第16話 急
「 そろそろミイラ事件もほとぼりが冷めているだろう あれ以来 特に目立った展開もないみたいだ
帰りの新幹線の席で
「 サヤさん 少し置いてから食べればいいじゃないですか スプーン折れちゃいますよ 」
そう言う私、
「 ツク 食べ頃を見逃すぞ ハーゲンの食べ頃はほんの一瞬だ 溶け始めると一気に柔らかくなるからな それより鼠仔猫でクニガミという男に会ったのは誤算だったな お前はどう思う 」
「 確実に事件の関係者しか知らない葛籠の情報を知ってましたよね 警察か政府の人間なんですか それともジャーナリスト 」
「 前者だろうな ジャーナリストならもっとガツガツ来るはずだ
「 あきらさんのクニガミが来てからの態度 明らかに変でしたよね 」
「 …… 」
「 何で黙るんです 別にダジャレじゃないです 」
「 玖津和にこっそり聞く時間があれば良かったんだがな クニガミが現れたタイミングが最悪だった ツク 気になってたんだがお前 玖津和といつ親しくなったんだ あきらさんなんて下の名前で呼ぶほどの関係では明らかになかったはずだが 」
「 秘密です てか今のわざとですよね ダジャレンジャーとしては30点です 」
「 おい 厳しすぎるぞ 」
「 で クニガミは私たちとの接触が目的だったと思いますか 」
「 いや それは無いだろう 偶々私らがいたからちょっかいを出してみた と言ったところか 目的は別にあるはずだ 」
「 何だと思います 」
「 わからんな ただ 用があるのは玖津和あきらだろう 」
「 そう言えばサヤさんは陰陽師である玖津和家については何も取材しませんでしたね 」
「 ああ じいさんと葛籠の件があったばかりだからな 玖津和家に首を突っ込むと厄介な話しが出て来る可能性がある 今は厄介ごとは御免だ 」
「 サヤさんはクニガミと何処かで会ってるんでしょ 」
「 そのはずだ この仕事に就いてからは人の顔だけは間違わんように心掛けてるからな 必ず何処かで見ている顔だ それが思い出せん とにかくクニガミは要注意人物だ 」
「 了解です 」
「 それよりツク お前が大切そうに胸にぶら下げてるそれは何だ ずっと聞こうと思ってたんだが 」
小夜が私の首に下げた物について指摘した。なるべく見つからないようにしていたはずだが、これだけ寝泊まりを同室でしていれば やはり無理だったか。
「 お お守りですよ 」
「 ほう 」
「 な 何ですか 」
「 誰に貰った 」
「 て て て 店長です ほ ほら さすがにお守りを粗末に扱うわけにはいかないじゃないですか 」
「 ちょっと見せてみろ あとツク ハーゲンが溶けてるぞ 」
「 あっ 」
それは黒い布地に金で蛇の刺繍の施された御守りだった。
三刀小夜は自身の目で確認したのだ、黒く焼け落ちた
「 えっとぉ 月夜君 このお姉さん誰 」
「 三刀小夜だ 」
腕組みした三刀小夜が答える。
「 さっき聞きました じゃなくって 月夜君 」
何でこうなった。
新幹線で東京駅に到着してから、車で迎えに来ていた
ちなみにお土産の鼠仔猫饅頭はイタズラネズミをネコが追いかけている 何処かで見たことのある構図のパッケージである。あきらの島起こしも前途多難に思えてしまう。
他にお客さんのいないセブンスマート店内のレジカウンター越しに腕組みした小夜と海乃が店長と睨み合っているのだ。
何だこれ。
「 あっ こ こちら三刀小夜さんでひゃ百目奇譚の副編集長でこっちは海乃大洋君 か カメラマンです 今日は何か挨拶したいって言うから 」
私はしどろもどろになりながら店長に説明する。
「 ツクとはこいつが生まれた時からの縁でね 別に親代わりとまでは言わんが 良き友であり良き理解者でありたいと常日頃から心がけているつもりです 知ってると思うがこいつはトリオイ製薬の創業者の相続人でもある 当然寄って来る良からぬ輩は徹底的に排除せねばならん そんなこいつの初めての男がどのような男なのか 1度この目で見定めておく必要があると思いましてね 」
「 …… 」
「 なっ なっ サヤさん サヤさん サヤさん サヤさん なっ なっ ホワッツ 何を言ってるのかなぁ あれはその違うんですよ 行きずりじゃなくて行き違いでもなくて行き当たりばったり的な的な的な その場限りというかその場の過ちじゃなくてその場のノリでもなくて なくって えっと お盆の水をこぼしちゃった感じのやつですよ よくあるじゃないですか 残念ですがもう手遅れなのですみたいな 無礼講ですよ 酔った勢いというか酔いに任せてというか酔ったふりをしてたりしてなかったりするんですよ 人は時として己れの過ちに…
「 ツク 少し落ち着け 」
「 …… ぐすん 」
「 ユウリ店長済まない ちょっとツクが怪しかったんでカマをかけて突っついてみただけなんだが なんかとんでもないものが出て来てしまった 海乃も聞かなかった事にしてくれ 」
「 なっ なっ 何ですと 」
鳥迫月夜20歳の春 自爆テロ決行の日であった。
気まずい、気まずすぎる。店を放心状態で後にしての車内である。小夜と海乃は何事もなかったかのように島での取材の話をしている、が 痛々しい、普通に突っ込んでくれた方がよほど気が楽だ。店長はあの時、どんな顔をしていたのだろうか また困った顔をさせてしまったんだろうか、あの日の夜のように。
それは 半年ほど前の初雪が降った日の事だった。その日、高校の同窓会があり 少しばかりお酒を飲んだ、別に特別酔ってはいなかったと思う、帰りに閉店後の店に寄り そして……
ひどい女だと思う、私はそのことをなかったことにしたのだ、自分で仕掛けておきながら、自分から始めておきながら、何もなかったことにしてしまったんだ。
私は なんて身勝手な女なんだろう。
それからしばらくの間は鼠仔猫島の記事の編集作業を編集室で行った。さすがに3人では無理があるので百目堂書房の別の部署の編集担当の人にも手伝ってもらう、写真は我ながらなかなかの出来である、海乃は写真に写った玖津和あきらに敵意を燃やしながらも あきらに撮ってもらったつなぎ姿の私と小夜の写真を見て自分が行けなかったのをしきりに後悔している様子だ、変なことを想像していそうだったので、つなぎの下にちゃんと衣服は着用していたと説明しておいた。
店長とはあの日以来会っていない、自宅のワンルームマンションから歩いて15分くらいの距離なんだからいつでも寄れるのだが、もしかしたら私は このまま彼とは会わないつもりなのだろうか、お店はユキ1人で大丈夫なのだろうか、無理をしていないだろうか。
人はどうして変わってしまうんだろう、私はどうして変わってしまったんだろう、大人になると言うことはそういうことなんだろうか、過去と決別すること。私は大人になる為に過去を切り捨てようとしているのだろうか。
そして私は……
そして私は……
そして……そして、そして、そして、そしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそして…………
「 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ 」
「 どうしたツク……おい どうした ツク ツク 誰か 救急車を 救急車を呼んでくれ おい ツク ツク なんだこれ なんだよこれは なんなんだよ しっかりしろツク ツク…………
ピーポーピーポー
どこか遠くで音がする。なんて間抜けな音なんだ。これは前に店長が話してくれた九官鳥が真似してるんだろうか、きっとそうに違いない、きっとそうに違いない。
それから数時間後、北米大陸西岸部一帯に巨大津波が到達する、死傷者数不明、行方不明者数不明、人類史上最大の自然災害が牙を剥いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます