幸の47 聖夜の始まりは
今年の初雪が降った日の翌日はあっという間に昨夜の雪を溶かしてしまうくらいの晴天だった。
俺が朝からバイトだったので言葉は朝早くに帰った。
結局あの後、帰ったら言葉はすぐに寝てしまったので色々と言いそびれた。
夕方までバイトをし部屋の下まで帰ってきて部屋を見上げてみると今日は明かりがついていなかったから来ない日なのだろう。
何となくひとりの部屋は広く感じられて、誰ともなく苦笑しさっさと寝ることにする。
「贅沢なんだろうな」
なんと言っても言葉は学校一の美少女だ。
まさかしょっちゅう俺の部屋に泊まっているなんて学校の連中はよく知る一部を除いて考えもしないだろう。
そもそも文系と理系では棟が違うから接点すらほとんどない。ミドリンやアリサみたいな例外を除いては、だが。
キッチンの水切りに置いてあった2つのコップを食器棚に片付けながらそんなことを考えて内心笑ってしまう。
さて、ベッドに寝転がって俺は小脇に置いてあった鞄から小さな包みを取り出してどうしたものかと眺める。
今日が21日、あと3日でクリスマスイブなわけだが、言葉と俺は一緒に過ごすだろう。
自惚れとかではなく、何というか・・・
自分でもよくわからないが、モヤッとしたざらっとした何とも言えない何かが胸の内にある。
「あいつ、喜ぶかな・・・」
俺としては言葉の喜ぶ顔が見たいと思っている。
嬉しいってことを感じられるようになってほしいと願っているし、それを俺が教えてあげれればとも思っている。
約束もあることだしな。
包みを鞄に戻して白い天井を見上げて、言葉の喜ぶ顔を想像してみる。
「泣きそうな気もするんだけどな」
思い浮かんだのが泣き笑いだったこともあり苦笑してしまった。
そんなことを考えながら俺はひとり眠りについた。
翌日、翌々日共にバイトだったせいもあり部屋とバイト先の往復で2日が終わってしまった。
クリスマスイブに休みをもらう時にバイト先の連中に散々冷やかされたのはご愛嬌だ。
ここ数日朝から晩まで働いたのでぐっすりと寝ていた俺は彼女が来たことにも気がつかないくらいだった。
昼過ぎに目を覚ました時には、言葉いつものようにベッドにもたれて雑誌を読んでいた。
「悪い、寝過ごしたわ」
「別にいいわよ、急ぐわけでもないから」
「そっか」
見慣れた無表情な言葉の顔を見て本当にそう思っているのがわかるから不思議なものだ。
「どこかに出かけるつもりもないんでしょ?」
「まぁそうだけどな、どうする?せっかくだしちょっと出るか?」
「せっかく?」
「ああ、ほら今日はクリスマスイブだろ」
「それもそうね、どこに行くのかしら?」
「どっか行きたいとこあるか?」
「そうね・・・」
言葉は少しだけ考えてから、あなたとならどこでもいいわよ。とこれまたいつも通りの返事をする。
その返事には少し、どきっとさせられる。
本人にはそんなつもりはないとは思うが。
「あ〜でも今からだとそんなに遠出は出来し近場だと学校のやつらに会うかもしれないな」
いざ出かけるとしても近場だとそんな危険もあるわけで、言葉のことだから離れて歩くとか絶対になさそうだしな。
「それもそうね、正直なところ私は別にかまわないと思ってるけど」
「普段なら俺もそんなに気にしないかもな」
「今日がクリスマスだから?」
「ああ」
クリスマスイブは恋人達にとっては一大イベントで、そんな日に言葉と仲良く出歩いているのが見られたらあっという間に噂になるのは明らかすぎる。
「ちょっとくらいなら大丈夫なんじゃない?」
「とりあえず帽子でも被っとくか」
「あなたが?」
「お前がだよ」
ただでさえ言葉は目立つ。普通にしているだけでも周りからの視線を集めてしまうのだから。
「いやよ」
「だろうな、そう言うと思ってたけど一応な」
結局俺が帽子を被りちょっと髪型をいじって、ぱっと見では印象が違う感じにして出かけることになった。
部屋を出て、駅前よりは混んでなさそうなストリートへと足を向ける。
「やっぱり結構人多いよな」
普段はそれほど多くない通りも流石に今日はカップルで中々に賑わっていた。
時刻は午後の3時を周り夜に向けてみんな街に繰り出しているのだろう。
街は煌びやかな飾り付けがされクリスマスソングが流れて、普段とは全く違う雰囲気だった。
店先ではサンタクロースに扮した売り子さんがビラを配っていたりショーウィンドウも華やかな感じで見ていても中々に楽しげだ。
「とりあえず何か食べてからにするか?」
「クリスマスだからチキンにする?」
すぐそこにある某チキン屋さんを指差して俺に尋ねる。
「一応クリスマス気分でも味わっておくか」
結構な人で賑わっている店に足を向ける。
店内も当然ながらクリスマス一色で俺と言葉はメニューを見ながら順番がくるのを待っていた。
一枚のメニューを2人で覗きこんでいる姿は、それこそ仲のいいカップルに見えることだろう。
実際周りにいる男性達からの視線は痛いものがあった。
注文をして二階に上がって席を探しちょうど窓際が空いたのでそこに陣取る。
「ふぅ」
「どうかしたの?」
「ん?ああ、お前と出歩くと周りの視線が・・・な」
もう慣れたけどな、と笑った俺。
こうして向かい合って話ているだけでもこちらをチラチラ見る輩は多い。
「あきらめてちょうだい」
「もうあきらめてるよ」
「なら、いいわ」
言葉は言葉で、我関せずを貫いているのでそんなことは気にならないし気にも止めないようだ。
これが俺と言葉、2人で過ごす初めてのクリスマスの始まりだった。
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