『磁気嵐』の夜に 2


「1人こちらに近付いてくる。隠れよう」

「わかった」


 廃デパートから南へ向かって、『集合体コミュニティ』へ至る道の途中のことだった。


 それだけのやり取りを終えて、ぼく達は舗装された4車線道路の脇に立ち並ぶ建物の、その間の物陰に隠れる。

 タタッと早歩きで進む音が道路側から聞こえ、近付いてくる。


 あいつが最初のトラックの時に合図を出していた歩哨か。

 人数はそこまで割ける余裕がなかったようだし、1人でデパートの南側を警戒していたのだろう。今さら戻ってきたのは、この時間までずっと見張りの任務を継続していたためか。

 残念ながら、そんなことをされても『集合体コミュニティ』から迅速な増援なんてどうせ来やしない。


 スポーツ帽子のあの子は、サングラスをこちらに向けた。

 もし実はこの子が『略奪者レイダー』の仲間だった、というならここであの歩哨に助けでも呼んだのかもしれないが、全くその様子はなかった。

 むしろぼくの近くの物陰に潜伏するよう指示した現在、文句1つなくしゃがんで微動だにもしていない。

 ただ、じっとこちらを見ている。


 歩哨のあいつが通り過ぎたのを確認してから、ぼくは立ち上がった。

 その子もすくっと立つと静かに近付いてくる。


 子どもなりに空気を読んでいるのか、小声で言ってきた。


「うたないの?」

「撃つ。隠れていてくれ」


 指示を出すワンテンポが少しもどかしい。

 その子に向ける合図もそこそこに、ぼくはボウガンを構えて表に身体を乗り出した。

 ここからさらに南にあるはずの爆発したトラックを見たせいか、やはり早歩きで拠点に戻ろうとしている。


 距離にして20メートルに届くかどうか。

 時間は夕方、オーロラがより輝きを増し始めている。

 日没は視界不良を引き起こし、遠距離からの射撃を行う人間にとってのデメリットにしかならない。

 これを外したら拳銃に持ち替えるしかないか。


 ヘルメットではなく背中を狙って、撃つ。


 ボルトは肩甲骨の中央辺りに突き立った。

 相手は一瞬スキップするように同じ足で地面を踏み、すぐに倒れてしまう。


 生死確認をするためそいつに近付こうとすると、どうにも後ろからあの子の視線を感じる。

 隠れていろという指示は伝わっていなかったのだろうか。

 敵が1人だったから良いものの、これが2人以上いれば動けるやつはあの子を狙わないとも限らない。気をつけなければ。

 そして、これはこちらの気分の問題だが、あの子に見られているとどうにもやりづらかった。


 しかし倒れた相手が僅かにでも動くのを見てしまえばそうも言っていられず、ヘルメットをずらして首を切るしか選択肢はないのだが。


 武器を抜き取ったあとに残った死体は放置して、潜んでいた物陰の方に戻った。


「…………」


 この上なく見られている。


「終わった。もう大丈夫だ」

「…………」


 何か言うかと思ったが、黙っているだけだ。

 別にぼくは非常時でない限りは発言を禁止するつもりはないし、対話も嫌いというわけではない。

 口下手で交渉事なども不得手だという自覚はあるが。


「どうした? 具合が悪くなったなどの異常があれば、早めに報告してくれ」

「…………」


 サングラスが左右に揺れる。

 そういうことではないようだ。


「行こう」

「わかった」


 結局ぼくは何も判らないまま、それでも先を急ぐことになった。


 しばらく廃墟の街を無言で歩き続ける。


 トラックを失った地点はとうに通り過ぎた。

 ここから『集合体』までは、あと20キロもないだろう。


 しかし、集団行動の歩くペースというのは、基本的には最も遅いものに合わせたペース配分になる。

 『フォース』であっても足の遅いメンバーはどやされこそすれど、置いていかれることはないように配慮がなされる。

 確保した捕虜などで歩みが遅くなるのは、しばしばあることらしい。

 そして、この小さな子は歩くスピードは決して速いとは言えなかった。


「…………」


 黙りこくってはいるが、若干息が荒れているのが見てとれる。

 ぼくが背負えれば良いのだが、この子は他人、少なくともぼくに触れられるのを嫌がっていたため、それも実行できない。


 時間というのは容赦なく進む。

 もう既に陽は落ち、そろそろ夜も深まろうとしていた。

 もし手元に時計があれば、恐らく時刻は夜の18、19時頃を指していただろうか。


 空のオーロラが一層輝きを増して揺れだすのを見て、ぼくは決断した。


「前の方に美容院の廃墟がある。今日はあそこで夜営しよう」

「やえい」

「次の日になるまで、決めた場所で周囲を警戒しつつ身体を休めるということだ」

「わかった」


 この"わかった"は、彼女の中で相槌のような言葉として用途が位置付けられてしまったようだ。


 理解を得られたかどうかは微妙な反応だが、とにかくそうと決まれば早めに安全を確保しなければ。


 美容院はこの辺りでは珍しい一階建ての建物で、入り口や窓は叩き割られた上で内部の物品も持ち出されてはいたが、構造自体に大きな破壊の跡はなかった。

 つまり、ただ寝るぶんには充分ということだ。


「窓を塞ぐ。近くの廃家に机が放置されているのが見えたから、それを取ってくる」


 頷いたのを見てから外に出て、周りの建物からいくつか丁度いいサイズの傷んだ長テーブルを運んでくる。塞げなかった隙間は道路に落ちている瓦礫を使って埋め立てる。

 これで外界に対する簡素な遮蔽が出来た。

 野生動物くらいなら侵入を防げるだろう。


 食料品店や薬局ではなく美容院を選んだ理由は、そういったところは出入り口が多く、塞ぐのが面倒なためだ。また、ゴミも多い。

 間取りが広いため有事の行動に制限がなく、加えて、理髪用のチェアが1つだけだが残っていたのも選んだ理由として挙げられるだろうか。


 ドアの代わりに新しく別のテーブルを持ってきて縦に置き、位置を調整していると、そのぼくの後ろでボァッと音がした。


 暗さに慣れた目には眩しいそれは、あの子が付けたオイルランプだ。

 ぼくのバッグから取り出したらしい。

 鹵獲品としてぼくが仕舞うのを隣で見ていたし、用途も知っていたのだろう。


 オレンジ色の明かりに照らされているその子は、光のせいかやけに色白に見えた。


「つけた。ごめん」

「ごめん? ……ああ、別に構わない。元よりぼくも出入り口を塞いだら、照明は付けるつもりだった」


 あれこれ調整するが、ありあわせの廃品では出入り口を完全に塞ぐことはできなかった。


 多少の隙間は諦めて、食事を摂ることにする。

 缶詰に入ったパンと、キュウリとトマト。

 そして非常用の飲料水。

 デパートにあった野菜は、『略奪者』が屋上で栽培でもしていたのだろう。

 温室もどきとして利用していたであろう半透明なビニールシートも屋上にかけられていたから、まず間違いはない。


 美容院の奥の事務室に行き、一台あったベッドに並んで座る。


 食料を載せたテーブルを前にして、そこではたと気付いた。


 もったいないが、貴重な飲料水をもう一つ開けることにする。


「…………?」


 この子に手を念入りに洗わせなければ。

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