第32話 トラウト


 道ノ端拓実みちのばたたくみ、日本の いや世界でもっとも注目されたロボット工学の権威であり異端児であった。今から3年近く前に道ノ端教授は自宅で惨殺体となり発見される。脳がまるまる抜き取られた状態というショッキングな内容で世間を騒がせたのだ。事件は未だ解決してない。


「 悠吏君 サクラ試作1号機に会ったの 」

「 ああ 2年くらい前だったかなぁ 裏の組織に追われてるのを手助けしたんだ 博士の脳を取り返すって言ってたよ で おまえも博士の事件に関与してんのかよ 」

「 バカ言わないでよ 私は裏に出回ってた道ノ端君の切り売りされてたデータ化された頭脳をいくつか入手したのよ 頭脳のデータって言っても大して使い道は無いのよ 私は大学時代 彼の惑星探査ユニット開発プロジェクトに参加しててね その時からの仲で彼の大まかな研究内容と変態的思考をある程度理解してたからデータから色々引き出せたけど 彼を知らない人には何の意味もない暗号の羅列よ 一生かけても解読出来ないでしょうね サクラ1号機を見たなら気づかなかったの あれは私の思考データと身体を雛型にしてるのよ 道ノ端君に土下座されて頼まれて身体の細部まで徹底的に型取りされて死ぬほど恥ずかしかったわ それを更に少女の状態まで引き戻すって言ってたわ あれは単なる変態よ 私の身体じゃなくって私の少女期の身体だけに興味があるんですからね 悠吏君は私の少女期の身体を知ってるんだから当然気づいてくれたのよね 」

「 も もちろん な なんか親近感は感じてたよ 」

「 本当かしら それで少女に引き戻す前のこのボディも特別に造ってもらったの もちろん試作機以前の実験機体だからその後私自身で大幅に改良してあるわ 」

「 博士と付き合っていたのか 」

「 何 気になるの悠吏君 一般的な恋人じゃないわよ 肉体関係も一切無し たまに食事に誘われて子供みたいに研究内容を無邪気に話す道ノ端君を眺めるだけよ あれが彼にとっての精いっぱいの恋愛だったのかもね 本物の天才が故 人としては不完全なモノなのかもね 」

「 おまえが言うな おまえが 」

「 それからね サクラ1号機 あれ壊れたわよ 」

「 どういうことだ七星 」

「 少し前の北方領土で起きた核爆発 あれがそうよ 多分悠吏君が言った組織とサクラ1号機が接触したんでしょうね サクラの炉心が爆発したのか組織が核兵器を使用したのかはわからないわ でもウチの北方部隊から機体の残骸を回収したと連絡があったの 」


 ダメだ、何の話をしてるのかさっぱりわかんない。もちろん道ノ端教授の事件は知っている。サクラと呼んでいるのは道ノ端教授が造った七星と同型のロボットのことだろうか。

 少女の身体がどうしたとか七星の少女の身体を悠吏が知ってるとか天才だとか変態だとか核爆発だとか話がディープすぎてついていけない。


「 紅音古 回収した機体はどうなりました 」

「 すでに届いてますよ 除染も終わってます 」

「 どうする悠吏君 見ていく それともやめとく 」

「 アカニャン 持って来てくれ 」

「 わかりましたユウリさん あと岬さま 機体から離れようとしない日本人も保護してあるんですが どうします 」

「 何か話しが聞けるかもですね 連れて来てください 」

「 はい 」

「 あなたたちがサクラって呼んでるのはイエローピンクのことよね 」

 ありさが口にしたイエローピンク。桜の妖精 刀を手にした機械少女 それなら私も知っている、2〜3年前から流布されている都市伝説だ。以前、百目奇譚で何度か扱ったネタでもある。たいそう可愛い少女らしく その澄んだ瞳には桜の花びらが舞っていると聞く、秘密結社と闘っているらしい、『 散ってください 』それが彼女の決め台詞だといういささか胡散臭い話しまである。


 小夜も加わり都市伝説ネタをあれやこれや話してるうちに紅音古が台車を押して戻って来た。そして、もう1人。

「 鎌チョ 」

「 三刀 それにツクちゃん……だよな 」

 そこに現れたのはヨレヨレではあるが3年前に失踪した百目奇譚の記者の鎌チョこと鎌丁政道かまひのとまさみちであった。私も子供の頃から小夜に連れられ編集部に遊びに行った時からよく知る顔だ。一見怖そうだが実はとても優しいおじさんなのだ。小夜と結婚すればいいのに と、子供ながらに思っていたことがある。

「 ユウリ お前まで いったいどうして すまんユウリ サクラが……

「 鎌チョ 何があった 」

 またもや思わぬ展開である。鎌チョの突然の登場にも驚いたが悠吏と親しいのも初耳だ。そういえば、さっきサクラを以前手助けしたと言っていたが鎌チョとの関係性がイマイチわからない。

「 あいつら衛星兵器を使いやがった サクラを軌道上からレーザーで狙い撃ったんだ 右手が肩から消し飛んだ その後 やつらのマシンに囲まれてなすすべが無かった グレネードランチャーを至近距離から連射され…… それでもサクラは相打ちにまで持ち込んだ 核爆発は敵のマシンの炉心を破壊したからだ 」

 紅音古が台車の上のボックスを開いた。そこには黒く焼け爛れた人の上半身らしきモノがあった。頭部と片腕らしきモノが見受けられる。

「 これがサクラ…… なのか 七星 治せるか 」

「 どうかしら メモリーの損傷具合によるわね でも なんで私が治さないといけないの 私は忙しいのよ 治すくらいなら新しいのを造った方が早いわ 何をこだわっているの悠吏君 人だって機械だって壊れたらそれでお終いよ 死んだ人を治そうとは思わないでしょ これはもう死んでいるのよ 重要なデータだけサルベージさせてもらうわ 」

「 七星 頼む 」

「 やめてよね そんな顔するのは 今の私は時間を有効に使わないといけないの 科学より優先するべき事があるって言ったでしょ それはもちろん悠吏君より優先する事でもあるわ 今の私は沢山の仲間の命を背負っているのよ 」

「 ……だよな すまん七星 ムチャ言って悪かった データを回収したらサクラを渡してくれないか 自分で何とか道を探してみたいんだ 」

「 言ったでしょ これは死んでいるのよ 」

「 知ってるだろ 僕は欲深い人間だ 可能性がある以上諦めたくない 道ノ端博士の造った新しい命の定義は僕たちのモノとは違うはずだ ならサクラはまだ死んでないかもだ 」

「 悠吏君といい道ノ端君といい わかったわ やってみましょう ただし 条件があるわ 私の為に働いてくれる 悠吏君 」

「 いいだろう 」

「 治るかどうか本当にわからないわよ 」

「 ああ 」

「 戦争よ あなたが死ぬかも知れないのよ 」

「 簡単には死なんさ 知ってるだろ 」

「 また私は悠吏君を裏切るかもよ 」

「 僕は七星に裏切られたことなんてないよ 」

「 バカ 」


 事の成り行きを見守るなか、ユキがツンツンとして来た。

「 まずいわよツクさん 」

「 ど どうしたのユキちゃん 」

「 焼けぽっくいに火がついちゃうわ 」

 確かにユキの言う通り悠吏と七星のやりとりは単なる元恋人として以上のモノを感じる。お互いに相手の事を知り尽くしている信頼関係、突き放しても引きつけ合ってしまう磁力のような不思議な力が働いているような。

「 しかもロボがもう1台出て来たのよ あれが復活したら大変よ 2対2になっちゃうわ 」

「 えっと 2対2って私も入ってるのかなぁ 」

「 当たり前でしょ ツクさんはメインヒロインなんだから 」

 いやいや、こんな役立たずなヒロインなんていないだろう、ほとんど植物状態で何の活躍もしていないではないか、現段階では悠吏の恋人ポジションはユキなのだから私は単なる脇役だ。

「 ツクさん いざとなったら私たちもロボに改造しましょう 」

 いや、ロボットよりも生身の女の子の方が有利に思えるのだが。ユキの着地点がわからない。


「 じゃあ悠吏君 瀬戸内に行ってもらえる アオと合流して作戦に参加して 」

「 アオもいるのか だよな アカニャンがいてアオワンコがいないわけないもんな わかった 」

「 その作戦 私とトーマも参加していいかしら ここでの実績と信頼を作っときたいの 」

「 それはありがたいわ うんとぉ ありさ君とトーマ君だっけ よろしくお願いします 」

「 げっ おまえらと一緒かよ 」

「 なによ 文句あんの 」

「 詳しくわ紅音古から説明してもらって 紅音古 お願いします 」

「 かしこまりました岬さま じゃあ付いて来てください 」

 私たちは岬七星と別れ 紅音古に付いて下階に降りることになる。

「 我々も一緒でもいいのか ユウリ店長 」

「 気にしないでください小夜さん 帰るまでは離れないでください いいよなアカニャン 」

「 はい かまいませんよ 」

「 俺まで何でいるんだ 」

 しょうがない感じに私達と同行する形になった鎌チョが戸惑いながら漏らす。と、小夜が。

「 それはこっちの台詞だ鎌チョ 貴様何してるんだ 」

「 そんな怖い顔すんなよ三刀 色々あんだよ 」

「 人がどれだけ心配したと思ってるんだ 」

「 お おう 悪かったよ 」

「 説明しろ鎌チョ 」

 小夜が更に鎌チョを問い詰める。

「 道ノ端教授の事件に首を突っ込みすぎてたのは知ってるだろ その組織に狙われたんだ その時サクラに助けられた 狙われてる以上俺も戻るわけにはいかんからな 組織を追うサクラと行動を共にしたんだ ユウリとは以前 瑞浪空の件で取材して裏側の人間と知ってたから後が無くなった時に1度助けてもらったんだ そして今はこのザマだ 」

「 鎌チョ 博士の脳は取り返せてないの 」

 悠吏も鎌チョに聞く。

「 ああ かなり追い詰めたんだがな 最後の詰めが甘かった 俺のミスだ あいつら小型炉心の実用化に成功していた あんなマシンを開発していたなんて それよりさっきの女 サクラと同型だよな どういうことだユウリ 」

「 道ノ端博士の研究をベースにして岬七星により造られた新ユニットだ さっき手合わせしたんだがサクラとは別物だよ 戦闘に特化して調整してるみたいだ そして精神部分は岬七星を丸々移植してある 七星に言わせれば身体を高性能なモノに取り替えただけらしい 天才の考えることはわかんないよ バカと紙一重とはよく言ったもんだ 」

「 岬七星って あらがいの団の生き残りのか それであらがいの団ホーネットなのかよ でもユウリ おまえ確か昔し岬七星に強制猥褻行為で訴えられてるよな 」

「 げっ 」

「 きょ きょ きょ 強制猥褻……

 あまりにも唐突なワードに変な声を上げてしまったではないか、強制猥褻って店長 あなた何してるんですか。

「 やっちゃったわね 店長 」

「 あぁあ 」

 ユキとありさも凍りつくような視線を悠吏に突き刺す。

「 こら鎌チョ その件は流石に私でもツクの手前触れないようにしてたんだぞ 」

「 そ そうなのか す すまんユウリ 」

「 でもユウリ店長 さっきの彼女とのやりとりではお互い親密な感情を持っているようにしか見えんかったんだが 実際どうなんだ 」

 小夜の言う通り、2人の感情はまだ終わってはいない。それは私も気づいている。

「 ごめんなさいユウリさん 」

 突然 紅音古が話しに割り込んで来た。

「 あれ 僕とアオが書いたシナリオなんです 」

「 アカニャンとアオワンコが どういうことっすか 」

「 岬さまには絶対僕が喋ったの内緒にしてくださいね 」

「 アカ だいたいおまえらのその取って付けたみたいな主従関係はなんなんだよ ムリがあんぞ 」

「 だってアオに組織である以上ちゃんとしろって怒られるんだもん で ですね 当時 七星さんがアオのとこに相談に来たんですよ 『 悠吏君と別れないといけないのに離れたくない 』って泣きながらね それで僕も呼ばれて それなら別れなきゃならない状況に無理矢理してしまえばいいじゃないかってなったんですよ その時七星さんは里親とも上手くいってなくて離れたがってましたからお金も必要だった ユウリさんから示談金をせしめて里親に得させてやれば後腐れなく離れられるし 一石二鳥じゃないですか 」

「 じゃないですかじゃないですよ 僕はもの凄く落ち込んだんだぞ あのあとどんだけ苦労したと思ってんだよ 店は営業出来なくなるし 近所の人から白い目で見られるし ガキからワイセツ男って罵声を浴びるし 立ち直るまで1年以上かかったんだからな 」

「 悪かったって思ってますよ でもユウリさん何も反論せずにすべて認めてくれたじゃないですか まあそうすることわかってたから書けたシナリオなんですけどね あそこまでやんないと七星さんはユウリさんと離れられなかったしユウリさんは七星さんを離せなかった 仕方なかったんですよ 」

「 もういいよ 僕のトラウマをこれ以上ほじくらないでください 」


 彼はそれをトラウトと言った。トラウトにまでしなければ終わらせることが出来なかった恋心。それはどのようなものなのだろうか、私にはまだわからない。


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