第38話 鳥追い祀り


 私、鳥迫月夜とりさこつくよ三刀小夜みとうさや 鎌丁政道かまひのとまさみち八島やしまユキの計4名は中国地方の山間の民宿にいた。

 つい先程まで悠吏とトーマとありさも一緒だったのだが彼らは瀬戸内の小島である鼠仔猫島そこねじまへと旅立って行った。渋谷特区から戻った悠吏は顔の左側に眼を通過する大きな傷を作っていて、皆んなを驚かせたが本人が言う通り深い傷では無く眼も大丈夫だったのでとりあえず安心はしたが、傷が残らなければよいのだが。

 東京からの移動は政府軍による検問が厳しく、事前にホーネットが確保してある一般道による検問を避けるルートでの移動を強いられた為2日間を要する事となった。

「 流石にここまで来ると以前の平和な日本と何ら変わらんのだな 」

「 それでも日に一回は駐在が宿泊客のチェックに来るらしいぞ 」

 小夜の言葉に鎌チョ( 鎌丁 )が返す。

 本来なら現在、指定された区域( 私達なら東京都A区域となる )から移動する場合は許可を申請しないといけない、が、そんなものいちいち申請していたのでは仕事にならないし役所もパンクしてしまう。そこで業種別にあらかじめ許可証が発行されているのだ。私達は出版社である百目堂書房ひゃくめどうしょぼうの許可証を持っている。取材での長距離移動の場合は届け出が必要とされてはいるが検問さえ通らなければ問題はない。

「 駐在か こんな片田舎の駐在がどの程度仕事熱心なのかが問題だな まあ形だけの見廻りだとは思うが我々の事を問い合わされたらまずいな 」

「 ホーネットに偽造してもらって家族旅行にした方が良かったんじゃねぇか 」

「 ちょっと待て鎌チョ それは私と鎌チョが夫婦でツクとユキ君が私らの娘という設定なのか 」

「 見た目的にはおかしかねぇだろ 」

「 いやいやおかしいだろ鎌チョ 」

「 ママ おかしくないわよ だって私の母親はママより年下のはずよ 」

「 なっ ユキ君 現実的な事を突きつけるのはヤメてくれ あと お姉ちゃんと呼んでくれまいか 三姉妹と言う設定はどうだ 」

「 そっちのが無理があんだろ三刀 」

「 まあまあ もう宿泊名簿にオカルト誌の取材って書いちゃったんですから 」

「 だな まあ百目奇譚の名前出せば駐在も顔パスできるだろ 」

 鎌チョの言う通り百目奇譚ひゃくめきたんはオカルト誌としては有名なのだ。買った事が無くて読んだ事も無くても大抵の人はその名を知っているメジャーなオカルト誌なのである。買った事も読んだ事も無いのに知っているなんて百目奇譚自体が都市伝説的な存在なのもどうかと思うのだけれども。

「 で これからの予定はどうなっているの 小夜さん 」

 民宿の畳の部屋で足を伸ばしジャージ姿のユキがくつろいだ様子で小夜に聞く。ユキは流石にセーラー服は着ていない、が、セーラー服は彼女にとって戦闘服でもあるらしくバッグの中に入っているそうだ。刀は何やら細長い物用の専用移動ケースに仕舞われている。本来、何用のケースなのだろうか、大きな図面とか写真用なんだろうか、たまに電車などで担いでいる人を目にした記憶がある。まさか皆んな刀を持ち歩いているわけ無いのだが、もしかしたら何人かはユキの様に刀を忍ばせていたりするんだろうか。

「 明日の日の出から山に入る予定だよユキ君 」

「 場所はわかってるの 」

「 ああ ここから車で3時間 それから登山になる おそらく4時間くらいは登らにゃならんだろう 今日はゆっくり休んでおいてくれ 車は民宿の人にタクシーを頼んである 」

「 よく場所が特定出来たわね 手掛かりは一枚の古い写真だけだったんでしょ 」

「 ああ ただ写っていた鳥居が特徴的だったんだ それが画像検索にヒットした 昭和中期に山岳カメラマンが撮った写真があったんだよ 鳥居さえ見つければ何とかなるだろう 山崩れなどで地形が変わってなければいいんだがな 」

「 ツクさん ツクヨブレイドの調子はどう 」

 ユキがツクヨブレイドと呼ぶのは例の葛籠の中にあった金属の事である、ユキのネーミングセンスはいかがなものかと思うが他に良い呼び名も思いつかないのでなんとなく受け入れてしまっている。今は悠吏が作った葛籠を編み込んだ移動用の袋に入れて持ち歩くのもなんかかさばるので体に装着させてある。岬七星みさきななせに教わり初めて装着した時とはまた形状が若干変化して手首足首にブレスレットのように装着されている、そこから金属と言うよりまるっきり布のようなピンク色のリボン状のモノでウエストを中心に体をぐるぐるとサポーターのように巻き付いて繋がっているのだ、首の蝶ネクタイみたいなチョーカーがめっちゃ恥ずかしいんすけど。

「 調子って言われても 何も着けてない感じよ 」

「 服の下はどうなってるの 私の予想じゃ とんでもなくエロいことになってると思うんだけど 」

「 私も気になっていたんだ どうなってるツク 」

「 はぁ 何言ってるのかなぁ 2人とも 」

「 ロボはツクさんの潜在意識が反射してるって言ってたわ それがツクさんの本当の姿なのよ さあ 服を脱いでありのままのツクさんを見せて頂戴 」

「 いやいや 意味わかんない そりゃ服脱いでスッポンポンで装着したら痴女みたいでエロいに決まってるじゃん 絶対に見せないからね 死んでも見せないよ もしこっそり見たら末代まで祟ってやるもん 」

「 ユキ君 こりゃ相当凄い事になってるみたいだ もうそっとしといてやろう 」

「 残念だわ しばらくは想像だけで我慢することにするわ 」

 それから翌日の打ち合わせを軽く行い、その日は早めに就寝する、鎌丁は流石に別室だが私達女性組は畳に布団を敷き枕を並べることになる。人生で畳の上に布団を敷いて寝た事など数える程しか無く何か落ち着かない、やはり視線が低く部屋の地面にあるのが一番の原因に思える。1人で寝ているならさほど感じないのだろうが人と一緒だと誰かがトイレに立ったら足首が目線を通過することになる、と言うか、足首しか見えない、そして耳と同じ高さで畳を踏む音が聞こえる、それは本当に小夜かユキの足なのだろうか、本当は違うモノの足なんじゃないのか。なんてちょっと怖い事を考えていたら、いつの間にか眠ってしまったようだ。ユキは相変わらず下着一丁で寝たらしく寝相が心配だったのだがかろうじて大丈夫であった、が、起きて隣に寝てるユキの方を見ると枕に小さな足がちょこんと乗っていたのにはしばらく理解が着いて行けなかった。小夜は「 それは妖怪まくら返しの仕業だよ 」と言うがひっくり返ったのは枕じゃなくってユキの方だから違うと思う。どういう風に反転したのかが気になる所ではある。

 まだ日が昇る前に朝食を済ませ薄暗い中を出発した。民宿の人が手配してくれたタクシーは既に待っていてくれた。

「 オカルト雑誌の記者さんなんですって 」

 タクシーの運転手さんが山道を慣れた様子で車を走らせながら興味津々に聞いてくる。

「 はい こんな時世にオカルト誌じゃないだろう と怒られそうですが私らも生きていかねばなりませんから 」

 小夜が答える。

「 そりゃそうですよ こんな時代だからこそ娯楽は必要ですよ 東京から来たんでしょ あっちはどうなんです 本当にドンパチやってるんです こっちじゃ関西辺りはかなりきな臭くなって来たって聞きますけど私らにはイマイチピンと来ないんですよ 」

「 つい先日 渋谷が反政府軍の手に落ちましたよ 」

「 やっぱり本当なんですね じゃあ反政府軍が核兵器を持っているってのも本当なんですか 」

「 それは流石に私らには分かりませんよ ただ やはり政府軍が攻勢に出られないのはそのせいだと言われてますね 」

「 東京の人たちはどうやって生活してるんです 」

「 ほとんどの人達は以前と変わらないですよ まあ不自由な事は多いですがどうしようもないですからね 」

「 そうですよね ところでこんな山奥に何の取材なんです 」

「 鳥居を探してるんですよ 山中にある 運転手さんは何か聞いた事ないですか 」

「 鳥居ねぇ 私はね この下の町って言うか村って言うか集落の出身なんですけどね 子供の頃にね 近所のガキたちとクワガタを採りに行って山の奥で迷ったって言うか遭難しちゃったんですよ 進めば進むほど山の色って言うか瘴気が濃くなっていくのがわかるんです 当時小学4年生の悪ガキ3人組だったんですけどね みんな無言になっていって 早朝に山に入ったのにもう暗くなりかけている 日頃ガキ大将的なヤツまで半ベソをかいている これは流石にマズいぞと思いました その時に鳥居らしきものを見つけました 」

 思わぬところからとんでもない話が出て来たのには私達も息を呑んでしまった。

「 鳥居を見たんですか 」

 小夜がタクシー運転手に緊張気味に問う。

「 はい 本来なら人工物を発見したんだからホッとするはずなんですけど それはそんな代物じゃあなかった 怖いんですよ とにかく怖いんです 子供ながらに感じました これは人間が作ったものじゃないってね 鳥居は急な斜面を上へと連なってました そして上から何かが降りてくる気配がして 私らは顔面蒼白になりました そして誰が言うでもなく揃ってその場から逃げ出しました 結局日が暮れて身動きが取れなくなって3人で泣いているところを深夜に捜索隊に救助されました お恥ずかしい話ですが全国ニュースにもなって結構騒がれたんですよ 」

「 失礼ですがどれくらい前の話なんですか 」

「 もう50年以上前の話しですよ 」

「 それで その鳥居はいったい何だったのですか 」

「 当時 私らが鳥居を見たなんて話には誰も興味は示さなかったですからね ただその話を100歳近いうちのばあちゃんに話したら( それは鳥殺し様の祠の鳥居じゃよ )と言っていました 」

「 鳥殺し様の祠 そう言ったのですね 」

「 はい 語感が強烈ですからね 間違い無いですよ ばあちゃんも子供の頃に年寄りから昔話として聞いたそうで 」

「 その昔話というのは今でも村に伝わっているのですか 」

「 いえいえ 当時でもそんな話を知ってるのは うちのばあちゃんくらいのものでしたからね 一緒に遭難した2人ですら鳥居の事なんて今じゃほとんど覚えて無いですよ 」

「 それはどんな話だったか覚えてませんか 」

「 私も10歳くらいでしたからね ばあちゃんは次の年に死にましたし ただ 14年だかに一度 鳥追い祀りという祭りがあって村の若い生娘を生贄として鳥殺し様の祠に連れて行ったって件りはなんとなく覚えてますよ 」

「 トリオイマツリ……

 小夜が言葉を詰まらせた。

 鳥殺しと言うインパクトのあるワードが出て来た時点で嫌な予感はあったのだが、まさか鳥追いが出て来るとは、私の苗字の鳥迫は改名したもので本当は鳥追が正しいのである、私の祖母まではトリオイ姓を名乗っていたのだ。

「 いやぁ 貴重な話が伺えてとてもありがたいです ちなみに今村に鳥の字が付く名前の方はいらっしゃるかわかりませんか 」

「 それなら 鳥頭切ちょうずきりさんかなぁ 他はあまり覚えがないですねぇ 」

「 どのような方なのです 」

「 昔は村を仕切っていた庄屋様だったらしいですよ 今は単なるお金持ちですよ 村の有力者であることに変わりは無いですがね ところで鳥居の場所はわかるんですか 私自身一度きり偶然見ただけだし他に鳥居の話なんて誰からも聞いたことありませんし どうやって調べたんです 」

「 昔 山岳カメラマンが撮った写真に写っていたんですよ 山奥にある謎の鳥居 ネタになるかと思いましてね カメラマンと同じルートを辿れば行き着くはずなんですが 」

「 流石プロのオカルト記者さんですね 写真から見つけたんですか もうすぐ到着しますよ 山は深いですから気を付けてくださいね 帰りは連絡を受け次第直ぐに迎えに来ますんで 」

「 はい よろしくお願いします 」

 私達は何も無い山道でタクシーから降り運転手さんと別れた。

「 サヤさん どう思います トリオイが出て来ましたよ 」

 私は小夜に気になった事を聞いてみた。

「 ああ まさかの展開だな じいさんの話しに気を取られすぎてたがそもそも鳥迫 いや鳥追の家系と何らかの関係があるのが濃紺になってきたぞ 」

「 でも会長の話にはそんなことまったく出て来なかったんだろ 偶然の因縁話にしちゃ出来過ぎてるがな 慎重さに欠いたな三刀 本来 葛籠の回収よりこっちの調査を先にやるべきだった 」

「 うぅっ すまん私のミスだ 鎌チョの言う通りだ 甘く見過ぎてたのとツクのこととで冷静な判断が出来ていなかったようだ だいたい鎌チョがいてくれないからだぞ 私が頼れるのはおまえくらいしかいないんだからな 」

「 やっぱ海乃じゃまだまだか 悪かった三刀 でだ 本来ならまず怪しい首チョンパに話しを聞きたいとこだがここまで来たんだ 鳥居の確認は済ませておこう たださっきの運転手の話のように もし少しでも妖しい気配を感じたなら即時撤退だ 別に逃げるものじゃないしな 焦る必要も無いだろう その時は外堀から埋めていけばいい 」

「 やっぱりその首チョンパ……じゃなくって鳥頭切さんって関係あるんですか 鎌チョ 」

「 今はどうか知らんが昔はあったはずだ 鳥追いに鳥狩りに鳥殺しに鳥頭切り どんだけ鳥に恨みを抱いてんだよ 」

「 鳥殺し信仰と言ったところか 鳥殺しを神様とするならそれぞれの一族が役割りを担っていたのだろう 名前通り素直に解釈して良さそうだな 月㮈さんの一族は鳥追いの一族なんだろう そしてじいさんは鳥狩りの一族だった そしてツクは鳥追いと鳥狩りの血を引く者だ 鳥追い祀りというからには鳥追いの一族が中心的存在なのかもしれんな 問題はその鳥とは何なのかだな 鎌チョ どう思う 」

「 運転手のばあさんの話じゃ少女の生贄を捧げてたらしいからな ただ本来の鳥追いは農作物の害獣を祓う年初の行事だよな やはり農家の害獣である一般的な鳥とは違う鳥を指してるんじゃないのか 」

「 祠に行ったら何かわかるかもしれないわよ とにかく出発しましょ 」

 ユキの一言にオカルト記者モードに突入していた小夜と鎌チョが我に返り頷いた。

 そして、私達一行は深い山に沈んでいったのだ。

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