笑の52 一年の終わりに



「とりあえず買い物でも行くか?」

「そうね、冷蔵庫の中身が心許ないし年越しそばも買わないと」

「泊まってく前提なんだな」

「あら?いやかしら?」

「いやって言うと思うか?」

「いいえ全く」


 こうして話ている限りでは、いままでの言葉と何ら変わりはない様に見える。

 部屋を出るとさり気なく手を繋ぎ指を絡めるのもいつも通りだ。

 俺の右手に僅かに指輪の感触が触れる。


 チラッと隣を歩く言葉の顔色を伺ってみても変化は見つけれない。

 どうも俺ひとり、あれこれと考えていたのかもしれないな。


 ぱらぱらとまた降りだした雪の中、傘をさして商店街へと足を運ぶ。

 俺の左肩に少しずつ雪が積もっていくがこれはほんの僅かな幸せの重みなのかもと思ったりもする。


 大晦日の商店街は普段より幾分忙しなく、行き交う人々もどこか急ぎ足に見えた。

 いつものスーパーは買物客で溢れていてその有様にちょっと驚いた。

「年末のスーパーってこんなんなんだな」

「ええ・・・ちょっと、何て言うのか・・・すごいわね」


 然程取り立てて買うものもないので年越しそばと天ぷらだけ買いスーパーを出て目的地もなく何となく商店街を歩く。


 屋根があるので傘をさす必要はなくなったが、言葉は変わらず俺に寄り添って歩いている。

 こうして2人で外に出かけると改めて感じるが、言葉は周りが振り返るような美人だ。

 初めて出逢った頃は美少女という感じだったが、最近では美人と言うほうがしっくりくるように思う。


 それはきっと少しづつではあるものの感情が備わってきた為に雰囲気が僅かに変化したせいだろう。


 周りから見ればそれは楽しそうに笑っているように見える顔も俺からすれば違って見える。



 なぁ言葉。お前ちゃんと笑えてるぞ。



 心の中ですり潰した言葉は今日も口を出ることなく俺の中で消化される。

 今はこの穏やかな時間を過ごしていたい。


 年末から年明けになると至る所に屋台が出ていて香ばしい香りが漂ってくる。


「何か食うか?」

「そうね、あまり濃いのじゃなければ」

 フランクフルトを二本に一皿の焼きそばを2人で半分こする。

 こういった公衆の面前でも言葉は変わらず俺に食べさせようと口元へと焼きそばを運ぶ。

 当然俺も気にせずそれを受け入れるのだが……周囲の、特に男性の視線が痛い程突き刺さる。


 仮に俺が反対の立場だったら殺意を覚えるくらいの仲睦まじさに見えるからな。


 ぐるりと商店街を一周する頃には雪も降り止み雲の隙間から僅かに夕焼けの空が顔を出していた。



「しかしまぁ年の瀬って街全体が忙しなく感じるよな」

 紅茶を手渡しながら呟く。

「あなたってたまにお年寄りみたいな言い方するわよね」

「そうか?」

「ええ、中々に興味深いわね」

 そりゃどうもと隣に腰掛ける。


 拳ひとつ分くらいの俺と言葉の間にある隙間は知らず知らずのうちに無くなる。

 どちらがどうとかではなくそれが自然であるかのように。


 テレビの中では年末恒例のお笑い番組をしていて今年よく見かけた芸人が次々にネタをしている。


「なぁこんな番組を見ても面白いとか思わないものなのか?」

「思わないわね、題材としてはある意味面白いとは思うけど」

「題材?」

「そう、例えば……」

 言葉はそう言って画面の中の芸人の動きを真似する。


「こうして、こう話せば相手におかしく伝わるとか。こういった顔の表情が楽しげに見えるとか……かしら」

「涙ぐましい努力だな」

「……いいじゃない、別に」

「くくくっ」

 俺の隣で芸人の真似をする言葉が意外で思わず笑ってしまう。

「そんなにおかしいかしら?」

「おかしいというか意外さが……」

 イマイチ俺が何故笑ったのかがわからないらしく首を傾げるがやはりわからないらしい。


 ひとしきりそんな時を過ごしふと時計を見ると12時すこし前。

「年越しそば作るわね」

「サンキューな」

 俺の部屋のキッチンも、最早使い慣れたもので言葉が使いやすいように配置も変えてあるから俺には何がどこにあるか既にわからない状態だ。


「おまたせ、間に合ったかしら?」

「あ〜、うん、あと……」

 と言いかけると「ゴーン、ゴーン」と鐘の音が聞こえる。

「あ……」

「ははは、明けましておめでとう。言葉」

「おめでとう。ミント」

 顔を見合わせて新年の挨拶をする。


 まさか入学当初はこうして言葉と新年を一緒に迎えるなんて夢にも思わなかったよな。

 言葉もそうだろう、自分が男の部屋で、なんて考えてもなかっただろう。


 箸をパチンと割り蕎麦をすする。


「なぁなんで割り箸なんだ?」

「だってお蕎麦とかって割り箸の方が食べやすくない?」

「ああ、なるほどな」

 ツルツル滑るからか。

 納得して除夜の鐘の音を聞きながら蕎麦を食べる。


「ねえ、ひとつ聞いてもいいかしら?」

 蕎麦を食べ終わり食後のコーヒーを──言葉はもちろん紅茶だけど──飲んでいると言葉が思い出したように俺に聞いてきた。

「うん?何だ?」

「私が言うのも変だけど、あなたは実家に帰ったりはしないのかしら?」

「あ〜、実家ね、そうだな。特に帰る必要もないし・・・多分うちの両親は留守だと思うしな」


 言葉の家のことを俺が知らないように言葉にも俺の実家の話はしたことがない。


「気になるか?」

「少しはね」

「大したことじゃない。うちの両親は、まぁ何て言うか、自由人でな」

「自由人?」

「ああ、俺にしろ弟にしろ振り回されっぱなしでさ」


 俺のあまりに自由すぎる両親について言葉に話すことになったのだが、さて何から話したものか・・・


 他人が聞けば笑い話にしかならないようなエピソードが山のようにあるからな。あの人達には。

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