好の53 初めての・・・・


 暖房を入れてはいるものの隣の言葉が少し寒そうにする。

「俺の家族の話は・・・まぁ寝ながら話すか?」

「そうね、少し冷えてきたしそうしましょう」


 俺から誘ったはいいが、何となく気恥ずかしい思いをしつつも言葉と共にベッドへと潜り込む。

 片肘をついて言葉の方を見て俺は話を始める。


 言葉は枕を二つに折って頭を乗せて聞く気十分の体制だ。


「そうだなぁ・・・俺の両親てのは・・・」


 俺の両親は共に元々はそれなりに大きな企業に勤めていたらしい。

 らしいというのは俺が物心ついた時には、もう今のような状態だったからで、向かいに住む祖父母に教えてもらった。


 現在の両親の職は大学の考古学者ということになっている。

 二人して世界中の遺跡を発掘して回っているのだ。所謂某ハリウッド映画のようなものなのだろう。

 両親が出会った馴れ初めや経緯は聞いてはいないが、どうせろくなもんじゃないと思っている。

 一年の大半を海外で過ごす為、必然的に俺と弟は祖父母の家に厄介になることが多くなり、産みの親と育ての親みたいな感じになってしまった。


「じゃあ今もどこかに行ってるの?」

「だと思うぞ、去年の正月はどこかの遺跡で迎えたって言ってたからな」

「それは・・・また個性的なご両親ね」

「個性というなら本当に個性的だと思うな」

 親はなくとも子は育つとはよく言ったもので、現に弟なんかは幼い頃は両親を見ても誰?って顔をしていたものだ。


 祖父の息子、つまり俺の父は企業に勤める傍ら趣味のように遺跡を見に行っていたそうだ。


 それが今では夫婦して行っているだけの話。


 やれベトナムだのやれ中国の奥地だのとあちこちを飛び回るバイタリティには頭が下がるが置いていかれる方の身にもなってほしいと以前は思っていた。


「あら?今はそうでもないの?」

「ん?ああ、そうだな。それくらい放任じゃないと、高1から一人暮らしなんて出来ないだろ?」

「そういうことね。納得だわ」


 行く先々から絵葉書を送ってくるので無事であることは間違いないのでその辺りは心配しないで済む。

 初めのうちは文句を言っていた祖父母も最近ではすっかりと諦めたらしく笑いながら両親の武勇伝を聞いていたりする。


「まぁこんな感じだな、うちの両親は。ん?」


 ひとしきり話し終えると隣の言葉は規則正しい寝息を立てていた。


「安心しすぎだぞ?お前」


 そんな言葉の寝顔にそう言ってそっとその綺麗な髪を撫でる。サラッと指の間を滑り落ちていく髪は絹糸のようでシーツの上へと流れていく。

「これが恋人同士なら、おやすみのキスとかするんだろうけどな」

 生憎とそんな間柄でもないから有り得ないのだが、俺としては・・・いや、やめとこう。

 あまり考えると寝れそうになくなるので俺は思考を停止させ目を閉じる。


 すぐ隣、手を伸ばすどころか少し寝返りを打つだけで触れてしまいそうなところに言葉の顔があると思うと中々寝付けない。


「う・・・うん・・・」


 と思っていると言葉はもそもそと俺にしがみついてくる。

 俺の身体に腕を絡ませて、くっついてくる。丁度顔の下あたりに言葉の頭がきて女の子特有の甘い香りが鼻腔をくすぐる。


「はぁ・・・まいったな・・・」


 時計の針が深夜3時を指す頃まで俺は眠ることが出来なかった。


 …………



 鼻先が何げにくすぐったい感じがして俺は重たい瞼を開ける。


「おはよ」

「・・・・お、おはよう?」

 目を覚まして見えたのは、息がかかるくらいに近い言葉の美しい顔だった。

「近すぎないか?お前」

「だって寒いし、仕方ないじゃない」

 俺にぴったりと寄り添うように身体を預けて眠たそうな目を向けてくる。

「暖房切れたのか?ああ、タイマーにしてたっけ?」

「そうよ、でも・・・私はこのままでいいわ」

 部屋の中はまだ薄暗く、多分朝日がまだ昇る前なのだろう。

 毛布から出た顔をひんやりとした空気が撫でていく。


「正月だな・・・」

「ええ、お正月ね」


「なぁ、言葉」

「ねぅ、ミント」


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 言いたいことは山のようにあるが、いざそう思うと案外出てこないもので。

 言葉も言葉で同じようで2人して黙り込んでしまった。

 するりと言葉の手が俺の手を求めて、繋ぎ、指を絡ませぎゅっと握りしめるとほんの少し身動ぎをして・・・


 そっと俺の唇に唇を重ねた。


 冷たい空気の中、そこだけがまるで別の生き物であるかのように温かさを感じる。


 それは決して情熱的なものなんかじゃなくて、寧ろただの簡潔な行為のようで。


 唇を重ねたまま、ジッと俺を見つめる言葉。


 そこは普通、目を閉じるんじゃないのか?そんなことを考えて何となくおかしくなってしまう。


「おかしかったかしら?」

 唇を離して言葉が言う。

「悪い、そんなんじゃなくて、普通さ、キスしてる時って目閉じないかって思ったらな」

「そういうものなの?」

「多分」

「適当ね?」

「何分初めてだからな」


 自分でも不思議なくらいに心は平らなもので、俺は繋いだ手を引き寄せてもう一度、今度は俺が言葉の唇を奪う。


「・・・・ん・・」


 さすがに二度目のキスの時は言葉も目を閉じていた。





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