驚の2 柊言葉という存在
「よっと、ここが、最上階だな」
そこは展望台のようになっており街から海までが一望できた。
「これは・・・すごいな」
夕陽が海を紅く染めて街を包み込んでいるみたいだ。
「どう?綺麗でしょ?」
ふいに声をかけられ俺は驚いて振り向く。
「柊・・・言葉?」
展望台の端に座って街を見ていたのは忘れもしないあの柊言葉だった。
「あら?私を知っているの?どこかで会った?」
「あっ、いや。ほら新入生代表をしてたから」
「ああ、そうね。別にどうでもいいわ、あんなもの」
そう言って彼女は再び夕焼けの街に向き直る。
俺はそんな彼女の側で同じ景色を見ていた。
「ねぇ、あなた名前は?」
彼女が街を見つめたままで呟く。
「俺は一之瀬眠都。ミントでいい」
「ミント?変わった名前ね、私も人のことは言えないけど」
「お互いさまだな」
僕達は再び黙り込んで街を見つめる。
「ミント。ここから見る景色って綺麗なの?」
「は?綺麗だろ?何で?」
俺には彼女の言ってる意味がわからなかった。
「綺麗・・・それって何なのかしら?」
彼女は変わらず街を見つめていう。
「綺麗だ、美しい、感動した。・・・私にはわからない」
「どういうことだ?」
「私は・・・」
彼女はそう言って俺を見て、あの夏祭りの日に見たような笑顔でこう言った。
「私には、感情がないの」
「は?でも今笑ってるだろ?」
確かに彼女は笑っている。それも男なら誰しもが吸い込まれてしまいそうな飛切りの笑顔で。
「これはね、笑った顔を作っているの。嬉しそうな顔や嬉しそうな声を真似しているだけなの」
彼女は、笑顔のままで哀しそうに言った。
「どういう意味だ?」
「聞いたままよ。簡単に言えば喜怒哀楽、私には何もない。こんな景色を見ても美しいと感じることもないのよ」
「・・・・・」
それってまるで機械みたいじゃないか。この子は今まで楽しいことも哀しことも全部作った表情でこなしてきただけなのか?
「たとえば、そうたとえば。この細い手摺の上に乗って目を閉じる。きっと普通は怖いという感情があるからできないの」
そういうと彼女は、展望台の手摺の上に軽々と立った。
「おい!落ちたら死ぬぞ!」
「ええ、そうね。でもその恐怖さえも私にはわからない。何も感じない」
彼女はそうして目を閉じて両手を広げた。
まるで空に羽ばたこうとする天使のように。
「あぶない!!」
風が横薙ぎに吹いてバランスを崩しても彼女に一切の動揺はなかった。
俺は、咄嗟に彼女を抱きかかえて手摺からおろす。
「お前!死ぬ気か!」
だが彼女は俺の腕の中で、震えもせずにあの笑顔で言い放った。
「死ぬって何?」
「っ〜〜!」
俺は思わず彼女を強く抱きしめた。力を入れれば折れてしまいそうな華奢な身体。
「どうかした?」
「もういい。なら俺がお前に教えてやるよ。楽しいことも嬉しいことも。哀しいことや怒りだってな。絶対に教えてやる!!」
「ミント?あなたが?」
「ああ、絶対にだ。だからあんなことはするんじゃない!」
彼女は目を見開いて俺を見ていた。
「驚いた顔はこれであってる?」
「ああ、充分に驚いているように見える」
「そう。なら嬉しい顔もこれでいい?」
彼女のはまたあの笑顔で言う。
「ああ、嬉しそうに見えるな」
「ねぇミント。ほんとに私に教えてくれる?」
「ああ、約束する」
「・・・ありがとう。お願いするわ」
「礼は言えるんだな?」
「当たり前でしょ?気持ちはこもってないけれど」
彼女はやはりあの笑顔のままで続ける。
「それから・・・」
「まだ何かあるのか?」
「ちょっと苦しいから離してくれる?」
俺は、彼女を抱きしめたままだったことに今更ながら気づいて慌てて彼女を解放した。
「改めてよろしくね。ミント。私のことは言葉って呼んでくれていいわ」
「そっか、じゃ言葉。俺が絶対に教えてやるから楽しみにしていてくれ」
「ミント、あなた馬鹿なの?それがわからないから教えてくれるんでしょ?」
そう言って彼女は楽しそうな顔を作って嬉しそうな声を出して笑った。
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