鹵獲品 2
この廃デパートは階層表示を見るに、3階までが店舗で4、5階が駐車場のようだ。地下はない。
なんの変哲もない、昔によくあったデパートの構成だろう。
しかし内部は昔とは様変わりしている。
居住用に要塞化された施設は、いくつか決まったパターンの改造がなされていることが多い。
例えば、建物の窓やドアの大部分には内側に鉄板やアルミホイルが取り付けられているため外の光を通さず、室内は暗くなりがちだ。
また内部には、特に1階には、その施設由来の物でバリケードが敷設されている。使われるのは冷蔵庫や洗濯機、場所によっては戸棚やベッドなどが用いられる。
これは判りやすく、侵入者を警戒する目的だ。
同様の理由で、入り口は一ヶ所以外は封鎖されていることが大半だ。どれくらいの大きさの入り口を選ぶのかは場所やリーダーの性格によるが。
そして、大体2階より上に居住スペースが作られている。外から物資を運ぶ際に中の階段を登る必要がある以上、備蓄庫は2階に設置されやすいらしいから、場合によっては3、4階と居住区は上に移るだろう。
しかし、決して屋上は住む場所としては使われない。そうできない理由があるのだが、基本的には屋外の駐車場などは放置され、残った車を解体して利用したり、何かを栽培するのに使ったりで、たまにエスカレーターのある屋上階の踊り場を外部から遮蔽して住居に使うくらいだ。
外環境に直に面する場所を利用するには、それぐらいしか選択肢はないだろう。
以上がおおよそ、デパートやホームセンターが要塞化された場合の構造特徴であると言える。
実はもう1つ、これまでの経験的によくあった性質を思い出しつつ、ぼくはフロアの端側にある階段を音を立てずに昇っていた。
施設の中央にあるエスカレーターを使うのは論外だ。見つかって大騒ぎになりたいなら別だが。
次がようやく3階だが、どうだろう。
左右を確認して踊り場から出る。
左手はトイレだ、ここにいるとは考えづらい。
階段にあった煤けた店内地図では、3階の奥には複数のレストランが存在していた。いわゆるレストラン街というやつだ。
エスカレーターのある中央を回り込んでそちらに進んでいく。
最奥には色褪せてこそいるが、
そのもう1つの経験則。
組織のリーダー格は、地上施設ではより上の階に、かつ奥まった場所に陣取っていることが多い。
「おい、なんか……臭くねえか?」
「そうか?」
「焦げくせえ」
「そりゃお前だろ。トラック燃やしたんだろ? 服が臭うんだよ」
そこから声がする。
当たりだ。
2人が会話をしているようだ。
ぼくがレストランの外に潜んでいる間にも、 会話は続く。
「畜生、あれはマジに失敗だった。若いのも3人巻き込まれるとか、なんだあのポンコツ車」
「仕方ねえよ、抗争になりゃ誰かは死ぬもんだ」
「方角からして完全に『
「数を集めるしかねえ。もっと西に行きゃ、あそこに恨み持ってるそうなのにいくつか心当たりがある。ふざけやがって」
良い情報だ。
こればかりは『
「今回のどうなったんだよ? 『集合体』に1人でも生きて戻られたらコトだぞ」
「全部やった。問題ねえだろ?」
「それにしては、逃げたのを追ったヤツらがまだ戻ってこねえな」
「スガ置いてきたから問題ねえよ。ビルで良いモンでも見つけて拾ってんじゃねえのか?」
「そうか」
手元のボウガンを見る。
遂に2つになったそれは、使いようによっては遠くから2人を攻撃できそうだ。
交戦開始時のナイフ一本の状況よりはよほどマシになったと言えるだろうか。
ただ厄介なことに、話しているうちの1人はどうやら
今、ジャッという音がした。
手慰みに銃の撃鉄を引いたのだろうか。
まだ手に持っているであろうあの拳銃は、先ほどこちらの『軍』から奪われたものだ。
「銃か。車といいソレといい、『集合体』はとんでもねえな」
「ああ。そもそも普通は持っててもサビちまうだけだ。どうしてこうも整備できるんだ?」
「内部に侵入できりゃ判るかもしれねえが、出入りが厳しいらしい」
「銃……警察署とか探せばあるか?」
「知るか。おい、そろそろ報告に誰か戻ってこないのか? 火傷したアイツの方も、良い加減終わってるだろ?」
「見てくるか」
「ああ、お前が行ってこいよ。俺ぁ襲撃で疲れたんだ」
「クソが!」
悪態が1つ、その後コツコツとレストランの入り口に向かって足音が大きくなる。
隠れてやり過ごすことにした。
鉄板やペットボトルといったこの『略奪者』におよそ共通の装備に身を包んだそいつは、エスカレーターから下に降りていった。
彼が1階の様子を知るまであまり時間はない。
「喉乾いて仕方がねえ……。水もねえのかよ?」
結局立ち上がったらしい拳銃持ちのリーダーの姿を、入り口から捕捉。
距離は4メートルもない。
彼がカウンターに銃を持った右腕の肘をついているのを確認してから、その頭にボルトを撃ち込む。
撃った途端、バァンという破裂音がデパートに響いた。
ボウガンではない。
もう地面に横たわっているが、あのリーダーが持っていた拳銃が暴発した音だ。指が硬直して引き金を引いたか。
音のせいで、降りていたもう1人が戻ってくる。
「なんだ!? って、おまえ!?」
見つかった。
最後の1人の武器はナイフのみだった。
今度はもう1つのボウガンでその長身の痩せ型の彼に狙いをつけて、わざと右肩を撃つ。
「ぎぃぃいいいいいっ……」
別にもう拳銃は安全に回収できるためいくら叫ばれても構わないのだが、彼は顔をひどく歪めて堪えた。
しかし足取りが若干怪しくなったのは好機だ。
間髪入れずに突進して大型ナイフをそいつの腰に刺す。
彼は肩と腰に創傷を負い、ぶつりと糸が切れたように仰向けに倒れた。
「なんっ、なんだよコイツっ!」
なんだよと言われると、そうだ。
訊きたいことがあった。
「トラック3人、さらに追ってきた4人、ここの外で5人、室内の見回り3人、それにあんたとリーダーを合わせると17人」
残りのナイフは左右の二の腕に突き立てた。
男が声にならない声で叫び、呻く。
「残り4人はどこにいるか教えてくれ」
「あ……っ、あ、あぁ……」
今回は、情報を得たとしても彼を生かすことはできないが。
ただ、これまでの人数を数えるとまだ4人足りず、残りがどこにいるかの答えが欲しかった。
「すっ」
「す?」
「スガは……? ヨウジは……?」
「ヨウジ?」
ボウガン持ちは、スガとシドーという名前の2人だったはずだ。
「ヨウジは、1階のヤツらはっ」
「火傷したやつをぼくが回収して入り口に放置した。巡回していた3人程が時間をずらして、それに気付いてそれぞれ出てきた」
目は異常なほどに見開かれ、信じられないものを見るような表情になった。
彼の言うヨウジとは、1階を見回りしていたあの中の1人のことなのだろうと推測する。
「残りの4人はどこにいる?」
「な、なあ、なあ、取引だ。取引しようぜ」
震え声で言われる。
「あ、あっ、アンタ『集合体』だろ? 俺、銃が大量に隠されてる倉庫を見つけっ、たんだ。そ、その場所をっ、教えてやる」
だから助けてくれ。
『集合体』に入れてくれ。
そう言われたが、残念ながらもうそれは叶えられない。
身体の震えが大きくなってきている。
助けるには、彼は血を流し過ぎていた。
そして、そもそも彼は間違いなく戦闘要員だ。
現状見逃す選択肢はない。
さらに、情報が偽物であることも知っている。
そう端的に伝えると、そいつは泣き出した。
「なんでだよぉ……こんなのってねぇよう……。どうしてこんなことになっちまったんだよぉ……! おかしいだろ、前は俺、銀行マンやってたんだぞ……! それが、それが、なんでだよっ、こんな世の中になってなけれ、ばはっ」
有益な情報でないなら、もはや瀕死の人間の言葉は聞いていて気持ちのいいものではない。
血を吐いて叫ぶ彼の首に、彼自身が提げていたナイフを立てた。
今度ばかりは大量の血を浴びてしまう。
おそらく、ぼくの顔は結構酷いことになっているだろう。
「かぁ……っ、ごぼ」
そんな血泡混じりの断末魔だった。
これで一応、隠れていない『略奪者』はリーダー含め全て排除した。
残りは4人。
情報は得られなかったが、実は多少の見当はついている。
最低1人は歩哨だろう。
最初にぼくらが乗っていたトラックを見つけ、デパート側の人員に合図を送った1人。
かなり距離はここから離れていたから、そいつは戻ってくるまでもう少しかかるだろう。
あとの人員は、いるとすれば駐車場だ。
他の場所は全て確かめた。
上に昇って確かめる必要がある。
ぼくは最低限武器と身体を整えて、エスカレーターから上に向かった。
そしてやはり、『略奪者』の残りはそこにいた。
場所は駐車場の外に出る前の部屋、つまり階段の踊り場だ。
部屋として機能させるために雑に取り付けられたドアを開けてみれば、据え付けの自販機はバラバラに荒らされ見る影もなく、窓に張られたアルミのせいで薄暗い。
明かりといえば家電品店に置いてあるようなランプが1つだけ、それも既に電池が切れかけだ。
見張り窓は3階にあったから、わざわざ建物の外に出る4、5階から外を覗く必要はあまりなかったのだろう。
しかし、彼女らをこの『略奪者』グループの仲間と言っていいものかどうか。
自転車か自動車のチェーンで部屋に繋がれた2人は若い女で、半裸に剥かれていた。
着ている服や下着は暗い中でも判るほどに汚れが目立ち、服を替えたのはいつ頃かすら判断できない。手足は細く、衰弱も激しい。
そしてこの異臭だ。
すえた臭いに混じった、この踊り場に生臭くこびりついている悪臭。
両手を鎖に繋がれた彼女らがここで何をされていたのかは想像に難くない。
こういうこともそれなりの頻度で起こる。
『略奪者』同士の争いや、それまで生き延びてきた少数の人を『略奪者』が捕まえた場合はこうなりやすい。
最低限生かす代わりに、彼女らに労働を要求しているのだ。
「意識はあるか? あるなら応えて欲しい」
要救助者、というわけでもない。
残念ながらぼくはレスキュー隊員でも、警察官でもない。
博愛主義者達なんて8年前に真っ先に死んだ。
だが武装していない人間ならば、過剰に無力化する必要もないとも思っている。
「ここは『集合体』が制圧した。ぼくは運べないが、そのうちさらに人員が来る。君らの扱いは捕虜だ」
正確にはまだ残党が一名残っているが、それは置いておく。
「会話が可能なら事情を教えてくれ。内容によっては今後の『集合体』内での安全も約束する」
「…………て」
「て?」
1人が顔をゆっくりと上げた。
声がかすれていてほぼ聞こえない。
ドロドロと脂ぎった長い黒髪の間から、前を見ているようで何も見ていないような混濁した目が覗く。
次に口から出た言葉はいやにはっきりと室内に響いた。
「殺して」
この目はよく知っている。
全てを諦めた目だ。
「良いのか?」
「この子も、おねがい」
視線を向けられたもう1人は、繋がれた鎖を動かすこともしない。
廃人、という言葉が頭に浮かんだ。
「再度確認させてほしい。いいのか?」
「疲れた、もうイヤ」
「判った」
ぼくの手には、回収した拳銃があった。
既に使われているのだから、あと2発くらい撃ったところで言い訳も利くだろう。
ナイフもボウガンもあるが、それを彼女らに撃ち込むのは少し気後れする。
意識がある方は顔を持ち上げて口に銃身を入れ、上に向けて撃った。
もう1人は既に動けなくなっていたため、横倒しにして耳から撃つ。
銃声は踊り場の中で反響してからすぐにやみ、部屋には硝煙の匂いと、放射状に広がっていく赤い滲みが2つ残された。
これで終わり。
というわけではない。
ぼくは、最後の1人に向き直った。
部屋の隅にいるのは、ぼくの腰までしか届かないような背丈の小さな子どもだった。
なぜかその子は青いスポーツ帽子を目深にかぶり、その上でサングラスを掛けていた。寒くもないこの時期に厚手の服装、そして手にはしぼんだビニール袋を握っている。
全て理由は判らない。
判らないというのなら、こうしてぼくがいる間も、部屋の2人を終わらせる間も特に動きはなかった。
その子は特に動きを制限されておらず、服も普通だというのに、最も気配がなかった。
ぼくが動くのにあわせてサングラスの向きが動かなければ、置かれたマネキンかとでも思っただろう。
あまりに何もアクションがないため、こちらから話しかける。
この子も非戦闘員に該当すると思われる。
「君はどうする?」
「…………」
返事がない。
ただ、サングラスからぼくをじっと見ているような気がした。
「会話が可能なら事情を教えてくれ。内容によっては今後の『集合体』内での安全も約束できる」
「…………」
これも応答がない。
どうするべきか、本人の意志がないのに撃つのはあまり歓迎すべき展開ではない。
少し迷ってから、もう少し単純な問いにした。
「死にたいか? 生きていたいか?」
こんな世界だ、別に他人がどちらを選んでもぼくは否定しないつもりだ。
ただ、子どもに残酷なことを訊いてしまったとは思う。
真正面から真剣に問われれば、ぼくだってしばし悩みたくなる問いかけだろう。
弾丸には余裕があるはずだ。
手元を見ようとした時、その子の口が開いた。
「いきたい」
「そうか、判った」
ぼくはその子を、生かすことに決めた。
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