ロボットがニャーと鳴いた日

 ロボットにも個性はある。というより個性が造られたというべきか。マスターそれぞれに個性があるように、それに合わせて形作られるといえば妥当かもしれない(厳密には人格というと齟齬があるがそれはおいおい説明する)。

 と言ってもマスターに似るのではなく、あくまでマスターを補完するためだ。

 僕がどういう性格なのか説明するのは、一言では難しいように、ミレディーもどういう人格かを説明するのは骨が折れる。僕がこうしろといったことに対して、確かに忠実にこなすがその手段に突拍子がない。そういう風な人格になってしまったということは、その遠因はきっと僕にあるのだろう。僕の何がそうさせたのか、その判断は第三者に任せるほかはない。


 そんな我が同居人、ミレディーにもわがままにも似た要求をすることもある。例えばこんな具合だ。


 ある日のこと、帰るなり同居人が「猫が飼いたい」と言い出した。ミレディーが強固に要望を主張することは、実はとても珍しい。

 だが、内容がないようなだけにダメと即答しても、しつこく食い下がってきた。

「何でダメなのよ?」

「壁紙や網戸を引っ掻くし外出るたびに変な病気拾って大変なことになるし、そもそもこの部屋はペット禁止」

「そうじゃなくてレプリキャットの方よ」

 レプリキャット、平たく言うとロボットの猫だ。ロボットペットも進化して見た目も振る舞いも本物に限りなく似せてきている。それだけでなく飼い主が嫌がる行動は予め制限することが出来る。確かに動物を飼うには制限が多すぎるが、ロボットならその制約はなくなるというメリットはある。だが……。

「猫だと高いしなあ……。犬だとダメなの?」

「猫がいい。猫飼いたい」

 と、頑として受け入れない。何故猫だと問題かというと、一言で言えば値段だ。犬と猫だと価格が全く違うのだ。これは猫の行動予測が犬に比べて圧倒的に難しいというものがあるからだ。事実、犬のロボットは21世紀の初頭には実用化されていたが、猫ロボットの実用化は犬ロボットの実用化から50年以上も遅れたという。

「新規だとちょっと無理」

「里親になるならいいでしょう?」

「そんな都合よく手放してくれる人いるかなあ?」

 実際レプリキャットは飼い主の負担を幾らでも減らせるので中々手放す人はいない。

「それがいるのよ」

 と、里親譲渡会のサイトを見ると確かにいた。ただ条件を見てみると……。

「なるほどねえ、確かにこれなら引き取り手は限られるかもね……。これでもいいの?」

「これでいいの! じゃあ連絡するね」

 先方への連絡と引き渡しの日程を調整した。これほど機嫌のいいミレディーを見るのは久々な気がする。


 正直に言うと、別に本物の猫でも問題はない。ペット禁止というのも相談なしではの話で、大家さんに話をつければどうとでもなった。では何故僕がここまで難色を示したかというと、実は昔猫を飼ったことがあるからだ。

 当初あまり動物には関心がなかったが、当時住んでいた家の家主の人が飼い始めたので一緒に面倒を見始めたのが切欠だ。暫く経つ頃にはもう当初の無関心はどこ吹く風で、すっかり家族の一員となっていた。

 だが、ある日突然いなくなった。少し目を離した空きに脱走したのだ。

 何日もかけて探し尽くしたが結局帰ってくることは無かった。事故にあったのか、あるいは他所の家に拾われたのか、それは分からない。

 いや、本当は分かっていたのだ。多分あの子は僕の元にいるのが嫌だったのだろう。猫との距離のとり方が分かっていたとは言いがたかった。

 ミレディーの気持ちはなんとなく想像がつく。昔は一緒に仕事をしていたので日中も共に行動していたが、コンサルに転業してからは一人で仕事をするようになり、ミレディーは日中はずっと家にいるようになった。休日は埋め合わせを出来るだけするようにしているが、やはり孤独感が積もりに積もっていたんだろう。それを汲み上げられなかった僕の責任でもあった。


 里親譲渡会の会場は市内の公民館だった。何組かの飼い主の人と里親希望のが居た。飼い主の人には一様に特徴がある。いずれも壮年に差し掛かっており、きっともう身辺整理を始めているのだろう。彼らには何れもパートナーの人は見当たらなかった。

 譲渡されるレプリキャットには様々な種類のものが居た。見事な造形の洋猫から、道端の片隅にいそうな三毛猫まで揃っている。そして実際の猫とは明らかに異なる特徴として、皆一様にその場から動かない。ケージに閉じ込めておく必要すらない。じっと動かず、でも視線だけはキョロキョロとさまよわせている。人に迷惑をかけず、でも猫としての特徴だけは残すという絶妙なバランス調整の産物だ。きっと後数年もしたら、本物の猫を知らない世代が出てくるのではという予感がした。

 

 我々が約束した相手の方は既に来られていた。軽くお互い挨拶すると、飼い主の方が猫をキャリーケースから取り出した。

「虎太郎といいます。中々貰い手が見つからなかったので有り難いです」

 写真で既に見ているが、実際に見るとそれはもう見事にふてぶてしく肥えた茶トラの猫だった。実際の猫なら何年生きたらここまでの風格を得られるのだろうと思うほどなので、そういう意味でなら見事な造形だと言える。ただし需要があるかどうかはその限りではない。写真で見るより実物で見るとより一層際立つ。

 ミレディーは改めてたいそう気に入ったようだ。どうしてこれがいいと思ったの? と聞いたら、猫ってそういうものじゃない、と。

「猫って飼うんじゃないの、飼われるものよ。だったらそれなりに風格あったほうがいいじゃない。それによく肥えた猫ってすごく幸せそうじゃない」

 なるほど確かによっぽど幸せに生きていないとここまでなれないという意味ではまさに幸福を体現している。


「なぜこの子を手放そうと?」

 失礼な質問だったかもしれないが、聞かずにはいられなかった。

「そろそろアルカディアに行く決心がつきましてね。いろいろ身辺整理をしているところです」

 なるほど、とそれ以上追求しなかった。やがて僕も通るかもしれない道だったからだ。

「パートナーの方も……」

「ええ。自分の手で止めました」

 きっといつか僕も自身の手でミレディーのスイッチを切るのだろう。少し先か、あるいは遠い先か、でも通るであろう道、もしここを通らないなら、それはきっとミレディーがひとり残されるということだ。そのミレディーはというと、いつの間に用意していたか猫じゃらしのようなおもちゃで虎太郎と遊んでいた。


「気に入っていただけて幸いです。あの子でも問題なかったでしょうか?」

「寧ろ彼女がここまで気に入ってるのにやっぱりやめようかと言った日には彼女が家出しますよ」

 と、笑いあった。

 

 飼い主の方と承諾書を交わすと、最後の手続きを行った。それはレプリキャットから現在の飼い主の登録情報を消すことだ。

 手続きは簡単で、飼い主の声で猫にキーワードを語りかければいい。キーワードは飼い主が最初に設定するもので短すぎなければ何でもいいそうだ。飼い主の方は虎太郎を抱えていった。

「長いことありがとうなあ……これからも幸せにな」

 虎太郎は円な目でじっと飼い主の方を見ている。最後に飼い主の方がいった。

「行く先に幸ありますように」

 そうつぶやくと、虎太郎はすっと眠りについた。


 正直、あまりレプリキャットには関心がなかった。始めから人間に愛されるように造られている紛い物、猫のいいところだけ模倣した偽物、そんな印象しかなかった。

 だけどそういってしまえば横にいるミレディーもその類でしかなくなってしまう。単なる紛い物かというと絶対に違うとはっきりいえる。それに、レプリキャットでもその先の未来の幸福を確かに願われている。その気持まで紛い物と断じてしまうことは絶対にできなかった。


 必要な道具も一緒に頂いてから帰路についていた。といっても充電用のマットがあれば問題ないらしい。後は眠っている間に初期化用のキーワードを決めて置かなければならない。首の後を抑えたままキーワードを唱えるとキーワードが記録され目を覚まし、声の主を新しい飼い主と判断するそうだ。

「名前、どうする? このまま虎太郎と呼ぶ?」

 ミレディーは少し考えてからいった。

「ううん、新しい名前をつける」

 新しい幸福を願った飼い主の気持ちを汲んだのだろう。

「どうしようか、新しい名前」

「そうね……。バステトとかどう? すっごい貫禄あるじゃないこの子」

 名前まで貫禄ありすぎだった。ただでさえ威厳があるのに名前まで神様から拝借するともう手におえない気がするが……。

「あなたの行く先に幸ありますように」

 と、ミレディーがいうと、新しい家族は目を覚まし少し満足げに「ニャー」とだけ鳴いた。

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