触の51 触れたこころの行く末は



 何となくお互いが互いを意識してしまい、何とも居心地の悪い時間を過ごす俺と言葉。


 俺が言葉をこうして意識するのは今に始まったことではない為、若干の気恥ずかしさはあるもののどうにか出来るレベルだ。


 だが、言葉はそうもいかないのだろう。

 赤くなった言葉を見たのも始めてならこうして照れたように俺を見る言葉も始めてだ。


「大丈夫か?」

「ええ、多分・・・わからないわ」

「まぁ、その、な?タイミングがちょっとな?」

「まさか同じだなんて考えてもみなかったから」


 俺は自分の中指を見て肩をすくめる。

 正直なところ何を贈るか結構悩んだのだがこれといってピンとくるものがなかったってのもある。

 言葉は元々あまりこういった小物を着けないようで今も自分の中指をまじまじと見つめている。


 変わらず上気した肌が本来の白さも手伝って仄かな色気があり自分の鼓動がまた速くなるのを意識してしまう。


 やはりお互いが互いに変に意識してしまい先程のような沈黙が続く。


「あ、ありがとう。大事にするから」

 沈黙に耐えれなかったのか言葉が珍しく噛みつつも礼を言う。

「お、おう。俺も大切にさせてもらうよ」


 再び訪れる沈黙。


 ははは、なんだろうなぁ?これは。

 俺は自分の気持ちにはもう気がついているからどうしようもないのだが、言葉はどうなんだろうな?


 多分、初めて照れや恥ずかしいとか嬉しいといった感情が言葉の中で生まれ、それに対処出来ていないんだと思う。

 嬉しいと思ってくれることは、俺にしても非常に良かったと思える反面、このタイミングでって思ってしまったりもする。

 まぁなにはともあれ普段通りに戻るにはちょっと時間がかかりそうだ。


 結局、この日は夜までこんな調子で過ごし精神がガリガリと削られる結果となり同じく一日中どうしていいのかわからなかった言葉は晩御飯だけ作り素直に帰っていった。


「大晦日にお邪魔しにくるわね」


 と言い残して。



 12月31日

 世間一般的にいう大晦日。

 朝からパラパラと雪がちらつき寒さがより一層厳しくなってきたように感じる。


 白く曇った窓からは街の景色は見えないがどことなく街全体がそわそわしているようだ。

 あの日、大晦日にまた来ると言って帰ったきり言葉からの連絡はない。

 あいつはあいつなりに色々と考えているのだろう。


 ひとり何をするともなくソファに座り左手をかざして中指にぴったりと収まった指輪を眺める。

 よくもまあ、こんな偶然が起こるものだよな。


 暖房が効いた部屋は心地よく、うとうとしている間に俺はいつのまにか寝てしまっていた。



 ・・・・・・



「んん・・・?」

「あら?ようやくお目覚め?」

 何となく人の気配を感じ微睡みから抜け出した俺はいつものようにソファにもたれこちらを見ていた言葉と目が合う。


「なんだ、来てたなら起こしてくれてよかったんだぞ?」

「気持ちよさそうに寝てるし、私はあなたの寝顔を眺めるのは嫌いじゃないから」

「そう・・・か?」

「ええ」

 久しぶり──といっても何日かぶりだが、言葉の反応が今まで通りでちょっとホッとする。


「今何時なんだ?」

「3時半よ、いったいいつから寝てたの?」

「あ〜昼前くらいだと思うけど、たぶん」

「ホントよく寝るわよね、あなたは」

「寝る子は育つって言うからな」

 ソファの上で伸びをしてからふと窓を見ると。


「結構降ってるな」

「ええ、私が来るときはそれほどでもなかったけど。ちょっと前からかしらね」

 ベランダには薄っすらと雪が積もってはいるが向こうに見える空は徐々に陽射しが射してきている。


「この雪じゃ出掛けるって訳にもいかないな」

「そうね、もう少し止んでからでいいんじゃない?」

「何か買い物あるのか?」

「一応それなりには買ってきたんだけど、お蕎麦がね・・・」

 買い物袋が見当たらないところを見ると既に冷蔵庫にしまってあるのだろう。

 あとは部屋の片隅にそれなりの大きさの鞄がひとつ。

「結構な荷物だな」

「そうかしら?2、3日いるつもりだからあれくらいだと思うけど」

「三が日いるつもりなのか?お前」

「ダメかしら?」

「・・・いや、俺はいいけど・・・家の方は大丈夫なのか?」

 俺の問いに言葉は何も問題ないわよと答える。

 こちらとしても全然構わないのだが、大晦日から三が日まで留守にしても問題ない家の方が問題な気がする。


 ソファを背もたれにしてあれこれと他愛ない話をしていると外が次第に明るくなっていた。


「晴れてきたみたいね」

 ベランダへと通じる窓を開けて白い息をはき、穏やかな笑みを浮かべる言葉。


 たぶんこいつは気づいてないんだろうな。

 自分が少しずつ意識しないで笑えるようになってきていることに。

 そんな言葉にしばし見惚れ、俺は照れ隠しのようにキッチンへと温かい飲み物を淹れにいった。


「ほらよ」

「ありがと」

 ベランダに積もった雪を払い言葉に紅茶を渡し俺も並んで雪化粧を纏った街を眺める。


 つつつっと俺に寄り添って白い息をはきながら紅茶を飲む言葉。

 何となく行き場をなくした俺の左手が少しの間、宙を彷徨い・・・その細い肩に辿り着く。


「・・・寒くないか?」

「ええ・・・」

 言葉が一瞬だけビクッと身体を震わせたのは寒さなのか、それとも・・・


 俺と言葉は飲みかけの紅茶がすっかり冷めてしまうまでそうやって街を眺めた。

 その細い肩を抱く俺の手が言葉の心も少しくらいは抱きとめれたりしているのだろうか、なんて考えた俺だった。

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