第24話 舌切り鋏


「 まず どうして葛籠がここにあるのかを聞かせてもらおうか ユウリ店長 」

 ここは東京の西の外れに位置する場所にあるコンビニエンスストア セブンスマートのビルの3階にあたるスペースである。仕切りも柱も無いコンクリートの剥き出した広いスペースで 窓枠はいくつか設けられているんだが、すべて雨戸というかシャッターで閉ざされていて外の様子はわからない。私たちがここに到着して結構な時間が経過しているはずだ、外はもう暗くなっているのだろうか、室内は天井に無造作に取り付けられた剥き出しの蛍光灯が照らしているのだがそんなに明るくはない、蛍光灯の本数が足りてないのもあるが、室内の雰囲気がより一層 陰鬱な影を濃くしているように思える。

 そしてこの場を異質な場に変容させている1番の根源は、入り口から奥にある黒き鳥居を構えた小さな黒きやしろに他ならない。社のある床の部分と天井面にはなにやら赤く大きな陣のようなものが描かれてある。

 葛籠は社の前に置かれていた。以前 見た時の綺麗で豪華な玉手箱と言ったイメージは既に無く、破損して薄汚れた残骸のようなものに成り果ていた。

 この空間の主人あるじである悠吏に三刀小夜みとうさやが緊張した面持ちで問いかける。

「 取り返してきたんすよ 」

「 待ちなさいよ その箱は 移送艦隊と一緒に津波に飲まれたはずよ 」

 拘束を解かれ自由の身となった石黒いしぐろありさも悠吏に詰め寄る、ウェットシートで顏や首の汚れを拭き取り身だしなみを整えるあたりはとても女性らしい。

「 まあまあ 女性2人にそんなに怖い顏されたら喋れないじゃないか ありさたちも拘束が解けたんだし ちょっと一服しようよ ユキ コーヒー入れてくれる 」

「 私はココアがいいわ 」

「 私もその方がいいな 」

「 私もココアで 」

 まずい、ありさと小夜についつられてしまった、ユキの顏が恐ろしくて見れない。

「 じゃあ全員ココアでいいのね 」

「 いやいや 僕はコーヒーが…… ココアでいいです 」

 ユキに鋭い視線を向けられ悠吏が屈服した。トーマと海乃は完全に素知らぬそぶりを決め込むようだ。

 私はユキを手伝いに少し遅れて2階の悠吏の居住スペースに行った。ユキとは仲良く一緒にバイトしていた仲なのだが、なんか気まずい、私自身の時間はほんの数週間しか経ってないのだが、実際には6か月以上経過しているのである。隣りでココアを入れるユキはどことなく大人びて見え 私の知ってるユキじゃないように思える。私だけが周りからとり残されて行くような。

 ユキはテキパキとカップを用意してココアを入れていく、私はほとんど何もすることがない。

「 ツクさん テーブルにトレーがあるわ 半分ずつ運びましょ 」

 はッ 話しかけられた。メッチャ緊張するんですけど、それよりユキはさっきセーラー服を着ていた、私の記憶が間違ってなければ高校は卒業したはずだ、大学にはいかないと言っていたと思う、大学に行かずに何をすると言っていたっけ、そうだ、確かサムライに成ると、当時、冗談を言ってると思った私は爆笑した記憶がある。

 当時、冗談を言ってると思った私は爆笑した記憶がある。

 当時、冗談を言ってると思った私は爆笑した記憶がある。

「 ユキちゃん あのぅ……

「 ツクさん あとでお話ししましょ 」

 ひィィィッ


 ココアの香りはたまに嗅ぐと強烈に脳を刺激する、深くに沈み込んだ記憶が呼び起こされるような不思議な感覚だ。それは香りに紐付けされた記憶が呼び覚ます失われた感覚なのだろうか。

 私達はココアの入ったコーヒーカップを手に再びパイプ椅子に腰を下ろした。

「 まず 月夜君の身に何かが起きてることは知ってた ただ本人が話したがらない以上詮索する気もなかった だが事態は意識不明という最悪の結果をもたらした それから月夜君のマンションに忍び込んだり百目編集部に忍び込んだり警察に忍び込んだりして葛籠に行き着いたんだ 」

「 忍び込んでばっかりネ 」

 ありさが軽蔑した眼差しを向ける。

「 仕方ないだろ だれも教えてくれないんだもん それで葛籠をありさたちの国が持ち出したことがわかった 月夜君が意識不明になった日に起きた巨大津波にも符合する なら葛籠を取り返せばいいんだと至った訳だよ 」

「 単純ネ でもある意味正論でもあるわ で 箱はどこにあったの 」

「 君たちの国だよ 津波到達の最深部にマザーシップの残骸と一緒にあった 」

「 その場所は放射能汚染が酷くて未だに人は近づけないはずよ 」

「 ああ 被曝したし呪われたよ あの地は災厄の眠る地となってた 君らの軍や特殊機関とも一悶着あったりして色々大変だった おかげで日本に戻るのに4か月以上かかってしまったよ 」

「 国で暴れ回ってた訳のわかんねぇイカれたアジア系のカップルって貴様らのことか 広域特殊D指名手配犯13号と14号 」

「 イカしたの間違いでしょ 聞こうと思ってたんだけどD指名手配のDってデンジャラスのDかしら 」

「 そうなのかユキ 僕はデリバリーのDだと思ってたぞ 」

「 ちげーよ デリートのDだ 見つけ次第即デリートだ 」

「 聞きました店長 デリートですって 笑わかしますね アメリカンジョークっすか ハハハ 」

「 やめろユキ だいたいお前がいつもそうやって挑発するからややこしくなんだろ そもそも英検二級で自信あるって言うからあてにしてたのにお前の語学力なんだよあれ 」

「 仕方ないじゃない 家の剣術道場の外国人たちには通じるんだから 洗練された私の英国英語が理解出来ないヤンキーどもが悪いのよ 」

「 お前の道場の外人ってカタコトで日本語話せるじゃん だいたいあいつらナニ人なんだよ あいつらの英語自体絶対カタコトだろあれ 」

「 わかったからそれでどうしたのよ 」

「 気がついたら北極にいました 」

 ありさに怒られた悠吏がシュンとして答えた。

「 だいたいあなたたちがどういうバカな人間かわかったわ で 箱の中には何が入っているの 」

「 自分で確認してみろよ 」

「 ちょっと待てユウリ店長 大丈夫なのか 私たちが見つけた時は中に何かがいたぞ 」

「 大丈夫ですよ小夜さん もう契約は果たされた それは使用済みの葛籠です ただ 月夜君は迂闊に触れない方がいいかも知れない 」

「 放射能汚染は大丈夫なの 」

「 お前らの国で除染はしてもらった 人体に害の無いレベルにまで引き下げられてるはずだ 保証は出来ないがね 」

 私達は椅子を立ち葛籠へと近づいた。私はあまり前に出るなと小夜に止められ小夜の背中にひっついた形だ。

「 開けるわよ 」

 ありさがボロボロになった葛籠の蓋を慎重に持ち上げた。

 葛籠の中はほとんどが空洞で申し訳ない程度に2つの物体が収まっている、1つは30㎝ほどの黒い何かの機器類の一部のような箱状の物である、そして もう1つは長さ70㎝ 幅15㎝ほどの白銀の金属の塊だった。

「 その白い金属が葛籠の中にいたものの正体だよ 」

「 何なのだこれは ユウリ店長 」

「 さあ ただ 僕が行った時 まだそれは動いていた 形状が変化するようだ 葛籠に追い込んでようやくその形に固まった 」

「 店長はその時 深傷を負ったわ 1か月間は私がつきっきりで看病したのよ 」

「 じゃあその箱から出せばまた動き出すんじゃねェのか 」

 トーマも真剣な顔つきで悠吏に問う。

「 いや 完全に停止したみたいだ 何回か葛籠からは出しているから安心していいと思う 僕が行った時 それは契約を果たし既に死にかけてたんだと思う それの死が何なのかよくわからんがね 死にかけた奴に後れをとった自身が不甲斐ないよ 」

「 で そっちの黒いボックスは何 凄く気になるんだけど 」

 ありさが意味ありげに悠吏を見遣る。

「 マザーシップのブラックボックス 」

 飄々と答える悠吏にありさが頭を抱えた。

「 D手配されるの当たり前でしょ あんた何やってんの 最重要国家機密よ そんな物持ち出したの 正気じゃないわ 」

「 でも この中にありさの求める答えがあるんじゃないのか 」

 ありさの口の端が僅かに引き上がる。

「 渡してくれるの 」

「 ああ ついでに持って来ただけだ かまわん だが真相は解明して教えてくれ それが条件だ 僕は何か引っかかるんだ 100年前に交わされた契約にしては規模と被害と死者数が大き過ぎる 契約とは対等な条件で結ばれるものだ 当然 対価が支払われているはずだ それがもし月夜君1人の命だったとしたら釣り合わない 」

「 ユウリ店長は やはりツクの命は契約の一部だと考えているのか 」

「 その辺もよくわかんない 契約自体は100年近く前のもののはずだろ そもそもあの僧侶のミイラは何時のものなんだ 」

「 ありゃ4〜50年くらい前のだよ 」

「 おい待てよトーマ君 100年前と聞いてるぞ 」

「 それだと何かと面倒だから俺らが操作したんだよ 」

「 やはりね 葛籠はその時に1度開けられているんだよ だから封じ直す必要があった 僧侶たちを使ってね 小夜さんその頃鳥迫家で何かなかったかわからない 」

「 流石に4〜50年前だと私もわからんぞ 生まれるか前じゃないか いや待てよ 違う 真月が生まれてる 鳥迫月㮈の遅すぎる懐妊 ツクの母親の真月が生まれた時期に重なる 」

「 じゃあ その月㮈が子供を授けて下さいって箱を開けてお願いしたってこと 」

「 うぅぅぅん わかんないよ ピースが足りなさすぎる けど子宝の神様じゃないんだからそれは流石にないんじゃないか 」

「 店長 私 触ってもいいですか 」

「 つ 月夜君 突然そんな ちょっと人前でそれは流石に ぐぅわッ……

 ユキの刀の柄が悠吏のみぞおちにめり込んだ。

「 ツク待て ユウリ店長もお前が触れるのは危険だと言ったろう 」

「 呼んでるんです 私のことを わかるんです 」

「 ユキ 僕の刀は 」

「 社の前です 」

「 やはりこの接触は避けられないことなのかもしれない 小夜さん月夜君は必ず僕らで守ります 」

 そう言って悠吏とユキが刀を抜き放った。

 私は2人の強い眼差しに頷いて葛籠の中のものに手を伸ばした。それは見た目とは裏腹におそろしく軽い物質だった、金属の冷たさも感じられない。

 両手で掴みそっと持ち上げる。とその時、手の中の金属がドクンと脈打ち私の中に流れ込む、一瞬を超えた速さで形状がシャキンと変化する。いくつもの薄く鋭いものが突出し収納されていく、これには流石に悠吏もユキも反応出来ない。

 そして、私の手には巨大な薄く鋭い糸切り鋏が握られていた。キィィィィィィィンと二つの刃先が高周波の共鳴音を発している。


 いや、これは舌切り鋏だ。


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