第13話 底根の島


 私が貰った葛籠つづらの中には いったい何が入っていたのだろう。

 舌切り雀のお話ではお宝とおばけが入った大きな葛籠と小さな葛籠の二つの葛籠が出て来たはずだ。正直で善良なおじいさんは小さな葛籠を選んでお宝をゲットした。意地悪で欲張りなおじいさんは大きな葛籠を選んでおばけに追いかけられる。そんな話しだったと思う、もしかしたらおばあさんだったかもしれない。

 私が貰った葛籠の中にはお宝はなかった、それなら必然的におばけが入っていたのだろう。意地汚くて強欲な鳥迫月夜とりさこつくよにはお似合いではないか、どうせおばけを貰うなら、その前に雀のお宿でもてなしてくれても良さそうなものだが、可愛い雀たちは私にどんな濃密なサービスを提供してくれるんだろうか。


「 やっぱり警察に通報した何者かがいます 若い女性を無理矢理車に押し込んで私有地に入っていく怪しい2人組を見たとあったらしいっス 警察が来た時にはゲートは開かれていたそうです 」

 都内の百目奇譚ひゃくめきたん編集部のオフィスで カメラマン兼記者の海乃大洋うみのたいようが副編集長の三刀小夜みとうさやと私に報告する。

「 若い女性って私の事ですよねぇ あなた達 いったい私に何をしようとしてたんですか 」

「 ツクヨちゃんにしてみたい事なんて 考えただけで眠れなくなるっスよ 」

「 私もツクにしてみたい事なら沢山あるぞ スペシャルなヤツばかりだ 」

「 や ヤメてくださいよサヤさんまで で その通報者の目的って何だったんすか 」

「 そこがイマイチ分からんところだ そんなもの間違いだと簡単に説明出来るんだからな 」

「 じゃあ あそこに坊さんの死体があるって最初から知っていたんスかねェ 」

「 ゼロではないが それなら そんな回りくどいことしなくても私有地に死体があると通報すればよくないか 」

「 たしかに 俺らが来るの待つ必要ないっスもんね 会長の私有地だったんだから今の状況と何ら変わんないか 」

「 考えられるのは 相手は場所は知らなかったが葛籠の存在は知っていた だから私達を尾行して葛籠の場所をつきとめた その時点で私達の行動にストップをかける為に警察を介入させた そんなところじゃないのか 」

「 やっぱり葛籠の入手が目的なんですか 」

「 だろうな そうなると この前も言ったが 警察より上と言う事になる やはりあの葛籠は先の戦争に関わる重要な物である可能性が高いな いいじゃないか このまま葛籠が返ってこないのなら結果オーライだ 厄介払い出来たと思えばいい 深入りするのは逆に危険だ 」

「 ミイラはどうなりました 」

「 ニュースで流れた通りだよ 100年ほど前の即身仏となった 事件性は無いという判断だ 」

「 じゃあ これにて一件落着と思っていいんスか 」

「 そう願いたいところだな ツク しばらく東京を離れるぞ 」

「 えっ 」

 小夜の突然の東京を離れると言う言葉にびっくりする。

「 取材も兼ねて旅行に行くぞ 」

「 どこに行くんです 」

「 瀬戸内だ じいさんの件で旧帝国陸軍について調べてたら面白いものが出て来た 」

「 なんっスかそれ 」

 海乃が目を輝かせて小夜に聞く。

「 瀬戸内に鼠仔猫島そこねじまという小島がある その島には大洞穴と呼ばれる縦穴が穿たれてあってだな 島民の伝承では地獄に通じる底無しの穴だと言う この穴で旧帝国陸軍が何やらやっていたらしいのだ 胡散臭い話しではあるのだが何かを引きずりだそうとしていたみたいだ 」

「 それマジっスか 地獄の穴から何を引きずり出すんです 」

「 さあな 鬼が出るか蛇が出るか はたまた地獄の亡者が出るか 」

「 やばいっス カメラどれ持って行こうかな 」

「 海乃 盛り上がってるみたいだが お前は留守番だぞ 」

「 えェェッ 」

「 仕方ないだろ 警戒を怠る訳にはいかん 車田とこちらを頼む 」

「 最悪っ わかりましたよ ツクヨちゃん 俺の一眼貸すから写真は任せるっスよ あとお土産も 」

「 ツク 明後日出発だ 島の取材が終わったら四国でのんびりするぞ あと 洞穴付近は危険らしいから動ける格好の準備も忘れるなよ 」

「 はい 海さん写真は任せてください 」

「 ツクヨちゃん 僕があげたつなぎもたまには着てよ 」

 以前、海乃から百目奇譚三刀班のユニホームという事で、からし色のつなぎを貰っているのだ。

「 えぇっ あれ おトイレする時どうするんです サヤさんどうしてます 」

「 何言ってるんだツク そんなの脱ぐに決まってるじゃないか 」

「 おトイレの度に上半身も脱がなきゃなんて嫌ですよ もし下に何も着てなかったら膝から上 スッポンポンになっちゃうじゃないですか あり得ないです 」

「 いやいや ツクヨちゃん Tシャツかなんか着ようよ ツクヨちゃんが膝から上全裸でトイレに座ってるの想像しちゃったじゃん 興奮して眠れなくなるっスよ 」

「 ちょっ やめてくださいよ海さん もう1回想像したらセクハラで訴えますよ でもお家で1回着てみたんですけどあれ結構蒸れませんか 」

「 たしかにな 通気性が悪いのが玉に瑕だ 私も夏場は下に何も着ないことはあるぞ 」

「 は 班長 やめてください 想像しちゃうじゃないですか あっ 鼻血が 」

「 うわぁっ 海さん最低 」


 それから2日後に私と小夜は瀬戸内に向けて旅立った。新幹線と渡船を乗り継いでの旅である。目的地の鼠仔猫島には底無しの地獄に繋がる穴があると言う、現世から見て地獄に繋がる穴は絶望の穴になるんだろうが、反対に地獄側から見れば現世に繋がる希望の穴となってしまう、その穴は私にとってはどちらの穴なんだろうか、私は今、どちら側に立っているんだろうか。


「 サヤさんは後悔してる事ってありますか 」

「 失敬な 私にだって後悔くらい と言いたいとこだが正直 後悔というものが何なのかよくわからんよ あの時こうしていれば なんてよく言うが その時そうしなかったのは自分自身で出来なかったのも自分自身だ 今も昔も私は私だ 罪として背負うしかない 今の私なら違う選択が出来るだなんて自惚れてはおらんよ 人なんてそんなに都合よくほいほい成長出来るもんじゃないさ 性根は変わらんよ 口ではどうとでも言えるがいざとなったら同じ事を繰り返す 業深き人間なのさ私は 」

「 罪と業ですか 」

「 すまんツク もう少しまともな事がいえるといいんだが アドバイスを求めるなら人を選べ 」

「 いえ サヤさんの言葉が聞きたかったんです 」

「 ユウリ店長とは話せたのか 」

「 いえ 逆に私が隠し事してるのがバレちゃいました 感だけは鋭いんだからもう もちろん何も話しませんでしたよ 代わりに私も何も聞けませんでした おあいこです おあいこでいいんです 」


 鼠仔猫島に到着したのはその日の夕刻であった。

 人口500人前後、面積20km2ほどの瀬戸内に浮かぶ鼠仔猫島は外周をほぼ切り立った崖に覆われており、そのまま山になっているような外観である。集落は島の東側にある港に面して奥に細長く伸びており平坦な場所は皆無なようだ。面積の割に人口が少ないのは人が住める場所が少ないからなのだろうか。

「 ネズミと仔猫って なんか可愛い名前ですね 」

「 おそらく当て字だろう 本当は 地の底の根っこの島と書いて底根島じゃないのだろうか 」

「 地の底の根っこですか 」

「 ああ 日本書紀や古事記に底根の国と言うのがあってだな たしか冥界を指す言葉だったと思う この島には冥界に通じる大穴があるからな それが島の名前の由来じゃないのか 」


 定期渡船の船着き場には迎えの40代くらいの男性が待っていた。男性は如何にも島民と言うような地味で質素な出で立ちをしている。

「 鼠仔猫島にようこそお出で下さいました 」

 男性の案内で島の内陸部へと歩き出した。

「 私たち どこへ案内されてるんです 」

「 おそらく島の主人の所だろう 事前に取材の連絡をしたら 是非当家に逗留をと言われ断りきれなかったんだ 本当は民宿かなんかの方が気を使わなくていいんだがな なんでも陰陽道の家系らしいぞ 」

「 陰陽師がなんでこんな離れ小島にいるんです 」

「 それがな 平安時代に都でなんかやらかしてここに流刑になったと言う話しだ 」

「 うへぇっ 平安時代から流刑になりっぱなしっていったい何やらかしたんです 」

「 さあな ただ それだけじゃあるまい 陰陽師と底無しの地獄の大穴 無関係のはずが無い 」


「 これはこれは さすが有名なオカルト誌の記者さんだ お手柔らかにお願いしますよ 」

 そこには、これでもかと言わんばかりに場違いな好青年が立っていた。


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