ミレディー


 人間とは何だろうか? 僕はそれまで考えたこともなかった。正直、人間はアンドロイドの下位互換くらいにしか思ったことがなく、考えるにも値しないと思っていた。

 それくらい真面目に僕はアンドロイドであろうとした。よりより存在であるために、アンドロイドでなければならないのだ、と。誰にどう造られたかはもう関係なかった。不完全な存在に甘んじていることに、我慢がならなかったのだ。

 考えたこともなかったから、当然人間というものが分からなかった。アンドロイドのように在りたいと願い続けていたのに、そのアンドロイドから拒絶されたのだ。

 僕は、全てから裏切られたような気になっていた。特にクレアからは。喪失感をいつまでも持て余していた。


 見かねた両親からカウンセリングに連れて行かれた。

 曰く、貴方は貴方らしくあればいい。無理して何者にもならなくていい。それが人間らしい在り方なのだ、と。

 ますます分からなかった。僕はアンドロイドを通してしか人間を見ていなかった。彼らは人間ではない。彼らのように在ってはならない。では人間とは? 僕は自暴自棄になっていた。

 ある日、思いついた。今となってはもう殆ど思い出すこともなかったかつての最初の養父のことだ。彼に会いたかった。あってどうするとか考えることもなく。虫のいい話だった。あれほど歯牙にもかけなかったのに、アンドロイドから拒絶されたら求めるなんて。

 罵倒されても良かった。とにかく会って話をしたかった。


 だが、その願いは叶うことは無かった。市に問い合わせたところ、既に亡くなっていたとのことだ。アルカディアに行ったのではなく、過労死だったとのことだ。このご時世でもそうなる人はいる。アンドロイドを酷使して破壊するケースよりも、実はずっと多い。何故彼がそうなったのか、今の僕には痛いほど分かった。きっと自分が自分であることを、無言で叫んでいたのだ。僕はそれを無視し続けていた……。

「じゃあクレアはどこにいるんですか?」と、嫌な予感がしつつも聞かずにはいられなかった。

 予感の通り、クレアも既に活動を停止していた。本人の希望だったそうだ。養父が亡くなったときには自分も活動を停止する、と。

 アルカディアはそのまま墓を併設しえいる。ここが人生を終える場所だ。ここが何より理想的な終わり方でなければならない、という理念のもとで造られたという。

 墓は簡素だった。父の名前と生まれた年から享年までが刻まれた極普通の墓石だ。クレアの名も刻まれている。ここに眠る、と。

 わけも分からず跪いた。後悔したときにはもう相手は居ない。きっとこの後悔の重さは、死ぬまでついて回るのだろう。僕はある種、この悔いをどこかで処理しなければ、きっとアルカディアに行くことは出来ないだろうと思った。楽園に門番はいないが、きっと僕が自分自身を裁くだろう。


 僕は家を出た。ここに居てもきっと自分が何者かは分からないだろうと思ったからだ。そして数年の間、各地を転々とした。様々な人間に会った。彼らから得られたものは、確かにアンドロイドからは得られないものだ。この間のことはあえてここでは伏せる。別の機会に語るかもしれないが、今はその気にならない。

 旅の間確信したことがある。僕は人が許せない。人の不完全さをいつまでも受け入れることが出来ない、と。自分のことを棚上げしていると言われようと、僕はその信念を曲げることは出来なかった。


 そして再び戻ってきた。人とアンドロイドが暮らす街へと。僕はようやく”人と”アンドロイドが過ごしているのだ、と気づくことが出来たのが、旅の成果だったのかもしれない。それまで人の姿すら見えていなかったのだろうから。

 戻ってきてから、ようやくアンドロイドのオーナーになる覚悟を決めることが出来た、というのが旅の最大の収穫なのかもしれない。未だに人とのあるべき接し方もわからないし、当然アンドロイドとだってだ。だが、ほんの少しだけアンドロイドと距離を取れそうになった気がする。

 何より、僕一人で出来ることの小ささを、今ようやく受け入れる事ができたからだ。この先きっと彼らの力がなければ、僕は一人で生きていくには無力過ぎる。


 人によっては念入りにカスタマイズするらしいが、僕はそこまでこだわるつもりもなかった。正直、非人間型でも良かったし、ヒューマノイドモデルであっても性別はどうでも良かった。

 カタログを見ていて目についたのはアングロサクソン系のモデルだった。この間にまた世代交代したらしい。ふと、クレアのことを思い出した。手が加わりすぎて最早人間離れしていることが基本のアンドロイドだが、このモデルとクレアは別に似ているものでもない。

 もう僕にクレアが必要だというわけでもない。だが意地になって拒否し続けるのも、それはそれで呪縛だとしか思えない。いつまでも親離れできていない証左ではないだろうか。母親ではない別の女性を自然に受け入れられれば、その時こそ両親から離れ、そして亡き養父の元へ再び顔を出せるのではないかと、そんな予感がした。


 そして僕はそのアンドロイドとともに生きることを決めた。


 名前はどうしようか、と。型番で呼ぼうかと思ったが、それだと長くて面倒くさい。ふと思いついたのは、学生時代に読んだ小説だった。その登場人物の悪女の名を思い出した。「ミレディー」だ。彼女をそう名付けよう。悪どく、でも賢い敵役だ。彼女に深く感情移入しないように、まるで狡猾な悪女のように。そう扱おうと決めた。

 そうすれば、きっと裏切られたと一人で幻滅することもないのだろうから。


「初めまして、宜しく。貴方のことなんて呼べばいいかしら」

 初対面の挨拶を済ませ、いくつか確認事項を伝えた。確かに1世代前よりも人間臭くなっている気がするし、実際アンドロイドは世代を経るごとにどんどん人間に近づいてきているという。人類の仕事を粗方肩代わりしつくして、もはややることといえば人間の研究になっている感がある。

 それからアンドロイドとの生活が始まった。かつての養父と同じ仕事についた。ミレディーが常に傍らに居た。彼女は最高のパートナーだった。かつてクレアに求めたような同族としての関係を決して求めない、そう決めさえすれば、これほどに優秀な相棒は居なかった。



 父親とは何をすればいい存在なのか。ミレディーと過ごし始めてから、幾度となく自問した命題だった。

 きっとミレディーは、母親としての務めを完璧にこなすだろう。そういう知見をあらゆるアンドロイドと共有している。だが僕のやるべきことは僕自身で見つけなければならない。


「無理だったら無理でもいいのよ。悪い言い方になるけど、貴方の代わりもいるし、失敗したときにフォローしてくれる人もいるから」、と。

 誰のための試みなんだろうかと考えると、きっとそれは子供よりも寧ろ親のためなのかもしれない。ひどい言い方なら親の自己満足だろう。家族ごっこがしたいという欲求のためだけに子供まで巻き込んでいるのだ、と言われても反論できない。


「僕は子供の頃、自分をアンドロイドだと思ってたんだ」

「よくある話よ。そういうのを矯正する方法もとっくにあるし」

 まるで一顧だに値する問題などではなく、極々ありふれたことだといった。

「なんか不自然だね」

「そうね」

「最初から人間らしさを自覚出来るようないい方法ってないのかな」

「それはね……」と、言い淀んで言葉を切った。

「”あなた達”が子育てに失敗しなければよかっただけじゃない?」と。お前達の失敗のツケを今払っているんだろうが、と言外に主張していた。

「全くそのとおりだ……」、と。納得する他無かった。

「なあ、ミレディー」

「何?」

 僕はミレディーと向かい合っていった。

「僕は親としては全然だし、未だに人との最良の関係の築き方なんて分からない」

「うん」

「多分、失敗し通しになると思う。だけどだ」

「僕を育ててくれた人がやろうとしたことをあえてもう一度やりたい。失敗を失敗で終わらせたくない。ここで投げてしまったら人がしようとしたこと全部が無意味なる気がするんだ」

 ミレディーは真剣に聞いてくれている。

「不完全で稚拙だけど、それでも僕はやり遂げたい」

 そう言うとミレディーは満面の笑みで答えた。

「うん。でもね」と一呼吸置いて

「貴方一人で抱え込むことないのよ。駄目ならちゃんと頼りなさいよ」、と最高に頼れるパートナーが胸を張った。

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