コンクリートビルの狐狩り 2



 彼らには、静かに行動するという考え方はないようだ。

 入った時からコンクリートビル全体に響くほどの怒鳴り声で話していることからして、なんとなく察してはいたが。


 その彼らはまたも大声をあげていた。大声というよりは、犬が鳴くような吠え声だ。


「あっ、あぁっ、あぁぁああああ!?」

「ケント!? おいっ、ケントぉっ!!」


 血がやべえ、とか、死んでる、などと乱雑に騒いでいる。それは当たり前だろう、しかもその血は2人ぶんなのだから相当なものだ。

 そしてすぐに気付く。


「な、なあ、スガさんがいねえ」

「こ、殺されちまったのか?」

「バカいうなよてめぇ! あのスガさんが簡単に死ぬかよ!? 見ろよコレ、血が上に向かって続いてんぞ!」


 彼らにとって、スガという人物はかなりの実力者だったようだ。ヘルメットを取ってみればそれなりの歳だったし、『略奪者』の中でも血気盛んな若者たちの取りまとめ役、といった立場だったと想像ができる。


「どうする!? スガさんの血かコレ!?」

「わかんねーよ! でもスガさん、ケントをやられてキレて追っかけてったのかもしれねえ!」


 彼らには2つの選択肢、追うか、逃げるかという選択肢があった。

 2人は前者を選択したようだ。

 

「見ろよ、ボウガンの弾が落ちてんぞ!」

「足跡も血で付いてる! スガさんがやったんだろ、行くぞ!!」


 バタバタと階段を昇る音が響く。

 すぐに音は大きくなり、こちらに向かって近付いてくる。


「待て、よっ! 足が滑って走りづれえ!」

「置いてくぞ、っつか俺先に行くぞ!」


 どうやら血気だった1人がより急ぎ足になり、5階から点々と血痕の続いている屋上に先行したらしい。

 屋上には、彼らが言う『スガさん』の身体が置いてある。


「――は!? なんだこりゃ!? すっ、スガさん!? い、いや、あ、罠だ! 来るな、罠が仕掛けてある!」


 ついでに、屋上の入り口の床には滑りやすいカーテンを敷き、その奥には植木鉢に上向きに刺したナイフが分かりやすく置いてある。

 まあ確かに、罠だ。


 屋上に続く階段のすぐ近くにある6階の部屋で待機していたぼくは、開けたままにしていたドアから出た。

 距離があれば撃つしかなかったが、1人は階段を数段登ったところでもう1人の警告を受けて立ち止まっている。


 横合いから背後に近付き、背中に長いナイフを深く差し込む。

 階段による高低差で、刺す部分は背中を選ぶしかなかった。仕方なく心臓に近そうな背骨の上横辺りに刃を差し込み、相手の身体の外側に向かって体重をかけて水平に引き裂く。

 こうすれば、背骨に刃が引っかかるという事態を防げる。


「ぐゅっ」


 ぐいっとナイフを引き戻すと、背中を刺された相手は変な声をあげた。


 胴部分は背中には装甲がなかったのが良かった。動きやすさを重視していたのか、あるいは装備をただケチったのか。恐らく両方だろう。


 上から倒れ込んでくる身体を押しのけ、屋上に向かってボウガンを構える。


 力なく倒れていく1人を挟んで、階上のもう1人とこちらの視線が合った。


「う、うわぁぁ」


 先程までと違って周りを威圧しようとする大声ではなく、上ずった悲鳴。


 その残った1人は反射的な行動なのだろう、返り血を浴びたぼくから離れて屋上に走り出ていった。

 残念ながら撃つヒマはなかった。


 確か確認した限り、下に降りる階段は屋外にはなかったはずだ。

 足元の死体が握っていたスチール製の防災斧を拾い、ぼくも階段を昇る。


「く、くっ、来るなよぉ!」


 そして昇ってみれば、残ったそいつは意外と近くにいた。

 慌てているわりには、仕掛けた罠のナイフは植木鉢から抜かれて彼の手に収まっている。


 しかし、冷静なのかと言われるそうでもなさそうだ。

 そいつは計2本の大型ナイフを両手で持ち、引け腰でこちらに突き出す姿勢になっていた。

 ナイフの先端はひどく震えている。

 基本的に二刀流などというものは、あまり上手くいくものではないと思う。もう少し小型のナイフならともかく。


「な、なんだよ!? キモいんだよおまえ! 来るなっ、来るなぁっ!」


 ボウガンの威力は彼もよく知っているようで、手斧を持った手をボウガンの支えにして射撃姿勢を取る血まみれのぼくから、慌てて下がり距離を取っていく。


「うげ、あ、ああああ!! はっ、はっ」


 下がる途中で『スガさん』の身体に足がもつれて尻餅をつく『略奪者』の若者。腰が抜けたのだろうか、それでもずりずりと手を動かして後方に下がる。

 そちらに行っても、屋上の手すりがあるだけなのだが。


 そして案の定、背中に手すりがぶつかり、バイクのヘルメットがぶつかり、彼は視線を何度もぼくと手すりの間でさまよわせた。


 ようやく訊きたいことが聞けそうだ。


「あんたらの住んでる場所と、所属人数を教えてくれないか」

「は、ひっ……!?」

「場所と人数を教えてくれないか」


 さらに一歩近付く。

 ボウガンで狙いを付けると、ヘルメットは激しく揺れた。

 ボロボロにさびた鉄柵ががんがんと音を立て、さらに彼の背中に体重を預けられたためか鈍くきしむ。


「や、やだ! やだ! 教え、教えない!」


 言動に若干の退行が見られるが、会話はできそうだ。


 右の肩に撃つ。


「あぁぁあああ!! あぁぁああ!!」


 ボルトが刺さった衝撃で、立ち上がりかけていた彼は手すりに縫い付けられるようにぶつかった。


 頭が柵の上から外側に出ると、ヘルメットが取れて下に落ちた。

 恐怖に歪んだ顔が涙まみれになっている。

 歳は20歳前後だろうか。茶髪だった。

 もう両手は脱力し、ナイフは取り落としてしまっている。


「たた、頼む、いぎっ……、もう許して」

「それはあんた次第だ。話すか?」

「う、うう、話したら、ど、どうするんだよ」


 それはどういう意味だろうか。

 彼への対応だろうか、それとも彼の所属する『略奪者レイダー』に対しての対応だろうか。

 迷ったので、どちらも答えることにした。


「話せばあんたの属する仲間のところへぼくが行けるし、あんたは『集合体コミュニティ』でその傷の治療を受けられる可能性がある」

「う、ぐっぅ」

「話さず死ぬか、話して治療を受けるか選べ。これはただの確認だ。話しても内容が間違っていればいずれすぐに判る」


 顔が青ざめてきているのは、瀕死だからというわけではないだろう。まだそれには早い。

 刺突による傷というのは、重要な器官をぶち抜かれるショック死以外ではあまり血も外に出ず、短時間では死に至りづらいものだ。

 誤って自分で矢やボルトを引き抜いてしまえばその限りではないが。


 ボウガンを捨てて手斧を両手で握ると、相手は焦ったように言いだした。


「言う! 言うよ! 俺たちは20、いや21人居るんだよ! これでいいだろ!?」


 内心でぼくは、人数が想定と全然違うじゃないかと思ってしまった。

 間違いというには悪意に満ちた情報をよこした『フォース』には、いつか本当に文句を言う必要があるだろう。


 そして彼は、黙っているぼくを見て慌てて後ろを向いた。


「ば、場所は……あれだ! あそこのデパートだ! ほら、見えるだろ!?」


 必死に指差すのは、ここから北の方角。

 先程彼らのリーダーが去っていった方向とも合致している。

 情報がフェイクである可能性が減った。

 武器の構えを解く。


「判った」

「そ、そうか!? なら助けてくれるんだよな!? 痛くてたまらねえよ、早く、たす、あれ……?」


 『略奪者』の彼はボディランゲージも激しく、そして手すりに背を大きく預けていた。

 それが良くなかった。


 ボロボロになっていた手すりは人間1人の体重に耐えきれず、壊れ、外れてしまったのだ。


「はれっ……?」


 それが最後の言葉で、そいつは手すりの一部を道連れに屋上から落ちて消えていった。

 理解できない、という表情だった。


 落ちた姿勢からして即死だろう。


 一応、これでぼくを追ってきた『略奪者』は全員無力化された。


 これからどうしようかと考える。

 証拠品を『軍』に持ち帰り、さらに増援があることを期待して、ついでにそいつらに一切合切を委託するため報告するか。


 屋上からは街の景色がよく見える。

 眼前いっぱいに広がる廃墟はいつも通りの景色で、どこに行っても変わらない。


 正午を回ろうかという日中の太陽は相変わらず目に毒なくらい眩しく、そのくせ昔は昼間は見えないとされていたオーロラが今も空を埋め尽くしているのが見える。


 それを見て、考えを改めた。


 いや、どうせまたぼくも道案内とか理由をつけられて戻ってこさせられるのだろう。

 それなら、相手がまだ動揺していそうな今行った方が面倒がない。


 少し悩んだ末、今度は狩る側になることを決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る