第39話 鳥居
思えば冬の山に分け入ったことなど今まで滅多に無かった事に気づく、遊歩道やハイキングコースなどは落ち葉を踏み歩いた記憶はあるが本格的な登山となるとおそらく初めてだろう。
山はひっそりと静まり返り風の音だけが物寂しく聞こえてくる、そんな中で私達の立てる落ち葉を踏みしだく足音だけが賑やかに場を汚しているようでなんだか後ろめたい気分になる、ここでは私達は紛れ込んだ異物にすぎない。
中国地方の瀬戸内側に面した山間部なので流石にいくら奥深くても雪は無い、木々も緑の葉を付けているものも多く見られる、山は深いが標高がそんなにある訳ではないので気温もそんなに低く無いように思える、山歩きにより暖められた体にはちょうど良く感じられた。
ルートは山岳カメラマンの遺したルートマップに沿って辿ることとなる、几帳面な人物であったようで事細かにメモが添付されておりマップと言うよりは日記手記に近い形だ。こんな風に自身の痕跡を残し、後世の人々がそれを貴重な資料として活用する、それは意味のある人生だ。私は何かを残すことが出来るのだろうか、私、鳥迫月夜が存在した意義を後の人々にほんの少しでも感じてもらうことが、それとも、存在したこと自体が何の意味もなさ無い虚無に終わるのだろうか。まあそれはそれで潔い気もするのだけれど。
「 50年以上前の資料だが結構変わって無いものだな 」
「 人が殆ど入らないからだろ 人の手が入らなければ100年や200年如きじゃ何も変わらねぇよ 中国地方なんて山ばっかりだかんな 」
三刀小夜の言葉に鎌チョこと鎌丁政道が返す。
「 この辺は台風被害や大雨もそう無いだろうしな しかし意外に進軍し易くて少しばかり拍子抜けだな もっと厄介な道行きになるかと思ってたんだが 」
「 まあ昔は人が通ってたんだろうからな ただ用が無くなって人が近寄ら無くなっただけで難所というわけでも無いのだろう 」
小夜の言う通りカメラマンの記したルート上の足場は良く、( と言うか足場の良い場所をルートに選んだのだろうが )かつて、道として使われていたような痕跡も所々に見受けられる。
先ほど、タクシーの運転手さんが言っていたように進めば進むほどに山の色は深く濃くなっていくのが感じられる、この感覚は以前 鎮守の杜に踏み入った時に感じたものに似ているように思う、我々は既に異界の門を潜り抜けてしまったのたろうか。
「 ワン ワンワンワンワン ワン 」
「 アオ 久しぶりだな ヨシヨシ アオは相変わらず可愛いなぁ 」
「 ワンワンワン ワンワンワンワン 」
「 なんだコイツ 」
「 貴様 上官に向かって口の利き方も知らんのかアメ公野郎 」
「 ぶはぁっ 」
悠吏にじゃれついていた身長150㎝程の小柄なアサルトスーツ姿の女性のバックスピンキックがトーマの顔面を蹴り抜いた。
「 あっちゃぁ トーマ大丈夫 」
ここは瀬戸内に面した港町の一角にある人気のまったく無い空き地である。
草むらの中にぶっ飛んだトーマをありさが気遣う振りをする。
「 私があらがいの団ホーネット西部地区総隊長
背中までの髪を頸辺りで一括りに縛り、小さく整ったキリリとした顔立ちで涼しげな二重の瞳が印象的な女性が腕を組み名乗った。
「 アオは名前は違うがアカニャンの同じ年のお姉ちゃんなんだぜ 」
「 同じ年って双子なの 」
「 違う 母親が違うだけだ 」
「 でもアオ 前から気になってたんだがおまえアカニャンと誕生日同じだよな なんでお姉ちゃんなんだよ 」
「 ユウリ君 そんなの決まってるだろう 姉の方が偉いし得する事が多いからだよ 」
「 やっぱりそんな理由なんだ 」
「 ユウリ君と貴様らの事はアカからだいたい聞いている 鼠仔猫への潜入には私と2人の兵も同行する 6人の行動チームだ 後で2人は紹介する 」
「 アオ おまえ総隊長なんだろ 隊を離れていいのかよ 」
「 私などより優秀な人材は揃えてある 私がいなくても何の問題も無い 」
「 で 状況は 」
「 現在瀬戸内海には敵海上戦力の約5割が集結している こちらの海上戦力は旧海自の離叛組により編成された火力艦隊のみだ 敵戦力の1/10に満たない 」
「 厳しいな 」
トーマが顔を押さえながら話に参加する。
「 で隊長さんよ どうすんだ 」
「 ほう 私のソバットを喰らってもう起き上がるか なかなかタフだな 戦力にはなりそうだ で 海上戦力では太刀打ち出来んなら瀬戸内の地形を利用する 瀬戸内海を封鎖して火の海にし蒸し焼きにしてやる 化学燃料を積載したタンカーは既に配置済みだ 瞬間火力はユウリ君が準備してくれてると言うことだが 」
「 ああ 任せとけアオ 」
「 ならば全部隊を瀬戸大橋に進軍後大橋上からユウリ君の最大火力を叩き込む その後速やかに大橋は落とし四国側を征圧する 」
「 四国に籠城することになるわよ 」
「 我々の兵力では本州に留まってもジリジリ包囲されるだけだ 隊を分散させてのゲリラ戦もそろそろ限界なのだよ ここで一気に勝負に出るしか無い 敵は日本海側の艦隊配備を解くわけにはいかんからな その辺は近隣国と話しはつけてある 瀬戸内の艦隊さえ叩ければ四国は我が軍の重要拠点となるだろう 外海と繋がるんだからな 貴様らの国にとっても何かと都合がいいのではないかな 」
「 確かにそうね 沖縄から物資を調達するラインが確立するわね そうなれば武器と兵力は我々が支援出来る でも それなら瀬戸内で核を使用するという選択肢は無かったの 」
「 無いな この国でもし核が使用されれば即時大陸側から10数発の核が撃ち込まれる アカはいざとなれば核使用もと考えているようだが甘いのだよ それはこの国の消滅を意味する 岬さまはそこまでちゃんと考えておられる 」
「 渋谷と違って失敗は許されねぇ作戦だな 」
「 私は石黒ありさ こっちはトーマス冬馬グレース ありさとトーマでいいわ ここにいる間はあなたの指揮に従うわ 優秀そうな隊長さんであんし……ん……
「 ねぇねぇ ユウリ君ユウリ君 私 ちゃんと隊長さん出来てるかな すっっごく頑張ってるんだよ 」
「 おうアオ なかなか様になってるぞ アオワンコの成長に僕は涙が出そうだ 」
「 本当に じゃあ褒めて褒めて いっぱい褒めて 」
「 ヨシヨシ やっぱアオは可愛いなぁ 」
「 ワンワン ワンワンワンワン 」
青狛総隊長がユウリの周りをグルグル回りながらじゃれつく。
「 トーマ 余計な事言ったらまた回し蹴りを喰らうわよ 」
「 わッ わかってんよ 」
「 だいたいあんたもワンコキャラでしょ 一緒に遊んで来てもいいのよ 仲良くなるのも任務の内でしょ 」
「 バカ言うなリサ 俺はあんなじゃ無いだろ 」
「 あら そうかしら 」
「 ワン 」
入山して3時間ほど経過しただろうか、私達は目的の場所にようやく到着した。
そこは地面からはゴツゴツした岩が至る所に隆起しており、その間に奇妙に曲がりくねった年老いた樹木がにょきにょきと茂り岩肌にもむき出しの根がびっちりはり付いている。岩の表面は所々赤茶けていてまるで血で汚されたかのような有様である。
鳥居はその中にひっそりと佇んでいた。
「 なんだこりゃ 根をはってやがる 生きた樹木をそのまま鳥居にしてるのか 」
鎌チョが鳥居の根元にしゃがんで興味深げに観察する。
「 だろうな もしくわ鳥居が根をはったのか しかし相当古いぞこれは 所々石化しているじゃないか 」
小夜も鳥居をまじまじと観察する。
鳥居は、いや違う、鳥居らしきものは高さ3mほどで表面は石か木材か見分けがつかない、色は地面の岩同様 灰色だったり黒色だったりで所々赤茶けた染みが広がっている。そしてそれは一般的な鳥居の形状では無く、バランスが狂っていて何かが足りなくて何かが多い気がする。
それは5m間隔ほどに急な登り斜面へと連なっていた。
「 ツク何も感じないか 」
「 サヤさん 何も感じないと言えば嘘になります でもここで引き返したら恐らく此処には2度と辿り着けないでしょう 」
「 進むしかねぇな 」
「 ユキ君 頼りにしてるぞ 」
「 任せなさい 神様だろうが女殺しだろうがまとめて叩き斬ってやるわ 」
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