第14話 坑道のカナリア


「 初めまして 私は当玖津和くつわ家の主人で玖津和あきらと申します 」

 男はそう名乗った。

 玖津和あきらは20歳前半、身長180前後の整えられた短髪にこざっぱりした都会的なカジュアルスタイルの衣服がマッチしたメンズモデル系男子である。百目奇譚カメラマンの海乃大洋も黙ってさえいれば相当なイケメンなのだが どうしても持ち前の軽さが滲み出てしまう、まあそのギャップがいいと言う女子も多いのだろうが。それに対し玖津和あきらは正統派イケメンの絵に描いたような好青年である。はっきり言って、瀬戸内の過疎化が進む廃れた小島では違和感でしかない。まだ上陸したばかりだが、この島で間違い探しをしろと言われたら 私は玖津和あきらと1番に答えるだろう。

「 これはご丁重に 私は雑誌百目奇譚の記者の三刀です 」

 そう言いながら小夜が玖津和に名刺を渡す。

「 で こっちはウチで見習いをやってる鳥迫です 」

「 鳥迫月夜です 」

 私は軽く頭を下げた。どうもこういう大人の形式ばった挨拶というのは苦手である。子供の頃は自分も大人になれば自然に出来るようになるものと思っていたが、そうではないらしい。

「 長旅でお疲れになられたでしょう 今日は当家でゆっくりされて下さい 何もない島ですが海の幸には自信がありますよ 」


 案内された玖津和邸は平安時代から続く陰陽道の家系には似つかわしくない立派な古めかしい洋館であった。かなり小高い場所にあり、港から続く街並みをすべて一望に見下ろす事が出来るようだ。この島を治める一族が住まうに相応しい場所である。

 私達は10畳ほどの庭に面した和室の客間に通され しばらくくつろいだ後に食事の準備が整ったと呼ばれた。食事は玖津和あきらと3人で取る、食卓には新鮮な魚介類がこれでもかと言わんばかりに並んでいた。自慢するだけの事はあり流石に美味しい、東京ではまず食べられないだろう。

「 明日の朝 大洞穴を案内しますね 」

 玖津和あきらが爽やかに話し掛けてくる。

「 いえいえ こんなにもてなしてもらって案内までさせる訳にはいきませんよ 私らは勝手にやらせてもらいますからお気遣いなく 」

「 そういう訳にはいかないのです 別に気を遣って言っているのではありません 勝手に動かれると困るんですよ 」

「 それは 余所者には監視者が必要と言う事なのですか 」

 あきらの少々気になる言い回しに小夜がチクリと言い返した。

「 違います 誤解されたなら申し訳ありません 違うんですよ 危険なんです 」

「 危険と言いますと 」

「 なにぶん整備が行き届いてない場所です 一見 人の手が入り安全そうに見える場所でもそうじゃない場所が沢山ある 島の人間はその辺が分かってますが 外から来た人にはわかりません 特に大洞穴付近は島の者もあまり近付かない場所です 昔し設置された足場なんかもありますが老朽化が進み逆に危険な状態です つい先日も私達の許可なく大洞穴に行ったカメラマンが行方不明になったばかりなんですよ 」

「 穴に落っこちちゃったんですか 」

「 わかりません 」

「 死体は出ないのですか 」

「 出ないのではなくて探せないんですよ 大洞穴は足場も悪い上に有毒性のガスが溜まってるんです ちゃんとした装備をしていても危険な場所なんですよ 」

「 ガスは洞穴内部だけですか 」

「 いえ 窪地に溜まる事もあります センサー無しだと島民でも迂闊に近付けませんね 昔しは鳥籠を持って行ったらしいです 以前はウチでもカナリアを沢山飼ってたそうです 」

「 何で鳥籠を持って行くんです 」

 私は疑問に思ったんで聞いてみた。それに答えたのは小夜だった。

「 坑道のカナリアと言ってだな 昔しは炭坑などで有毒ガスの探知器代りにしていたのだよ 弱い動物だからな 微量な有毒ガスにも敏感に反応するんだ 」

「 そういう場所ですからガイド無しでの行動は私達としては許可する訳にはいかないんですよ 」

「 よく分かりました それではお言葉に甘えて案内をお願いします ところで 底無しと言うのは本当なんですか 」

「 いえいえ 底はあるでしょう ただ計測されてないだけです 過去に何度か大学の研究チームがチャレンジしたらしいですが失敗してます 上から見れば真っ直ぐな縦穴に見えても実際は内部は曲がりくねってるそうです なんでも下の方は強力な磁場が発生しているらしく機器類が壊れて使えないと聞きます あとガスのせいで人が降りていけないのがやはり一番の妨げになってますね 」

「 私 来る前に資料に目は通したんですけど 結構世界的に凄い大洞穴みたいじゃないですか それなのに今回初めて存在を知りました なんでこんなに知名度が低いんですか 」

 そうなのだ、私は日本にこんな洞穴があるなんて初耳なのだ、いくら無知な私でも噂くらいは耳にしていても良さそうなものである。

「 そりゃ過去にマスメディアに取り上げられた事はあります ただ その度に行方不明者が複数出るんですよ 先ほどのカメラマンじゃないですが興味本位で迂闊に近付いて帰って来なくなる テレビクルー10数人が1度に行方不明になった事もあるらしいです それでメディア側が自粛してるんです 行政からの指導もあったんじゃないんですかねぇ 私達としても歯痒いばかりです 島に人を呼び込むに充分過ぎるものを持っていながら それが使えないなんて 」

どうやら島の抱える問題はかなり深刻そうだ、大洞穴をメインに世界的な秘境として瀬戸内の観光スポットに名乗り出たいところなんだろうが、呼び込んだ人間が片っ端から行方不明になっていったらお話にならない、もはや呪いレベルの嫌がらせに思えてしまう。

「 私たちの取材は大丈夫なんですか 」

「 はい ちゃんと島で話し合いました 観光スポットがダメならオカルトスポットでもいいじゃないかと言う意見が多かったです 行方不明者がまた出たらその時考えます 」

 もうほとんどヤケクソに思えるんだが大丈夫なんだろうか。

「 そういう事なら任せてください 危険性を前面に押し出したおどろおどろしい内容の記事にしましょう 」

「 いやぁ あまりおどろおどろしいのも 適度にお願いします 」


 玖津和あきらと食後しばらく談話した後に私たちは部屋へと戻った。

「 あの男 どうも苦手だな 若いくせに妙に落ち着き過ぎている 」

「 サヤさんもですか 私もです 緊張してしまうタイプで私の個性が死んでしまいます 」

「 なんだ そうだったのか 私はてっきりイケメン指数にときめいておしとやかに振る舞ってるのかと思ってたじゃないか 」

「 やめてくださいよ 爽やか好青年なんて少女コミックの世界だけで充分ですよ 」

「 ああいうタイプほど心に闇を抱えてたりするものだ 気をつけろ 」

「 マジっすか くわばらくわばら 」

「 今日は久々にツクとお泊まりだな ガールズトークに華を咲かせるぞ 」

 その後、恐山での1人キャンプファイヤーの話や河童を追いかけた話 座敷わらし捕獲作戦など延々に聞かされるのであった。


 翌朝、用意された朝食を済ませた後 玖津和あきらに案内されて島の観光スポットや史跡などを見て回るが どれもありきたりなものばかりで特別気を引くものは見当たらなかった。それでも島を一回りするのに午前中を費やしてしまった。

 一旦玖津和邸に戻り軽く昼食を取り準備を整えてから大洞穴に向かう事となる。危険な所に立ち入る事になるということなので、私は持って来ていたからし色のつなぎを着用してトレッキングシューズを履いた。つなぎは最初こそ違和感があったが動き慣れると少々無理な事をしても衣服の乱れを全く気にせずによく腰回りの完全にフリーな感覚は快適である。小夜が着た切り雀になるのもわからんではない、もちろん下はすっぽんぽんではなくTシャツとスパッツは着用してある。おトイレだけが心配だ。


「 これは凄いですね 」

 小夜が感嘆の声を上げる。

 私達は今、大洞穴の縁に立っていた。

「 向こう岸まで何メートルあるんです 」

「 最長部で50mほどです 」

 私達の目の前にあるそれは森の木々の中に突然穿たれた大穴だった。底無しと言われるのもわかる気がする、見下ろすと漆黒の闇がぽっかりと口を開けているばかりだ。

「 ここは海抜はどの位なんです 」

「 海抜70mほどです この島の1番高い所で160m位ですから中間部ですね 」

「 深さはどの位まで確認されているのです 」

「 200mはこのままの状態で縦に続いてるそうです そこから曲がったり枝分かれしたりしているらしいんですが 」

「 水や海水は無いんですか 」

「 今の所確認されてません 海底とは繋がっては無いでしょう それなら海抜0mに水があるはずですから 少し下りて見ましょうか 」

「 大丈夫なんです 」

「 はい 今日はガスは登って来てません 海抜20m位は安全ですよ」

 それから私達は、険しい山道 と言うかほとんど崖に造られた道を下る事になる、今回はもう1人、先日港に迎えに来てくれた男性も同行している、おそらく玖津和家の使用人なのだろう。

 私達は転落防止用のフックを付け替えながらようやく目的地に辿り着いた。

 そこはコンクリートで舗装されたテニスコートほどのスペースになっている、避難所と書かれた頑丈な扉の付いた建物もあった。玖津和の話しではガスが発生した時の避難シェルターだそうだ。

 そこから更に20mほど下には工事現場のような足場が組まれており どれも錆び付き朽ちかけている、そこから洞穴に向かってクレーンの様な鉄骨で組まれたものが10mほど張り出され、先端からは太い荒縄なのかワイヤーなのかが洞穴内部に伸びている。

「 あれは何なんです 」

 小夜が玖津和あきらに問いかけた。

「 戦時中に造られたものらしいです 」

「 あそこまで下りることは出来ないのですか 」

「 無理ですね 老朽化が著しく危険です 以前 対岸にも同じものがあったんですが崩落してます あれもいつ崩落するかわかりません 」

「 戦時中と言うと旧帝国陸軍ですか 」

「 そう聞いてます 」

「 旧帝国陸軍はここで何を行なっていたのです あのクレーンの先には何が繋がれているんです 」

「 毒ガス兵器を製造していた なんて話もありますが 実際のとこはわかりません 1世紀近く前の話しですからね クレーンのワイヤーはかなり深くまで伸びていて確認は出来ません 張り詰めた状態のままですから何かに引っかかっているのではと言われています 」

「 ここは地獄に繋がる底無しの穴と聞きます かつて旧帝国陸軍はその穴から何かを引き摺り出そうとしていたと それは今でもあのクレーンの先に繋ぎ止められたまんまなのではないんですか 」

「 面白い話ですね じゃあそれは何なんですか 」

「 さあ ただ地獄から出て来るものだ ろくなもんじゃないでしょう 」


 と、突然。

 こぉぉぉッ。底無しの穴の底から音が涌きあがる。ギチギチ、ミシミシとクレーンの鉄骨が悲鳴のような軋みを上げた。クレーンのワイヤーが引き千切れんばかりに張り詰める、下から何か大きな力が加わっているようだ。

 こぉぉぉぉぉぉッ。


「 まずいですね 下から毒の風が来るかもしれません ここを離れましょう 」

 私達はあきらの指示のもと 急ぎこの場を離れた。


「 今日は貴重なお時間を我々に割いて頂きありがとうございました 」

「 いえいえ 島の代表だなんだ言っても単なる役立たずですから こんな事くらいしか出来ないんですよ オカルトスポットでも何でも島起こしに繋がるのなら御の字なんです 取材の方は満足頂けましたか 」

「 はい 十二分に ツク 写真は大丈夫だろうな 」

「 任せてください 既に海さんの屍は踏み越えました あとはピューリッツァー賞を目指すだけです 」

「 随分と安っぽい屍だな 玖津和さん 私らは明日の昼の便で出ようと思うんですが その前に島の方々のお話しも伺いたいのですが 」

「 それはどうぞご自由にされて下さい 船着き場の待合室を年寄り連中が寄り合い所代りに溜まってますから行ってみると面白い話が聞けるかもしれませんよ 」

「 それはいい ツク 一休みしたら行ってみよう 」

「 はい 」


 その夜、疲れているはずなのになかなか寝付けずに 客間に面した中庭に出ていた。

「 どうしました 眠れませんか 」

「 あっ 玖津和さん 」

「 呼び難いでしょう 下のあきらでいいですよ 」

「 あっ はい あのぉぅ こちらにお邪魔してから他のご家族の方とは会ってないんですが 」

「 今は私1人です 元々祖父母と暮らしていたんですが数年前に亡くなりました 」

「 ごめんなさい 私 余計なこと 」

「 いえいえ 違うんです 家族はいますよ 私こそ変な言い方をしてすみません 父が幼い頃に亡くなって 島の生活を嫌った母は妹と出て行きました 母は私も連れて行くつもりでしたが 玖津和家の跡取りとしてそれは許されなかったんです 今でも母と妹とはちゃんと交流してますよ 」

「 そうなんですか 私も祖父に育てられました 先日亡くなっちゃいましたけどね でも あきらさんは偉いです 島の代表として立派に振る舞われています 私なんか祖父1人残して家から逃げ出しちゃいましたよ 」

「 ……偉くなんかないですよ 逆にそう出来る月夜さんに嫉妬してしまいます 私も元からこんなじゃ無かったんですよ 中学高校は島にはありません 島の子供は中学になると本土に通うんです 本土と言っても渡船で1時間もかかりません 東京辺りだと通学に1時間以上なんて珍しくもないんでしょ それでも私にとってはもの凄い事でした 島の人間以外と日常的に接する事なんてなかったんですからね 新しい日常 新しい友達 新しい価値観 自分にも島の生活以外の選択肢があるんだと知りました 部活もやりました 彼女も作りました 未来に胸が高鳴りました 高校の修学旅行で東京に行った時です 芸能事務所にモデルとしてスカウトされたんです 本気で悩みました 何度も連絡を取りました でも いざという場面になって 私は怖気付いてしまいました その時初めて自分が憶病者だと知りました 私は自ら鳥籠の中を選んだ坑道のカナリアなんです ……今日は慣れない山歩きで疲れているでしょう 早く休まれてください 島の夜風は身に沁みますよ なにせこの島には毒がありますから 」


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