第33話 亡霊
「 アカニャン 僕はしばらくこの国を離れていて状況をよく理解出来てないんだ 少し質問してもいいか 」
「 いいですよ 」
旧都庁ビルの地下の一室に移動して席に着いた。上階では人はあまり目にすることは無かったが1階から地下は沢山の人がわさわさしている。兵士の姿で武器を手にした者、何かを搬入する作業服姿の者、スーツや普段着の者、医療関係とわかる出で立ちの者、みな強制されてここに居る訳ではないはずだ。自分の意思でこの戦場にとどまっているのだ。私にはそれは意外な事である、この国に自分も含めそのような人間は存在しないと思っていたからだ。自分の意思で何かにあらがう人間なぞこの国には。
「 まず どうしてこれだけの戦力で国の軍隊を相手に闘えている 」
悠吏が紅音古に問う。私も意識が戻ってからある程度の知識は仕入れたつもりだが、正直 理解が追いついていない。ここは悠吏と一緒にお勉強だ。
「 私たちがやっていることは戦争で 彼らがやってることは鎮圧だからですよ 政府軍の兵士たちは戸惑っています 自国民と戦争してもいいのかと なのに我々は本気で戦争してます 腰が引けてるのは彼らの方なんですよ この国はあまりにも平和過ぎた その代償です 」
「 でもそれは反政府軍のみなさんも同じじゃないですか 」
この際 私もガツガツ聞いていこう。
「 はい同じです ただ違うところもある 」
「 岬七星というカリスマ的道標か 」
「 そうです 指揮官に迷いが無ければ従う者も迷わず着いて行けます 命さえ大した問題でなくなる 」
「 それは敵の命ですか それとも自身や仲間の命ですか 」
「 両方です 今の我々は昆虫の群体と同じです 守るべきは個ではなく群なのです それは例えヘッドである岬さまでも同じなのです その先にある真なる解放の為に 」
「 解放ねぇ まあ群を束ねるには大義は必要だかんな 」
「 はい大義です そんなこと本気で考えてる人はそんなにいませんよ みんな本当は違う何かがあるんでしょう 」
「 アカの本当は何なんだ 」
「 僕は七星さんを守りたい 」
「 安心したよ やっぱアカニャンで 」
「 その呼び方は止めてください 」
「 で 実際の戦況は 」
「 さっきも岬さまが言ってましたが新宿に押し込まれた形です もし政府軍が殲滅戦に移行したらひとたまりもないでしょうね ただそれも簡単には出来ないのが現状です 一つはそこまでやると国民の不満が爆発する可能性がある 一つは我々が核を持っている 一つは時間稼ぎには逆に好都合である この三つが膠着状態を生み出してます 」
「 時間稼ぎって何の時間稼ぎなんですか アカニャンさん 」
まずい 悠吏につられてアカニャンと呼んでしまったではないか、本人は嫌がってるようなのに。
「 政府にとって国の安定化はさほど重要な案件ではないようなのです 」
「 他に大切なことがあって その為には時間が必要ってことですか 」
「 はい どうやらそのようなのです だからそちらを潰さなければなりません ただ岬さま指揮する本隊はここを動くわけにはいきません そこでユウリさんに手伝ってもらいたい ユウリさんなら特殊行動にはうってつけだ もちろんそちらの工作員のお二方もね 」
「 それはどういう作戦なの 」
話しが本題に入ったようなのでありさが会話に加わった。
「 瀬戸内の島で何やらやっているようなのです かなり大規模なことらしいのですが 島という地形が邪魔して掴めないのです 」
なんか引っかかる。瀬戸内と言えば。
「 なんて島なの 」
「
やっぱりだ。小夜を見ると同じく困った顔をした。
「 ソコネって何か聞き覚えがあるようなないような 」
「 店長 鼠仔猫饅頭お土産に渡したじゃないですか 」
「 あっ そッか あのあんまし美味しくなかったやつ 」
「 もうお土産買いません 」
「 ってことは月夜君 その島に行ったんだよね 」
「 はい サヤさんと取材に行きました 」
「 その話 詳しく聞かせてもらえませんか 」
紅音古の目の色が変わった。当然だ、思わぬ所から貴重な情報が転がり出てきたのだ。
私と小夜は鼠仔猫島での取材の話を事細かに話していった。
「 これは大収穫です 我々が知らなかった部分がかなり解き明かされた まさか旧帝国軍が関与していたなんて ユウリさん 嘗ての所属部隊じゃないですか 当然知ってることあるんでしょ 隠し事は無しですよ 」
「 厳しいぞアカニャン まあ月夜君たちも薄々感づいてるだろうから別にいいけどさ 僕は先の戦争に参加していた軍人だ この中ではアカニャンとユキには話してあるんだけどな 」
「 やっぱそっち系だったのね 瑞浪空とかの話で年齢が合わないとは思ってたのよね あなたもロボットなの それとも不老不死者 」
ありさがストレートに突っ込む。悠吏が歳を取らない、私自身それは以前から感づいていたと思う、だから敢えて避けてきたのだ、知るのが怖くて。
「 ブゥー ハズレ ただ肉体的に歳を取らないだけだよ」
「 精神的にも が抜けてるわよ店長 あと人としての器も成長してないでしょ 」
「 ユキ君 何言ってるのかな 」
「 それって不老不死じゃない 」
「 いやいや 殺したら普通に死ぬよ ありさ 不死じゃない 」
「 人魚の肉でも食ったのか ユウリ店長 」
小夜が言った。人魚の肉を食べたら不老不死になる、都市伝説としてはメジャーな話である。
「 まあ似たようなもんなんだろうけど呪われてるんだよ 亡霊みたいなもんさ 」
「 あんた何歳なの 」
「 戦時中に20歳くらいだったから えっと何歳なんだ 」
「 自分の歳もわかんないの 」
「 てかユウリ 年下かよテメェ 」
「 100歳越えのご長寿さんに向かって年下はないだろトーマ 実際いつから歳を取らなくなったかわからないんだ 気が付いたら変わんないよなって感じで まあ原因はわかってるんだが 戸籍を書き換えるうちに歳はわかんなくなっちゃってさ 」
「 いやいや ユウリ店長 生年月日からならわかるだろう 」
「 わかったとこで意味ないじゃないですか 国民年金貰えるわけじゃなし 」
「 ユウリさん 話がそれてますよ 」
「 あっ 悪いアカニャン で帝国陸軍に所属していたんだ その島のことは知らないけどクニガミはよく知ってる 」
「 ちょっと待てユウリ店長 ではクニガミもユウリ店長と同じで歳を取らないのか 」
「 僕と同じじゃないですよ ヤツはもともとそういうものだと思います 戦局が悪化していくなか政府から1人の男が軍部に送り込まれました それがクニガミです 神職の出で立ちをしていました そしてクニガミの指揮の元 いくつかの作戦が実行されたのです 僕もその一つに参加しました おそらく月夜君のおじいさんのもその一つだと思います そして鼠仔猫島も 」
「 ツク 思い出したぞ クニガミはじいさんの写真に写っていた神職の男だ 」
鼠仔猫島でクニガミにあった時、小夜はどこかで会っていると言っていた。それは祖父秀一に渡された100年近く前の写真に写っていた顔だったのだ。
「 クニガミが関わっているならこれは先の戦争の続きなんだろう その島の地獄の穴に何があるのかはわからんが それがこの国の切り札なんだろうな 」
「 ユウリさん そしてありささんとトーマさん 鼠仔猫島を潰して来てもらえますか アオの部隊が中国地方に展開しています 合流してください 」
「 クニガミがいるのなら国の最高戦力が集中してる可能性が高いな 難易度の高いミッションになるぞ 」
「 核でも何でも用意します 使ってください 」
「 まあ僕もクニガミには用があるしな 七星との約束だし何とかしてくるよ 」
「 ユウリ店長 私も連れて行ってくれないか 」
「 いやいや 小夜さん 」
「 もちろん途中までだ 私は葛籠の中のモノの確認がしたい じいさんが行った中国地方の山中の祠に行くつもりだ 同行出来んなら1人で行くまでだ 」
「 サヤさん私も行きますよ ズルいこと言わないでください 」
「 ユウリ サクラが直して貰えるならそれまで俺は用無しだ こいつらには俺が付く 心配するな 俺もサクラとそれなりに死線は潜って来た 武器ならひと通り扱える 」
「 鎌チョまで まあ止めてもムダそうですね わかりました 」
「 店長 私もツクさんたちに同行するわ どうせ島には連れてってくんないんでしょ ケチ 」
「 ああ ユキ 頼む 」
「 それじゃあユウリさん 打ち合わせをしましょう 」
それから簡易食を取りながら紅音古と悠吏とありさを中心に西へ下る念密な打ち合わせが行われた。出発は5日後とのことだ。
新宿を後にしたのはもう暗くなってのことだった。紅音古の手配したルートで楽に帰る事が出来たのには些か拍子抜けである。
別れ際に。
「 店長 今日の夜 病室に来てくれますか 」
と、こっそり悠吏に伝えた。
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