スカベンジャー 1



 自販機だって価値観は変化する。

 8年前までは硬貨を入れると飲料を恵んでくれたが、今は叩き壊すと飲料を差し出してくれるようになった。



 ♢♢♢



「もう少し歩けば見えてくる」

「わかった」


 夜が明ける前に、『磁気嵐』の収束を見計らってぼく達は歩き出していた。

 あまり睡眠時間は取れていないが、ぼくはあまり長時間寝るタイプではないし、隣のソラも疲れが顔に出ていないから大丈夫だろうと思う。

 元から無表情ではあるが。


 つい寝に就く前にソラと名付けたばかりの彼女の白髪と片方の赤目は、廃墟となった街路に差すほの暗い明かりの中でもはっきりと見えていた。


「…………?」

「いや、大したことじゃない。ただ、そろそろ陽が出てくると思う。顔を隠さなくても大丈夫か?」

「かくす」


 実に素直にサングラスを装着した。

 今さらだが、この幼い子に無骨なサングラスという組み合わせは相当にアンバランスなように思えてきた。

 帽子に髪を詰め込もうとするのを見て、言う。


「髪を入れる必要はないと思う。別に出していても問題ないし、窮屈だろう」

「わかった」


 意外に長かったざんばらな白髪は、帽子の後ろから流す形になった。


「目は片方だけが赤だと、昼間はサングラスを外すとどう見えているんだ?」


 アルビノというのは、確か通常は人間の身体に黒色の色合いを持たせる、メラニンが欠乏することで起きる性質だったはずだ。

 その結果髪は白くなり、目は毛細血管の色が強くでて赤色となる。

 悪影響があるとすれば、皮膚が日射に弱くなり、目は光に対して受容が強くなる、といったことだろうか。

 しかし、彼女は左目だけが赤い。


「ひるまは、まぶしい。いたい」

「右の目だけで見ても同じか?」

「…………?」


 試したことがなさそうだ。


 右だけでも普通に見えるのであれば、サングラス以外にももう少しやりようがある気がする。

 それは今後、必要であれば考えよう。


 そこで自分が最初は『フォース』にでも委託しまうつもりだったこの子を、いつの間にか自身で面倒を見ようというように心境が変化していたことに気が付いた。

 気が付いたものの、特に改めようとは思わなかった。今から同居人への説明を考えておかなければ。


 陽が出てきた。

 予定ではそろそろ着くはずだ。


 狭い通りを抜けると、視界が広く開けた。

 遠くには大量の廃品や瓦礫、雑多なスクラップで堅牢に組まれたバリケードが建造物の間を繋ぐようにして囲んでいる区域がある。


「止まってくれ」

「とまる」


 一旦暗がりに戻り、様子を見る。


 背高いバリケードの間には大きく歪な形のゲートがあり、幾人もの武装した人間がうろついている。

 それらは初めて見る人の何割かから、まるで城壁と城門のようだという感想を引き出すだろう。


 奥から喧騒や物音といったさざめきが聞こえるのは、物資を運ぶために指示を出す声や、朝になって窓の鉄板を外す音などであり、つまりは生活音だ。


 ここから見るとバリケードからはみ出すようにして上に伸びているビル群は、大きく崩壊していないものは今も実際に人が住んでいるし、活用されてもいる。


 バリケードで囲まれた内部の敷地面積はというと、近くの電車の駅をを2つほどまたいで広大な円状に広がり、東側は太平洋に接する湾の辺りにまでをカバーする。


 あれが、人口にして5000人強の規模になる、この近辺で最大の支配圏を有する生活区域。

 『集合体コミュニティ』だ。


 ぼくは自分の格好と、隣の子の姿も確認した。

 自分の服は乾いた血や体液にまみれ、しかも出発時には居なかった人員を連れている。

 ついでに言えば、行きがけには5人いた他のメンバーは死に、『軍』の貴重な移動用のトラックを1台潰してしまった。残ったのは非正規メンバーの自分のみ。

 さすがにこれは、正面からは帰れないだろう。

 特にこの子の存在がまずい。


 ぼくはまた隣の子と連れ立ち、ゲートから離れつつぐるりとバリケードの外周を回り込んでいく。

 徐々に路地の奥へと入り組み、やがて1つのくすんだビルの裏路地へとたどり着いた。

 そこには雑多な生活ゴミに紛れて、鉄板で封じ込めがなされたビルの裏口がある。


 実はこの鉄板、ただ壁の溝に引っ掛けてあるだけであるため、普通に開けることができる。


「ひらいた」


 2人して侵入し、内側からまた鉄板を元の位置に戻す。

 暗い通用口を奥に行くと、ドアが1つだけあった。頑丈な作りの鉄製ドアだ。


 それを思いきり手の裏で叩く。


「なんだぁ!? 朝っぱらからうるせえな!」

「サガイ、今戻った」

「その声っ、サトミか!?」


 叩くのをやめていくらもしないうちに地響きのようなダミ声と地響きのような足音が聞こえ、ドアが猛烈な勢いで開かれた。

 内側のかんぬきがひしゃげそうな威勢の良さだ。


「うげ、血まみれでしかもくせぇ! ゾンビか!?」

「そんなわけあるか」


 こんな酷い世界だ、ゾンビなどとこれ以上何かおかしなものが出てこられたら本当に困る。


 ぼくはそいつに肩を掴まれて、そのまま明るい建物内に引きずり込まれた。

 ソラは付いてきているだろうか。

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