第15話 離島


 鼠仔猫島そこねじま 瀬戸内に位置する小島である。人口500人ほどで産業と呼べるものも殆どなく島民の大半は漁業と農業で生活を営んでいる。本州から渡船で40分ほどでそれ程不便な場所ではないのだけれど訪れる人はさほどない 島の中央部の東側の大地に直径57mの大洞穴と呼ばれる天然の縦穴が穿たれており本来ならば瀬戸内の観光名所になりうるのだがこの穴から有毒ガスが発生することにより人足を遠退けているのだ。

 私 鳥迫月夜とりさこつくよ三刀小夜みとうさやはオカルト雑誌 百目奇譚ひゃくめきたんの取材でこの島に訪れているのである。


 この島の言い伝えによるとこの穴には底が無く地獄にまで通じているとの事である そしてこの穴から時々良くないものが溢れでて禍を撒き散らす。平安時代に1人の陰陽道の者がこの地に流刑となりこの穴から溢れ出る禍を封じるよう命じられた。それ以来、何百年もの間 その一族が封じ続けているのだそうだ。

 先の戦争時、帝国陸軍はこの穴で何かやっていたらしい。穴から出る有毒ガスに目をつけて戦争利用しようとしていたとも 地獄から何物かを引き摺りだそうとしていたとも言われているが真意の程はわからない。

 島民の一人が昔 祖父から聞いた話しとして この穴からそのものが這いずり出でし時 この世は冥界に沈むであろう との事である。


「 やはり有毒性のガスというのがポイントでしょうな 」

 渡船の時間までまだ少しあったので、私と三刀小夜はお世話になった玖津和あきらと玖津和邸のリビングでコーヒーを飲みながら会話をしていた。

「 それはどのような 」

「 今でこそガス発生のメカニズムや有毒物質の成分など解き明かされてますが昔はそうじゃ無かった 突然苦しみ出して死に至る謎の空気 それを地獄からの瘴気と考えたんでしょう そんなものが湧き出す底無しの大穴を地獄に通じる穴と信じてもなんら不思議はない 」

「 それが畏れとなりやがて信仰になる って でもこの島ってあんまり大穴に対して信仰的なもの感じなくないです 」

「 はい月夜さん 畏れではありますが信仰ではありませんね 」

「 それは朝廷から送り込まれた凄腕陰陽師が見事に封じてしまったからですよ 」

「 そうじゃなきゃ 今頃 島を挙げての大穴信仰に発展して派手な奇祭の一つや二つで瀬戸内の名物になれたかもですね 」

「 なんか私達一族 まったく役に立ってなくないですか 」

「 そんな事無いですよ 玖津和一族が封じ続けているからこそ島民は安心して普通の生活が営めるんですから 」

「 ありがとうございます三刀さん まあそう言う事にしておきましょう 」

「 やはり気にかかるのは旧帝国陸軍がここで何をしていたのかです 」

「 三刀さんはどうお考えですか 」

「常識的に考えれば毒ガスとなるんでしょうな ただ 江戸時代じゃあるまいし天然ガスをそのまま兵器転用というのもなんか引っかかる 毒ガスの研究はこの国は進んでいたはずです すでに強力な毒ガス生成のノウハウは持ってたはずだ そもそもここの有毒ガスは何のガスなんですか 普通は火山性ガスなんだが火山がないじゃないですか 」

「 はい 瀬戸内では現在火山活動は確認されていません ただ洞穴が何処に繋がっているかがわからない以上否定も出来ないらしいです ガスの成分は火山性ガスに類似するものとの事です ただ未確認の毒素も検出されていると聞いてますが その辺は私らにはよく分かりません 」

「 未確認の毒素ですか 何にせよ戦争末期 この国の軍部はいよいよ後がなくなりトチ狂ってましたからね 本気で地獄から何かを引き摺り出そうとしていても不思議じゃないでしょう 」

「 ふむ ふむ そりゃ地獄の亡者はんに竹槍持たせたら最強でんな 敵さんちびりますわ 」

「 どちら様で 」

 突然 コーヒーカップを手にした男性が私達の背後から会話に入ってきた。

「 クニガミさ……ん どうしてここに 」

 玖津和あきらがクニガミと呼んだ男性はパッと見30代後半の長身でやや面長で切れ長の目に薄い唇とまるで昔しの日本画に登場してそうな顔立ちをしている、髪は長く頸あたりで括られてカジュアルな格好をしているんだが、はっきり言って似合ってない、この男性はおそらく和装以外は何を着ても似合わないだろう。

「 なんや あきらちゃん 挨拶やな せっかく絶賛引きこもり中のあきらちゃん慰めに来てやったんに 」

「 あっ こちらクニガミさんと言って当家とは昔から縁のある方なんです 」

「 ども クニガミいいます ここに到着したらなんやお客さんが来とる聞きましてな しかも有名なオカルト雑誌の記者さんや聞いて まさかこんなとこで百目奇譚の記者さんに会えるなんて思わしませんでしたわ 雑誌いつも読まして頂いとりますよ 」

「 これはこれは 私らのようなマイナー誌の読者に遭遇出来るとは 光栄です これからもよろしくお願いします 便利でお得な年間購読も当社HPで受け付けてますから是非ご検討を あと創刊号からのバックナンバーや豪華ボックスセットなんかもネット販売してますよ その他お得な情報や特別な情報を配信している電脳百目奇譚倶楽部にあなたも有料会員登録しませんか 」

「 ……検討させて頂きますわ それより次の号でこの島の特集が載るんでっか 」

「 特集ではありませんがその予定です 瀬戸内に浮かぶ呪われた孤島とそこに流刑になった血塗られた陰陽師一族に纏わるおどろおどろしい内容にしようと思ってます 」

「 あのぉぅ三刀さん……

「 そりゃ楽しみやわ よかったなあきらちゃん それよりあっちの話はどないなっとるんです 」

「 あちらと言いますと 」

「 ほら 最近話題になったやありませんか 関東の山中で5体のミイラが発見されたやつですよ 」

「 宗教観の希薄な現代じゃ即身仏ごときじゃあ読者は満足しませんよ 河童の方がまだ部数は伸びますよ 」

「 でもミイラと一緒になんや発見された言う話しやありませんか 」

 小夜がつま先で私の足をコツんとした。警戒しろという合図だろう、葛籠の件はまだ外部には漏れてないはずだ。

「 それは初耳ですな ネットの発達した昨今では私ら専門家より一般の方の方が知ってる事が多かったりする 厄介な時代です でそれは何なのですか 」

「 ウチもオカルトサイトでチラ見しただけやから詳しくは知りまへんのやが なんや先の戦争に関係する重要なもんやとか 」

「 それは聞き捨てなりませんな 戻り次第調べてみましょう ところでクニガミさん 以前何処かでお会いしませんでした 」

「 そら無いわ こんな美人記者さん見忘れるほど呆けてはおりまへんよ 」

「 そうですか なら私の勘違いか それでは玖津和さん私らは船の時間がありますからこのへんで 本当にお世話になりました 」

「 あきらさん 東京に来られた時は是非編集部に寄られて下さいね 大歓迎ですから 」

「 はい そうさせてもらいます お2人はこのまま東京に戻られるのですか 」

「 いや せっかくですからサヤさんと四国に足を運んでみるつもりです ではサヨウナラ 」

 そうして私達は鼠仔猫島を後にする。




 三刀小夜と鳥迫月夜が居なくなった玖津和邸のリビングでは。

「 なんや あきらちゃん 随分柔らかい顔が出来るようなったやんか 恋でもしたんか 」

「 やめて下さいよ それよりどうして突然 クニガミ様は隠匿生活を楽しまれるのではなかったんですか もう生きている間にお会いする事は無いと思ってましたが 」

「 そりゃないやろ あきらちゃんに子供が出来たら来なあかんやんか それとも玖津和の血は自分で絶やすつもりか 妹がおるんやから無理やで まあそんな心配せえへんでももう終わりや 」

「 どういうことです 」

「 時間がなぁ 動き出したんや 」

「 それは 」

「 長いこと止まっとった時間や ようやくに動き出した 動き出したからにはもう止められへんのや 引き摺り出そすぞ 玖津和あきら 準備にかかれ 」

「 そんな 今更そんなことして何になるんですか もう終わったはずでしょう 」

「 終わってへんのや これは初めから決まっとったことなんや 続きが始まる お前ら一族の悲願でもあるはずや 呪われたな 」

「 …… 」

「 それより三刀とか言う記者と一緒におったやたら可愛かった娘は誰や 」

「 鳥迫月夜さんです 見習いと言ってました 」

「 鳥迫言うたら葛籠が出てきたトリオイ製薬か トリオイ 鳥追虎一の娘に月㮈っちおったなあ 死んだはずやが生きとったんか でもなんで葛籠が鳥追いの手にあった 葛籠は酉狩にあったはずや なんやややこしいなあ あの娘 もしかしたら鳥殺しの神守りの一族なんか まあええわ あきら そんな青い顔せえへんでもお前はウチの言う通りにすればええんや そしたら全てうまくいくんや 」


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