第29話 雀


「 これが私と店長の出会いの物語よ 」

 トリオイ製薬医療施設の病室で八島ユキは悠吏との出会いに至った物語を聞かせてくれた。本来なら俄かには信じがたいパートが多々あるのだが今なら信じる他ない。なぜなら私自身 時間が凍結した世界を垣間見たからだ、そして実際ユキと悠吏は刀を手に銃器を携帯した複数の兵士らを相手に勝利しているのだ。

 しかし、それより何より 今の状況に困ってしまう、病室の一つしかないベッドに私とユキは一緒に入っているのだ。別に女の子同士だし問題ないのではあるが、ユキはセクシーなブラとパンティ一丁なのである、しかも異常に近い、ほとんどユキの白く柔らかい素膚が私のパジャマ越しに触れているし 彼女の小さく整った美少女顔が5㎝くらいの距離にあるのだ。男性でなくても思わず変な気持ちになりそうだ。

「 えっとぉ でもユキちゃん 今日のユキちゃんは凍結した時間の中を移動してなかった 今の話しでは自分自身思考以外は凍結してるはずでしょ 」

「 あの時 まさかツクさんに見られてるなんて 興奮したわ 」

 そう言ってユキがギュッと私にしがみつく、可愛い、が、ちょっと待て。

「 静止した時間の中では自身も含めすべてが静止してしまうわ だから実際には止まってないの 限りなく時間が引き伸ばされた状態の世界なのよ その中なら私は移動することが出来る それを店長に教わったの 」

「 じゃあ店長も 」

「 いえ 彼はあそこまで深くは潜れないわ ほんの少し時間を引き伸ばす程度よ 私と手か身体の一部を繋いで意識を共有すれば可能だけどね 」

「 私はどうしてあの時ユキちゃんの時間を体験することが出来たの 」

「 わからないわ でも私も店長もツクさんの異常な感の鋭さには気づいていたわ ほとんど千里眼と言っていいレベルよ 店長の話しではその鋭い感で私に共感して自らコピーしてしまった可能性が高いって言ってたわよ ツクさんなら瞬間移動でも念動力でも能力者に共感するだけで使いこなせるんじゃないのかしら 」

「 いやいや 私はただ見えていただけで動けなかったわよ 」

「 私なんてあの静止した時間の中で無限に等しい時間を過ごしたのよ そして自ら狂ってしまうことで克服するしかなかった 私はあの時以来ずっと狂ったままなのかもしれないわ 」

「 そんなことないよ ユキちゃんはいつだって可愛くってクールな女子高生だよ 」

「 ツクさん 私もう女子高生じゃないのよ 」

「 あっ そうだ なんでセーラー服着てるの 」

「 ギクッ そ それは前に1度だけ1番似合ってるって言われたから 」

「 店長から 」

「 うん 」

「 好きなの 」

「 うん 怒らないのツクさん 」

「 な な な な 何で私が 」

「 だってあれはツクさんのものでしょ 」

「 いやいやいや ユキちゃんこそ今は付き合ってるんでしょ 」

「 誤解しないで 私はあくまでNO.2としてあの人を困らせたいの ツクさん有りきなのよ あの人からツクさんを取り除いたらいったい何が残るっていうの 」

 ちょっとたんま たんま この娘はいったい何を言ってるの、そりゃ彼の困った顔はとってもキュートだけれど、って私まで何を考えてるんだ。ナシ ナシ そもそもNO.1とかNO.2とか意味がわからない、私は別に 別に私は……

「 本来ならツクさん絡みで私に協力なんて絶対に求めないわ 私の気持ちを知っているからね それでも私に助けを求めた 嬉しかったわ 」

 悠吏はユキの気持ちを知っていながらもユキに助けを求めた。そんなことする人じゃないのは知っている。じゃあ どうしとそこまでして。

「 ツクさんが意識不明になって もう後がなかったの 正直 もうダメだと私は思ってたわ すべて失われてしまうってね ツクさんに嫉妬しながらあの人に困った顔をさせる私の幸せなセブンスマートライフが失われてしまうってね 」

 そうなのだ、小夜も海乃も車田も意識が戻った私に当たり前のように普通に接してくれているがそんなはずないのだ。私は医者からも匙を投げられた絶望的な状態だったのだ。私だけがその時のみんなの気持ちを知らない。

「 禍の地へ辿り着いても絶望しか待ってなかったわ 被曝して呪いを受けて深傷を追って敵に追われて この人はもう死ぬんだろうって思ったわ 」

 どうしてそこまでして。

「 ツクさんに隠しても無駄だから話すけど もうこれ以上この人はムリだって思ったから おねだりして抱いてもらったわ 一旦たがが外れてしまえばただの2人の若い男女よ それからは毎日沢山甘えていっぱい可愛がってもらったわ そうして2人でやっと乗り越えることができたの あの人はこの一件が片付いたらツクさんの前からいなくなるわよ それでもいいの 」

「 そんな だってユキちゃんはその方が 私なんていない方が 店長を独り占め出来るじゃない 」

「 ずるいわ 私のせいにして 言ったでしょ 困った顔をした彼がたまらなく可愛いの あの顔が見れないならヤツに価値はないわ 」

 またもやユキの過激な発言が飛び出す。が、そうなのだ、私はずるい、いつだって誰かのせいにして、何かのせいにして、逃げ出して1人でウジウジメソメソしてばかりだ。かわいそうな子を演じたいだけなのだ。誰かが同情してくれるのを期待して、かわいそうだねって言ってもらいたいだけなんだ。

 こんなにも正直に気持ちを言葉に出来るユキが羨ましい。

「 ユキちゃんは平気なの 私と店長が その そういう行為をしても 」

「 ツクさんを可愛がったあとに 私にも同じことしてって泣きながらおねだりするの そしたら彼 どんな困った顔をするのかしら ヤバイ 想像しただけで我慢できないわ ツクさんどうしよう なんかでてきちゃった 」

「 ちょ ちょ ユキちゃん 」

 ユキがしがみついてきて足を絡める。これではさすがに悠吏は責められない。私自身変になっちゃいそうだ。すでにユキの頭をナデナデしている。

「 話しがそれたわね 凍結した時間の中では自分は動けると意識することが重要よ 気がついてる さっきから時間は静止させてあるわ 」

「 えっ 」

 そう言われれば他に動く物もなくベッド脇のスタンドランプだけの薄明かりの室内に気づかなかったが 青白く世界が凍結している。ユキが手を伸ばし細く綺麗な指先で宙をなぞると虹色に発光しながら不思議な音を立て時間が舞い散ってゆく。私もユキのマネをして宙をなぞる。

「 きれい 」

「 自身が触れていた物は動かすことが出来るの 例えば今なら私たちの衣服とベッドの上の寝具と大気よ それ以外はすべてカッチコチで微動打にしないわ 豆腐だって鋼鉄並みよ 当然この世界では人を傷つけることなんて出来ない 触れてた物を動かすことが出来るって言ったけど動かせるだけよ 例えば刀なら鞘から抜くことは出来ないの ツクさんのパジャマのホックも外れないはずよ 精密な機械類だと移動させただけで壊れてしまうわ そのせいでスマホを何台も壊してしまってバイト代はほぼスマホに費やしたのよ 」

「 ならこの世界で出来ることって 」

「 思考と移動だけよ ショボいでしょ ほとんど役に立たないわ 銃弾や攻撃を避けることや あらかじめ抜き身の刃物を用意しておいて相手の側に移動して首に刃物をあてがうくらいしか出来ないの 」

「 でも それって無敵なんじゃないの 」

「 そうでもないのよ 攻撃に使用するとどうしても流れと勢いが断たれる 時間をほどいた瞬間からのリスタートになるからね 実戦経験を積んだ相手にはほぼ通用しないわ 逆に命取りになりかねないの 銃器もさっき言ったように壊れて暴発する可能性がある以上使えないわ 攻撃を躱す方もタイミングを間違えたら即アウトよ その場から逃げ出すことくらいしか使い道がないの 強くなりたければ普通に鍛練するのが一番の近道なのよ 」

「 現実は厳しいのね 」

「 でも こうやって無限の時間を楽しむことは出来るわ ツクさんと店長と 私はもう独りぼっちじゃない それだけで十分よ 」

「 ユキちゃん 」

 なんだこれ、なんでラブシーンみたくなってんだ、キスしてしまうのか、私はこのままユキとキスしてしまうのか。

「 そ それでユキちゃんと店長はいつ帰って来たの 」

「 昨日よ 北極からの船旅だったから時間がかかっちゃった 帰ってすぐにツクさんのとこに行ったの そしたら回復して外出してるって聞いてビックリしたのよ 急いであとを追ったらあの場面に出くわしたの よく店長はあいつらをぶっ殺さなかったって思うわよ 」

「 ユキちゃんのことはよくわかったわ でも店長はいったい何者なの 」

「 ツクさんが気づいてないわけないでしょ あの人が普通の人生を歩んでないことくらい 歳だって知らないでしょ 知らないんじゃなくって知っちゃいけないから聞かないだけでしょ あなたは何でも知っているから敢えて何も知ろうとしない 千里眼なのも困りものね 自分で聞きなさい こうやってベッドの中で甘えたら何だって教えてくれるわよ 」

「 ちょ ちょ ユキちゃん 」

 ユキのしなやかな指先がパジャマの中に滑り込んでくる。ちょっと待ってください。


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