鹵獲品 1



 喜びとか悲しみとか愛しさとか憎しみよりも、もっと強い感情がある。


 それが諦めだ。



 ♢♢♢



 さて、これまでは逃走、防衛と強いられてきたところを、ここに来てようやく攻める側に回ろうと思う。


 むしろ、初期の目的は相手の『略奪者レイダー』の排除と、拠点の制圧が任務だったはずだ。

 それが後回しになっただけだと思わないと、正直やっていられない。


 ここで良い報告がいくつかある。


 1つは教わった拠点の場所が合っていたこと。


 言われたデパートに行ってみれば、残りの『略奪者』達は確かにいた。

 有名だった大型百貨店の姿は今はもうなく、ところどころの窓にアルミや鉄板が雑に張り付けられ、屋上は白いビニールシートで覆われているのが見える。

 ああいった大型の建造物はある程度人数が増えても住居として余裕があるし、要塞化もしやすいという利点がある。欠点は周りから目立つことだ。


 デパートの入り口で横たわった1人を、何人かが思い思いの姿勢で取り囲んでいる。


「水はまだ来ねえのか!? このままじゃ火傷がひどくなっちまうぞ、クソッタレ!」

「すみません、今日のぶんはちょうど今汲みに行っている最中で!」

「早くしろや! こういう時に使えなくてどうすんだよ!! クスリも探すの後回しにしてたせいでもう残ってねえんだ!」


 もう1つが、相手がまだ動揺した状態にあったことだ。


 がなり声の要求に、女の悲痛な叫び声が答えている。

 意外とトラックは良い仕事をしてくれた。

 現在でも可動する自動車という途轍もない貴重品を犠牲にした自爆が、その価値に見合っているかは疑問だが。


 そして最後の1つが、ぼくの目の前に転がっている。


 もう無力化の済んだ亡骸。

 彼らの言うところの、水を汲みに行った女の死体だ。

 年かさは30歳後半といったところか、ぼくが遠回りして細い道を進んでいたところ、こいつが1人で桶を持って歩いていたのだ。


 つまり、彼らの混乱はもう少し続く。

 デパートの入り口に後付けされた鉄板のドアも今は開いていて、侵入するには都合がいい。


「遅すぎる! お前、水汲みに行ったヤツ探してこい!!」

「はっ、はい!」


 また1人、こちらに向かって駆けてくる。

 路地に入り込んで来た女を物陰に隠れてやり過ごしてから近付き、後ろから締めてナイフで首を刺した。


 ひび割れたアスファルトの地面に転がる2人は、それぞれ武装はしていたものの、武器は朽ちた文化包丁1本のみとかなり頼りないことが判る。

 落ち着いて見られる今だから言えることだが、こうして見ると戦闘員かどうかの判定は微妙なところだ。

 まあ、武器を持ちヘルメットを被っている者は戦闘の意思ありとして対処することに決める。

 そうしなければこちらが死ぬ。


 情報が正しければ、『略奪者』の人数は21人。火事で3人、ビルの中で4人。水汲みが2人。これで残りは11人になった。火傷の1人は推定戦力に計上していない。


 問題は、その中で実際の戦闘員が何人控えているかだ。


 トラックの際に集まってきたやつらの残りはリーダーを含めて3人だった。

 結局は残りの全員が戦えると考えて進むしかないが、何人かはぼくらが最初連れていた『フォース』に所属していなかったやつのように、『略奪者』という組織の中でも非戦闘員である可能性も十分にある。

 その場合、相対した時の対応次第ではいろいろと考えなくてはならない。


 もしこちらに危害を加える意思があれば普通の戦闘員として扱えるが、そうではなく、非武装かつ戦う意思がなかった場合。

 『軍』は、基本的に外で得た鹵獲品は何であれ回収する。それは金属資源であり、本のような情報資源であり、人間もその資源として例外ではない。使い道は山ほどある。

 ぼくは『軍』ではないが、この考え方にはある程度賛同できる。


 ただ、あまり人は捕らえても役に立たないことも多い。理由はいろいろあるが。


 まあ、まだ無力化できていない戦闘員がいる時点で考えても詮のないことだ。

 ビルの屋上で、もう少し詳細な情報を入手できていれば違ったのだろうか。


 2つの死体を放置して、デパートの入り口に死角から近付く。女2人の包丁は使いづらいので回収せず、サイズがバラバラのナイフは音が出ないように3本をそれぞれが触れ合わないように離して腰にむりやり差し、装填の済んだボウガンを手に持っている。

 ここからだと、およそ距離は10メートルもないくらいか。風もないし、室内戦と同じ感覚で撃てるだろう。


 ただ、人数が悪い。

 火傷のやつを取り囲んでいるのはまだ3人いて、同時に相手にするには少し厳しい。

 うかつにこちらが姿を見せて、デパートから増援を呼ばれたらなおのこと厳しい。

 なにより先程から怒鳴っているのはトラックの時の残りで、もう1つのボウガンを持っているやつだ。


「うっ、いい加減火ぶくれがやべえぞ! 水がねえとかタイミングが悪すぎんだろが!」

「すみません、すみません! サキも、ミチコさんも戻ってこなくて……!」

「もういい! おまえ、リーダー呼んでこい! リーダーに、俺が直接川に運んでるって言え! ノリオは手伝え! さっきと同じ要領でやりゃあ良いんだ!」

「う、うっす!」


 そうなると、ぼくは少し戻ったところで待機するべきだろう。やることは変わらない。


「急げよノリオ! 火傷ってのはな、ほっとくとあとになるんだよ! 特にコイツ、目とか顔の周りをやられちまってるのがやべぇ!」

「冷却シートとかじゃダメなんすか!? デパートの在庫にまだ使えんのがありましたよね?」

「ダメなんだよ! いいから走れや!」


 物陰でボルトの装填されたボウガンを構える。


 やがて火傷にうめくやつを両側から支え、路地に入っていくボウガン持ちともう1人がやって来た。

 両手が塞がっているからか、肝心のボウガンは腰に吊り下げられている。

 なんとも不用意なことだ。


 先程と同様に通り過ぎるのを待ってから、膝立ちの姿勢で撃つ。

 距離が近いこともあり、ボルトはヘルメットの首元を貫通して後頭部に突き立った。

 ボウガンは発射時に銃ほどの音と光が出ないことが大きなメリットだ。


 片側の支えが崩れ、火傷のやつがコンクリートの地面に転がって低くうなる。

 呆然としたのは残りの、ノリオと呼ばれた体格の大きな男だった。


「なっ……? ちょ、シドーさん!?」


 彼が戸惑っている間にぼくはボウガンを放りだし、立てかけておいた大型ナイフを持って走った。

 思いきり振りかぶる。


「なんだおまえ、ぇ!?」


 ナイフは着ていたコートの襟元を貫通して、相手の鎖骨に刺さった。

 まずい、失敗した。

 相手の背が高く目測が外れてしまった。


「が、があぁぁぁぁぁッ!!」


 気道をナイフで塞げなかったこともあり、相手が叫ぶことを許してしまう。

 鎖骨は神経が密集しているが、致命的にはならない。せいぜいが激痛を与え、加えて腕の不随を起こす程度だ。拷問にしか使えない。

 ノリオと呼ばれたそいつは、辺りに響くような絶叫を振りまいて肩を押さえ、崩れ落ちた。


 姿勢が低くなったところを、もう一本のナイフを使って首を搔く。

 ようやく悲鳴が止まった。


 足で蹴りながらナイフを引き抜く。

 誰かに気付かれてしまっただろうか?


 表通りを見てみるが、目立った反応はない。

 だが、あのデパートの中まで悲鳴が聞こえていないという保証もない。少なくとも、中のやつらの注意が表に向いている可能性は充分にある。

 次の行動までの猶予は縮まったと考えよう。


 では、どうするか。


 裏路地に戻ると、動かなくなった2つはさておき、火傷を負った彼がまだうめいていることに気がついた。

 まだ血に濡れていない3本目のナイフを構えて片手で引き起こすと、想像以上に顔周りのダメージが大きいことが理解できた。

 服は大きく焦げて顔の正面は大きくただれ、特に左目から口の辺りにかけて、既に目が開かなくなるほどに炎症を起こしている。火傷の範囲も広く、最低でもII度はあるだろう。

 うめくだけなのは、痛みで意識が朦朧としているのだろうか。

 言ってはなんだが、これは治療しても後遺症なく快復できるかは非常に怪しいように思われる。


「う……ぐっ、う」


 彼もそこでようやくぼくに気付いたのか、焦点の定まらない右目を見開いた。

 暴れようとして力なくもがくが、せいぜいがみじろぎといった程度だ。


 思いついた。


 悪いが、この状況を利用させてもらう。

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