第37話 龍の社


 突っ込み 剣を振り下ろす悠吏に対して、2人の宮司姿の男らはしなやかにひらりと身を躱し剣を繰り出す。悠吏の力強く鋭い剣に対し2人の剣はまるで舞でも舞っているような柔らかな剣である。

右禰うね 気を付けいや 只者やないで 」

左宜さぎ わあっとる けものくそうてしゃあないわ 」

 悠吏の両サイドに回り込み、両者がクルリと逆回転に舞を舞う。キンっと火花を散らし旋回する2つの刃をなんとか躱す、と、同時に真横に剣を払い反撃に出るが2人は板張りの上を音も立てずに小さな歩幅で動き回り捕らえきれない。更に悠吏を取り囲み舞の剣技を繰り出していく、悠吏も負けじと此れを躱しながら切っ先を繰り出す。

 側から見れば、3人の様子は ぱっと見時代劇や舞台などで行われる念密に計算された動きにより交わされる殺陣のように見え、僅かな狂いもなく見応えのある剣劇が続いていく。が、逆に言えば、もし一分でも狂いが生じれば たちまち誰か1人が床へ伏す事となるであろう。

「 なんでや 2対1やのにコイツ乱れへんのや 」

「 まさか今の時代にこんだけ剣が使えるヤツがおるとはな そやけどジリ貧やで ウチらのニノ舞に死角はあらへんのや ゆっくり削ぎ落としちゃる 」

「 海乃君 時間は 」

「 あと5分ですユウリさん 」

「 狐ブラザーズ 悪いが時間が無いみたいだ 貴様らとのお遊びはここまでだ なかなか楽しかったよ 」

 そう言うと悠吏は板張りを大きくダンと片足で踏み鳴らした。瞬間、辺りの空気が一変する。

「 此奴 結界を解きおった あかん 左宜 逃げい 」

「 遅い 」

 悠吏が左宜と呼ばれた男に獰猛に襲いかかる、それまで直線的だった悠吏の切っ先は今は弓形ゆみなりの弧を描きヒュンヒュン音を立て乱れ舞っていく。左宜はかろうじて火花を散らしながら剣で受けるが あっと言う間に壁際まで押し込まれた。

「 ぐがぁぁ たんまたんま どないしょ 右禰 」

「 やめぇぇぇ 」

 右禰が2人の間に割って入る。が

 斬。

「 どぅわぁぁ 」

「 右禰 」

 右禰が床へと崩れ落ちた。

「 おどれがぁぁ ようも右禰を フゥゥゥッ 」

 左宜の顔が見る見るけものじみた顔へと変容して禍々しいモノが全身から溢れ出す。

「 ちッ こっちを残したのは失敗か 時間が無い どうする 」

 左宜が太刀を振り上げ空いた手は地に着き3足でしなやかに悠吏に突進する。

 ガコン。と鈍い音を立て刀の峰の部分に肘を当て両手で左宜の片手の斬撃を悠吏は受ける。が、押されて後方にずり下がる。

「 ぐぅぅ 」

「 死ねいや 」

 刀を押し付けられ両手が塞がった状態の悠吏に左宜の空いた右腕が下から振り上げられた。

「 だぁッ 」

 悠吏の顎から眉の辺りまでが爪で切り裂かれた。

「 ユウリさん 」

 堪らず海乃が声を上げる。

「 大丈夫だ 問題無い 」

 そう言って手を振り上げた事により ガラ空きになった左宜の右脇腹に膝を叩き込んだ。

「 がぁはぁ 」

 白目を剥いて後ずさる左宜に斬撃を振り下ろす。

「 レイ 起きろ 出撃だ 」

 悠吏の叫びが社に響き渡ると同時に前方の襖がバタバタと幾重にも押し開かれていく。


 た……い……ちょ……


 鈴の音のような少女の声がした。


「 命令だ 前方帝国軍を焼き払え 」


 りょ……う……か……い……


 開け放たれた襖の最深部に1人の巫女姿の15歳位の少女が立っていた。

「 んなバカな お星様がお目覚めに 」

 床に伏していた右禰が首を持ち上げて目を見張った。


 少女の閉じられた瞳がそっと開かれる。





 夜空に一筋の炎が一匹の龍のようにうねりながら駆け登る、その瞬間に低く雲が垂れ込めて雲の中で何かが妖しく蠢いた。そして空から無数のいかづちが地を撃った。




「 やったわね悠吏君 全軍進軍せよ 一気に敵を征圧するぞ 」

 岬七星の号令と共にあらがいの団ホーネット軍が進行を開始する。




「 何が起きた 」

 政府軍旧渋谷特区前司令部のテントの下で司令官が唖然とした表情で口走る。

「 無数の落雷により機器類に重大な損傷を受けました 炎も上がってます 各隊との通信は全て不通です ホーネット 進軍して来ます 」

「 規模は渋谷大火炎の1/1000といったとこか まあ寝起きでは無理もあるまい 」

「 長官 何をおっしゃっているのですか 」

「 谷口司令官 降伏したまえ 渋谷をホーネットに明け渡すのだ 」

 長官なる人物が司令官に銃を突きつけた。

「 レッドに操られているのか 」

「 違うな 国民の為の最良の選択だ 国神などにこの国の未来を委ねるべきではないのだよ この国は民主主義国家であることを忘れるな谷口 民意無き政治に何の意味がある 目を覚ませ 」





「 隊長 」

 前髪を切り揃えパッチリとした瞳が印象的な巫女姿の少女が悠吏に駆け寄り飛びついた。

「 うわぁ 零 よせよ 」

「 怪我してます 大丈夫ですか 」

「 かすり傷だよ 心配無い それより何でそんな姿なんだ お前最期は90歳超えてたはずだろ 」

 少女は悠吏に抱きついたまま不思議そうな顔をする。

「 お星様はうつし世の毒に侵されすぎた 故に我ら右禰 左宜により清めておったんや 今のお星様は15といったとこか 本来なら10歳位まで清めなあかんのに 」

 右禰がヨロヨロと立ち上がり改めて少女に向き跪いた。

「 左宜 いつ迄寝ちょるんや お星様の御前やぞ しゃんとせい 」

「 わぁっとる が 体が動かへんのや どっかちょん切れちょる気がする おい そこのパーマ 手ぇ貸してくれへんか 」

 ためらいながらも海乃が左宜に手を貸して体を起こす。どこもちょん切れては無いようだ。

「 峰打ちだろ 大袈裟なヤツらだなぁ 」

「 ならもうちょい手加減せいや 右禰なんか死んでもうたち思うたやんか 」

「 あれしきで死ぬかアホ 」

 海乃の手を貸り左宜もようやく少女に跪いた。

「 お星様 お初にお目にかかります 我ら右禰 左宜と申す者にございます ここ平成龍ノ宮神社にて宮を司る者にあります 」

「 お前ら国神の配下と違うのか 」

 悠吏が2人に問う。

「 アホぬかせ まあウチらをここに押し込めたんは国神のどアホやけどな やが今のウチらの主人はお星様ただ一人や 呪いでも何でもあらへん お星様がウチらの宿星なんや それよりおまん何者なんや 何でお星様とそんなくっついちょるんや 離れんか 」

「 おい零 離れろよ なんか恥ずかしいだろ 」

「 いやです やっと隊長が来てくれました もう離れません 何でも命令して下さい 」

「 おいキツネーズ なんか性格違うくね 僕の知るこの頃の零はもっと内気でお淑やかな女の子だったぞ 」

「 言うたやろ うつし世の毒を脱いちょるっち 今のお星様の言葉が本心や おまんが知っちょるお星様はうつし世に本心を隠した女の子や ほんま乙女心がわからんやっちゃなぁ 」

「 あのなぁ 何でお前らにンな事言われにゃならんのだ 」

「 そいでおまん誰なんや 」

「 戦時中 零の所属する第0特殊機密兵隊を率いていた左々原悠吏だ 」

「 おいおい そんなもんが生きちょるなんち聞いてへんで ササハラ言うたらあの左の左原か 負けたから無かった事にされちょるが先の大戦の英雄やんけ 」

「 ウチとおんなじサウスポーな時点で嫌な予感はしたんや やっぱ左の名を持つ者やったか で その姿 呪われちょるんか 」

「 まあそんなとこだ 」

「 堕ち星の太刀と壺が欲しい言いよったなぁ 国神か 」

「 ああ 別にあんなヤツどうでもいいんだが色々あってな 」

「 隊長 国神様を討つのですか それならゼロも出撃します 」

「 あきまへん お星様 お星様はもう現世のことわりから外れた存在 この社から出る事は出来しまへん 」

「 いやです 隊長が出撃するなら共に戦います 隊長は意外にへっぽこだからゼロがついてなきゃダメなんです 」

「 零 何気にディスってない 凹むんだけど 」

「 お星様 それは無理なんです もしここを出たら祟り神になられてしまわれる そしたら自我を失いこの国は火の海や どうか聞き分けておくれやし 」

「 零 命令だ 零はここに待機 僕の帰りを待て 隊長命令が聞けんのか 」

「 ぶぅぅぅっ わかりました 命令に従います 」




 2本の刀を手にした悠吏と壺を両脇に抱えた海乃が社から出て来た。

「 うまくいったみたいね 怪我してるじゃない 大丈夫 なかなか出て来ないから死んだと思ったじゃない 」

 マシンガンを抱えたありさが声をかける。

「 なんだよありさ 心配してくれてたんだ で 状況は 」

「 はっ あんたの心配なんてするわけないでしょ バカ ホーネットがほぼ征圧したらしいわ 敵の司令部も降伏したそうよ 」

「 ンじゃ帰りますか 鎌チョお疲れ なんか老け込んだよね 」

「 うるせぇ 年長者だぞ お前らもっと労われよ それより海乃 何で泣いてんだ 」

「 だってゼロ様が もう感動っス 」





「 ええんか右禰 行かせてもうて 」

「 しゃあないやろ左宜 こんで かつての国神の右と左が揃うたわけや おもろいやんけ 見ものやぞ お星様がこげん早ようお目覚めになられたのは想定外すぎやがな まあ童の神さんにお仕えするより美少女の神さんにお仕えするほがお仕えしがいがあるっちいうもんやろ 」

「 その点は右に同じやな 国神の思い通りになんのもなんか癪やしな 」

「 ヤツがしくじった時は覚悟しときいや ウチらでお星様をお守りするで 」

「 わあっとる ハナっからそんつもりや 国神ごとき八つ裂きにしてくれる 」

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