第17話 夢幻の底庭
バサリ
見つけた。
待て。
私は鳥を追って深い山中を彷徨っていた。
何時からだろうか、この山に分け入ったのは、かれこれ数ヶ月経つようにも思えるし つい数日前のような気もする。木の葉の腐った匂いが鈍った感覚を強く刺激する。
しばらく水分を補給した記憶は無いが喉の渇きを感じる事は無い、森が十分に潤っているせいだろう、常に空気は湿り気を帯びて肺から体を満たしていく。
バサリ
見つけた。
待て待て待て、逃がすものか。
私は四つん這いになりながら山の斜面を駆け上がり 尻を付きながら山の斜面を急ぎ下る。鳥は高くは飛ぼうとはせずに木から木へとバサリバサリと舞い移っていく、おちょくっているのだろうか、それとも怪我をしてるのか、待っていろ、今とどめを刺してやるからな。
ふと思った、足りない、まだ足りない、何かが足りない、私は地面から黒い泥を手で掬い取り口に含んで吐き出した。ニタリと口元が引き上がる、私は今どんな顔をして笑っているのだろうか、知ったことか、これが私だ。鳥を追う鳥追いなんだ。
あの鳥は何の鳥なんだろう、前にあの人が教えてくれた九官鳥かも知れない、きっとそうだ、そうに決まってる。それならいいなぁ、そしたら車の音だけじゃなくって言葉も教えてやるんだ。楽しいだろうなぁ、何を教えよう、何を喋らせようか、どうせなら私も言ったことの無い言葉を喋らせようか、そうだ、それがいい、「 おかあさん 」「 おとうさん 」「 パパ ママ 」「 ダッコして 」「 あれ買って 」「 イイコイイコして 」「 どっか行きたい 」「 カワイイお弁当作って 」「 サヤさんママになって 」「 好きです 」「 好き好き好き 」「 ユウリ ユウリ君 ユウリさん ユーちゃん 」「 店長 大好きです」「 付き合って下さい 」「 ひとりぼっちはもう嫌なんです 」「 一緒にいよう 」「 側にいて下さい 」「 抱いて下さい 」「 もうこんなの嫌だ……
なんだこれ、ちっとも楽しくないじゃないか、嘘つき。
もしお喋りな九官鳥だったら舌をちょん切っちゃえ、そしたら雀のお宿に招待されて景品に葛籠が貰えるんだ。楽しみだなぁ。
小さな葛籠と大きな葛籠、私は何方を選ぶんだろう、アタリとハズレ、2分の1の確率だ、雀如きに2度と誑かされてなるものか、小さな葛籠と見せかけて実は大きな葛籠に決まってる。だって大っきい方が沢山入ってるに決まってるじゃん、小さい方を選ぶ道理がわからない。もしも違った場合の対策もちゃんと練ってあるもんね、葛籠からおばけが出てきたら私が葛籠に隠れてしまえばいいんだ。愉快だなぁ、私を驚かせようと思って おばけが出てきても私は何処にもいないのだ、だっておばけが入っていた葛籠に隠れてしまっているんだもん、おばけは怖いからずっと隠れていよう、暗い葛籠の中で膝を抱えて泣きながら、そしたら あの人は私を探して葛籠を見つけてくれるだろうか、葛籠の蓋を開けて あの日の夜みたいに私を優しく抱きしめてくれるのだろうか。
どうして離れてしまったんだろう、せっかく抱いて貰えたのに、自分から離れてしまった。
そんなの決まってるじゃない、私は鳥追いなんだからよ。
バサリ
見つけた。
鳥が黒くぽっかり空いた穴に入っていく。ダメだ、その穴には毒がある、そこに入ると出られない。
私は鳥を追いかけてドロドロに泥濘んだ穴の縁を滑るように堕ちていく、すると。
なんだ 底無しだなんて嘘っぱちじゃないか、ちゃんと底はあるじゃないか。
辿り着いた穴の底では 小さな社が炎に包まれ今にも燃え落ちようとしていた。私の焼け焦げた足下には1匹の白い蛇がのたうちながら苦しんでいる。
ごめんね 私の所為なのに。
地獄の底のように燃え盛る炎の中から見上げれば 穴の口が丸く空を切り取っている、その丸い小さな空の中を黒く大きな鳥たちが爆弾を落としながら横切っていく。
見つけた。早く追わねば見失なってしまう、でも 死にかけの蛇はどうしよう、このままでは私が見殺しにしたことがあの人にバレてしまう、いっそ踏み潰してしまおうか、いや待てよ、そうだ 葛籠に隠してしまえばいいじゃないか、でも 葛籠が見つけられたらどうしよう、それなら6体の地蔵に いや違う、5人のミイラに見張らせよう、そうだそうしよう、それなら安心だ。
葛籠を隠し終え穴から這いずり出た私は再び鳥を追いかけた。来る日も来る日も、何週間も、何ヵ月も何年も何百年も、私は鳥を追い野山を駆け巡った。
気付けば 私は小さきけものとなっていた。
人々は私を鳥殺しと呼び畏れている。
東の果てより私を追うものがあると聞く、そのものは左手に恐ろしく長い刃物をギラつかせながら追って来ると、私はピンときた あの人だ、あの人が隠した葛籠を見つけて私を追って来たのだ。
やっと会える、ようやく逢える。
どうしよう あの人に逢えたら私は何と言えばいいんだろうか、今からちゃんと考えておかないと。
「 お前も蝋人形にしてやろうか 」
ダメだ、ダメダメ、これじゃ成長が無さ過ぎだ。却下だ 却下。
「 ヒダリのサハラ よくぞ参った 」
これも 何か違う、私らしさが微塵も無いじゃん。
どうせなんだし 今まで言えなかった言葉にしようか、最後くらいそれもいいだろう。九官鳥に喋らせるまでも無い。
「 好きでした 」
とただ一言。
そして 私はあの人に殺されよう。
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