集合体コミュニティ』の土地の中心部分、かつての大きな駅とその周りのビル群に陣取り、組織所属の人間の住居で近隣を固めている。


 続いて、『図書館ライブラリ』の連中がその中心から離れて住んでいる。ただし彼らの仕事は専門的な部分が強く多種多様であり、拠点も点在していて、かつ組織全体としての縄張り意識は希薄である。

 『図書館』は一言では説明できない、少し複雑な組織だ。今は概要のみとして詳細は略す。


 最後に、『農家アグリ』たちはそのさらに外側を使っている。仕事は字面から想像が容易だ。

 農業を含む第一次産業という仕事は我々『集合体(コミュニティ)』の存続に関わるという意味で治安維持や統治に並んで重要な職務であり、尊敬されるべき貢献である……とは、他でもない『軍』からの言である。

 しかし農地確保の重要性と他組織との土地の兼ね合いから、仕方なく、多少の危険はないとは言えないのが心苦しいものの、となんだかんだと長たらしく前置きした上で、結局『農家』は『集合体(コミュニティ)』内の外縁部のみにしか居住が許可されていない。


 分類は以上となる。


 統治側の考え方では、『廃品回収スカベンジャー』などという組織は存在しない。

 ぼく達も大小様々なグループを合わせればそれなりに人数はいるのだが、彼らからすればこちらは『農家』くずれや不良『図書館』であり、そして『集合体(コミュニティ)』における不法滞在者の一歩手前の存在として扱われてしまうのだ。


 ちなみに、人口統計による人数比では『軍』、『図書館』、『農家』の比率は1 : 1 : 8であるらしい。あくまでその3つで考えれば、というのがミソだが。

 実際には『廃品回収』と似た人非人じみた扱いの人々が他にも多数存在する。


 そして今ぼくらは、居住区の中で『図書館』と『農家』の中間にあたる位置に来ていた。


 目の前にあるのは、『磁気嵐』後の初期に頻発した局地地震や大火災、そして人為的な被害を幸運にも逃れた、6階建てのアパート群。

 まだ団地と呼べるほどには形が残っているそれらは、人が住めるように最低限の修繕がなされている。

 ここに住むのは『図書館』か『農家』が大半であり、残りは運かコネによって住むことのできたいくばくかの不法滞在者だ。


 用があるのはアパートの1つ、その最上階。

 突発的な異常災害が起きた時に避難しやすい1階側が人気な中で、エレベーターも動かない不便さを気にせずわざわざ最上階に住んでいる人間。

 景色が良いからと本人は言っていたが、このご時世、景色と生存を天秤に掛けることは普通はしない。


「ソラ、先に言っておく。今から会うのは、その、正直に言って、かなりの変人だ」

「わかった」

「しかし、これから一緒に暮らす同居人でもある。あまり壁を作ることなく、普通に接して欲しい」

「わかった」

「頼む」

「たのまれた」


 即答だった。

 即答ではあったが、なんだろうか、この不安感は。

 いや、判ってもらえたと信じよう。

 これ以上言うことはもうない。


 階段を昇って6階に到着、そこから最も距離のある奥の部屋に向かう。


「着いたぞ」

「けしき、きれい」

「落下の危険性がある。あまり身を手すりから乗り出したらダメだ」

「わかった」


 用があるのは手すりから見える『集合体』の景色ではなく、後ろにあるドアだ。


 インターホンなど通電しているはずもない。

 不恰好に後付けされたドアノッカーを叩く。


「戻った」


 反応がない。外出中だろうか?


 それは困る、ぼくは『集合体』の外に行く時は家の鍵を持っていない。

 サガイの拠点に隠してあるスペアキーを持って来れば良かったと後悔した。


 そう考えていると、部屋の中から物音がした。

 よかった、居たようだ。


「ススキ? 開けてくれ、サトミだ」

「さ、サトミ!? 少しだけ待っててくれ!」


 物音が大きくなる。

 まずい、とかヤバい、などという中の人物の慌てふためく声も聞こえる。


 なんだ。何が起きているんだ。


 ソラと顔を見合わせていると、やがてドアが乱暴に開けられた。

 サガイといい、こいつといい、なぜ皆ドアをそんな粗雑に扱うんだろうか。


「やぁ、おかえりサトミ!」


 今年で歳は20を越えたくらいになるはずだ。

 もう背丈の成長はないだろうから頭の位置はぼくの肩ほどでストップしてしまったようだが、身体は年頃の女性らしくしなやかな丸みを帯びている。


「ふむ、見たところケガもないようだ」


 ドアを開けた姿勢のまま、言葉を続ける。

 笑顔で迎えてくれたそいつは薄汚い白衣を着ていた。


「また『軍』の無茶振りを受けたんだろう? 無事でなにより、なによりだ」

「ススキ。それより先に服を着てくれ」


 白衣は着ていたが、他の服を着ていなかった。


 正確には下着に白衣、それがそいつの格好だった。


「すまない、少し慌てていてね。服を着るのが後回しになってしまった」


 なぜだ、と理由を訊くべきだろうか。

 ドア外の来客を迎える際、服を着ることよりも優先すべきことがそんなにたくさんあるのだろうか。


 ここはあまり広い間取りの部屋のアパートではない。

 そこをどういう理由か、もう1つ隣の部屋との壁の一部分をぶち抜いて2部屋を繋げ、ぼくらの住居はできている。

 普段使いの通用口は廊下奥のこちらと決めており、乱雑に開けられた大穴から見える隣の部屋は、基本的にこいつの寝室兼こいつの物置兼、非常用の出口になっていた。

 つまり今いるドアから見えている向こうは、ぼくの部屋となる。


「……ススキ?」

「ど、どうした私の後ろを見て、そちらには何も変わったところはないぞ?」

「なぜこちらが訊いてもいない変化について話す?」


 目の前のやつの頭越しに奥を見れば、激しくぼくの部屋が荒らされていた。

 あまり物は持たない方なのだが、それでも思いきり私物の衣服が床に散乱した上で、寝床の布がぐしゃぐしゃになっている。

 まるで嵐が通った後のような有り様だった。


 直前の任務の前には片付けていたはずだ、一晩でこうも荒れるものだろうか。


 そうぼくが言うと、彼女は判りやすくうろたえた。視線が泳いでいる。


「あ、あれはだな。仕方がなかったんだ」

「そうなのか」

「ああ。サトミ、いきなり『軍』に呼びだされただろう? その後は一緒に食事もできなかったし、1日経ってもまだ帰ってこないしで、こう、寂寥感とかが、な?」

「な? と言われても困る」

「寂寥感なんだよ!!」

「勢いよく言われてももっと困る。しかも、ススキが履いているそれはぼくの下着じゃないか?」

「しまった!?」


 白衣の間から見えた下着は、明らかに男物だった。

 どう考えてもあれは、こちらの私物のはずだ。


 ちなみに上は何も着ていなかった。

 白衣の間で胸の谷間が揺れている。


「……ああいや、ふふっ、なに、きっと誤ってのことだと思うが、私の棚のところに紛れ込んでいたのを、朝寝ぼけていたらしい私が使用、じゃなかった間違って履いてしまったみたいだ」


 使用とは。

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