第18話 手詰まり


 トーマはこの国が嫌いだ。自分から尻尾を巻いた負け犬の癖に調子に乗っている。

 トーマはこの国の社会が嫌いだ。絵空事で綺麗事の見え透いた嘘っぱちばかりを平然と真剣な顔で偉そうに並べたてる、自分達は何もしない癖に。

 トーマはこの国の言葉が嫌いだ。相手によって使い分けをする、僕、俺、私、自分、君、お前、貴様、貴方、IはIでYOUはYOUだ。

 トーマはこの国の男が嫌いだ。弱い者をイジメる癖に強い者の前では途端におし黙る、意見すら状況に応じてコロコロ変える、どう見ても全員同じ黄色い猿の癖に自分はカッコいいと思い込んでいる。

 トーマはこの国の女が嫌いだ。同じ顔、同じ化粧、同じ格好、同じ髪型、同じ喋り方、同じ意見、体型以外で殆ど区別がつかない。

 トーマはこの国の食べ物が嫌いだ。茶色い、醤油辛い、臭い、ネチョネチョしている。

 そんなトーマは この国で生まれ、この国の言葉を喋り、この国の男と笑い、この国の女を抱いて、この国の食い物を食べて、この国の人間と同じ顔をした自分自身が大嫌いだ。




「 リサ どうなってる 意味がわかんねぇぞ 」

「 がなんないでトーマ 私もわかんないわよ 」

 都内のビルの一室である。扉には《 石黒デザイニング企画 》というプレートが貼られている。室内は10畳ほどで事務机が5つ置かれ机の上にはノートパソコンがあるが それ以外に無駄なものは殆ど無く がらんとした殺風景な事務所だ。その中に1組の男女がいた。

 2人とも20代半ばだろうか、男性は180前後の長身で黒のジャージの上下 短く刈り込まれて逆立った髪に目つきの鋭い あまり好んで近寄りたくない風体である。女性は160前後で金色のウエーブのかかったふんわりヘアのなかなかの美人なのだが、男性同様 目つきは鋭い、スリムな体型にデニムの上下を纏いパソコンを操作している。

「 西岸都市はほぼ壊滅状態よ 死体の数は1万人単位で増え続けてるわ 正確な数は未来永劫わかることはないでしょうね 国内は混乱の極みよ セントラルは機能してない ここからじゃ情報が少な過ぎて何もわからないわ 」

「 横須賀はどうなってる 」

「 大差ないわ 割ける人員を救援に戻すくらいよ 」

 北米大陸を襲った巨大津波発生から3日が経っていた。

「 原因がわかんねぇってどういうことなんだ 」

「 海底地震でも海底火山でも無いってことよ 公式には地震ってことになるでしょうけどね 」

「 そこがわかんねぇんだよ なにを隠してる わかるように説明しろよ リサ 」

「 あぁぁ もう面倒くさいわねぇ 少しは自分で考えなさいよ いい 津波は大陸側にしか発生してないの 発生時刻にその海域にいたのは移送艦隊よ 艦隊も同時刻に消息を絶ってる 」

「 そんなの津波に飲まれたんだろ 」

「 だから その津波の原因がわかんないって言ってんでしょ 」

「 マザーシップが核爆発でも起こしたとか 」

「 核爆発如きであんな津波は起きないわよ 規模が大っき過ぎるの 巨大隕石でもなきゃ無理よ 」

「 その可能性は 」

「 それなら地球規模の大災害になってるわよ いい 津波は北米大陸にだけ向かってるの 」

「 結局 なんもわかんねぇじゃねぇかよ 」

「 だから最初からそう言ってんでしょ バカトーマ 」

「 あぁッ で お前の考えはどうなんだリサ 」

「 パンドラの箱よ 」

「 お前 この国の血が混じり過ぎて頭おかしいのか マジ話しなんねぇ 」

「 あのハコを回収して横須賀に引き渡した後 本国から特別なチームが送り込まれた そして極秘裏に移送艦隊が編成された たかだかあんな100年前の箱に移送艦隊よ 頭がおかしいのは軍の方よ そして移送艦隊が消息を絶った同時刻 同海域で巨大津波が発生した 関連性を疑わないはずないじゃない トーマも見たでしょ 箱が保管されていた異常な状態を トーマも聴いたでしょ 箱の中のものがたてる音を あの箱は決して開けてはならないパンドラの箱だったのよ その箱を私たちは開けてしまった 」

「 アホくさ イカれてんぜ 前から思ってたんだが お前この国に毒されてんな バッカじゃねぇの 死ねよ やってらんねぇ もううんざりだ クソッたれが 」

「 うっさいわねぇ 自分の思い通りになんないとすぐそうやってヒス起こしてがなり立てる トーマ あんたまるっきり日本人みたいね 」

「 あンだと テメぇ ぶっ殺すぞ 」

「 やってみなさいよ ほら 口先だけの日本人じゃないことを証明出来る絶好の機会よ 」

 リサと呼ばれる女性がデスクの椅子から立ち上がり トーマと呼ぶ男性ににじり寄る。

「 …… 」

「 意気地なし 」

「 …… 」

「 私だって本気で思ってるわけないじゃん でも無関係だとも思えない トーマも上から聞いたでしょ あの箱の為に2発の原爆を投下したのよ 」

「 悪かったリサ 俺だって移送艦隊と津波の符合が気になってた だからリサに否定して欲しかったんだ そんなはずねぇってな 俺は無関係なんだってな やっぱそんな都合よくいかねぇよな で どうするリサ 俺はお前に従うだけだ 」

「 政府と軍は何かを隠してる それは事実よ 私たちは政府の犬だけどその先にあるものはあくまで国民よ 国民を蔑ろにする政府の犬に成り下がるつもりはないわ セントラルが機能してない今 私たちは私たちの出来る事をやるだけよ それは事実を知ること 」

「 わかった なら持ち主に直に聞いてみるのが手取り早いな 」

「 せっかくヤル気だしたとこ悪いんだけどそれはムリよ トリサコツクヨは津波発生時刻に意識不明になってるわ 」

「 はッ なんだそりゃ 偶然のわけ ないよな 」

「 現在トリオイ製薬の医療機関に収容されてる かなり厳しい状態らしいわ 」

「 マジかよ 他の2人は 」

「 カメラマンの男は口は軽そうだけど警察の調書以上の事は知らないでしょうね 女性記者はトリサコ家とは繋がりのある人物だけど今はつきっきりでツクヨの看病に当たっているわ かなり憔悴した状態で何か聞き出せるとも思えない キーマンはやはりトリサコツクヨよ 」

「 けッ いきなり手詰まりかよ 」

「 とにかく情報を集めるわよ 」

「 了解だワン 」





「 どうしたの 死にそうな顔して 」

 ここはセブンスマートのあるビルの二階で店長の悠吏ゆうりの居住スペースである。オンボロなソファーに身を沈め缶ビールを手にした悠吏に後ろから八島ユキが言葉をかける。

「 うわっ ユキ脅かすなよ 」

「 相変わらず意識不明の重体のままだったわ 」

「 そうか 」

「 自分で行って来なさいよ そりゃ私だってツクさん心配だけど 」

「 行ったって面会謝絶なんだろ 」

「 そんなのどうにでもなるでしょ 」

「 それに意識が無いんじゃ行ったところで 」

「 別にいいじゃない 手を握ってやれば お姫様は王子様のキスで目覚めるのが定番でしょ 」

「 ならいいんだがな 最近避けられてたから 俺が行っても喜んじゃくれんさ 」

「 重体なのは店長の方ね ならあきらめて私で我慢する 慰めてあげるわよ 」

「 あのなぁ てか人ン家勝手に入って来て下着いっちょでうろつくのやめてくんない あと未成年だろ 何普通に俺の缶ビール飲んでんの 」

 白い肌に黒のブラとパンティだけ身に着けたユキが悠吏の隣りに滑り込み缶ビールを奪い口をつける。

「 いいじゃない 裸でベッドに潜り込んでも何もしなかったくせに 」

「 …… 」

「 黙んないで言い訳くらいしてよ 私だって女の子なのよ で どうするつもり 」

「 わからんよ 」

「 原因は何なの 」

「 さあな ただ何かが起きてたのは確かだ ツクのじいさんが死んだのが始まりだ 最初は唯一の身内がいなくなってショックを受けてると思ってたんだが それだけじゃなかったみたいだ あの時に気づいていたら 」

「 ムリよ ツクさんは隠し通す人よ あの怖そうな三刀小夜とか言うお姉さんに聞いてみる 」

「 俺には話しちゃくれんさ 信用されてない 戸籍が偽物なのもバレてるだろうからな 」

「 手詰まりね 」

「 手掛かりがまったく無いわけじゃない 1カ月ほど前の即身仏が発見されたニュースを覚えてるか 」

「 100年前のミイラのやつね 」

「 ああ あれにどうやらツクが関わっているらしいんだ そこから糸口が掴めればいいんだが 」

「 わかったわ それなら警察も関わってるから情報が集めやすいわね 」

「 しばらく店は休みにする 手伝ってもらえるか 」

「 当たり前でしょ それより今日はどんなふうに慰めて欲しいの 」

「 ってコラ ブラホックを外すな お前酔っ払うの早すぎんだろ 」


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